神様と人間

「……っも、もちろんでございます。怖いなどとは決して思いません……むしろ、こうして再びこの地に御姿をお見せくださいまして……っ、感謝に打ち震えているだけでございます」


「ね?」と魃様を見れば、彼女は視線彷徨わせた。


「か、過去にわたくし共人間のしたことが許されるとは思っておりません。ですが……っですがもし……願いを言わせていただけるのでしたら、どうか再びわたくし共の傍にいてくださいませ! わたくし共人間を、お見捨てにならないでください……っ!」


 沙応さんの懸命な声は、離れていても耳のすぐ傍で聞こえるようだった。罰せられると聞いても大丈夫だと気丈に振る舞っていた彼女が、声を震わせ請う姿に、周囲の女官達も鼻をすすっていた。


 魃様も戸惑うように一歩後退る。


「さ、先に見捨てたのは……っお主らでは…………」


 そこまで言って、彼女は「いや」と項垂れた。


「お主らではないな……。そうだった、人間は移ろうものだ……妾達は子を持たぬ故、忘れておった」

「魃様……」


 彼女は自分の手をまじまじと見つめていた。その手に何を思っているのか、何を思い出したのか……爪先を弾くカリカリとした硬質的な音だけがしている。


「のう……人間よ、妾の声は聞こえるか?」


 手から目線を上げて、魃様が沙応さんへと語りかけた。弾かれたように沙応さんの顔がはっきりと上がる。


 自分に直接語りかけられていると気づき、沙応さんの目は瞳が落ちそうなほど、丸々と大きく見開かれていた。


「も、もちろんでございますっ!」


 一際大きな声だった。


「そうか……うん……聞こえるか……」


 魃様は天を仰いで、何度も「そうか」と噛みしめるように呟いていた。

 そうして、「冬花」と言って私の方に顔を傾げた時、彼女は穏やかに微笑んでいた。いつもの勝ち気な笑顔とは違う、ふんわり甘い砂糖菓子のような笑顔だ。


「人間達の中のことは人間が解決すべきだ。神は手を貸さぬ」

「えっ! じゃあやっぱり……」


「ただ」と魃様は、コホンと咳払いをした。


「これは雪雌が原因だからな。い、致し方ないが神が対処するのが筋だろう。にっ、人間のためではないぞ! 雪雌のためだからなっ!」

「久しぶりに見た正統派ツンデレ……」


 思わず私は噴き出してしまった。

 邪道派があるかは知らないが、このいかにもなツンデレが魃様らしい。最近じゃすっかり私には甘々対応だったし。


 魃様は氷室の戸を開けると「アッハ!」と楽しそうな声を出した。


「ようやったのう、雪雌。これでは人間は使えまい」

「これ、一番弱いの」

「お主も妾と同じ性質だからのう」

「魃、われ、どうしよう。ここ、いたい……」


 魃様の背中の陰から氷室の中が見てとれるが、私達が中にいた頃よりももっと室温が下がってるみたい。開けた戸からは白い冷気が漏れ出てきてるし、内壁が真っ白だ。


「安心せい、妾がどうにかしてやる。お主は、今度こそ好きな場所で過ごせ」

「魃……っ!」


 穴の中から顔だけ出している雪雌様の表情が、キラキラと輝きだした。


「今から妾の結界を氷室の外に張る。なるべく内側へ侵食せぬようにはするが、雪雌も妾の熱に負けぬよう調整はするのだぞ」

「や、やっる!」


 ふんっ、と雪雌様が小さな拳を握ったのを確認して、扉を閉じた。


「さて、冬花にも手伝ってもらうぞ」

「え、でも神様同士なら直接力を使えるんじゃ?」


 てっきり、パパッと魃様が熱の力でやってくれるかと思いきや、魃様は「まっ、良いではないか」と私の額に口づけして、あっという間に私を巻き込んでしまった。


「では、氷室を呪文でぐるりと取り囲もうか」


 魃様の力が流れ込んでいるため、「呪文は何?」と聞かずとも、さらさらと書けた。隣で見守るように子牛も一緒についてきてくれる。ちなみに、地面に文字を書いている木の棒は、子牛が「ん」と持ってきてくれた。もう草はお腹いっぱいらしい。


 そうして一周ぐるりと呪文で囲んだら、あとはここに力を流し込むだけ。しゃがみ込んで、文字の上に手を乗せて力を込めようとした時、背後からふわりと温かいものが覆い被さってきた。


「あれ、魃様?」


 背中から魃様が、地面に置いた私の手に手を重ねていた。


「ふふ、お主と一緒にやってみたかったのよ。妾のわがままだ、許せ」

「いえ、ありがとうございます、魃様」


 きっと人間のために、彼女も何かしたかったのだろう。そして、その姿を沙応さん達にも見ていてほしかったのかもしれない。


「燥円」


 魃様と私の声が重なれば地面の文字が赤く輝き、天へとまっすぐに赤い透明のベールが伸びた。その赤はすぐに消えてしまったけど、沙応さん達の足元まで伸びていた霜が、氷室に呼び戻されたように消えていく。


「すごい……!」

「ほ、本当に神様のお力がここに……」


 女官達が口々の感嘆の声を漏らしていた。ちょっと鼻高々。うちの魃様すごいだろーという誇らしい気持ちだ。


「あ、やっぱり結界の近くは少し温かいですね」


 結界が張ってあるらしき所へ手をかざしてみたら、じんわりと掌が温かくなった。




――――――――――――

いつも読んでくださりありがとうございます!

毎月20日恒例のサポーター様限定SSも近況ノートに上げておりますので、ご覧ください。今回は、冬花が留守中に、冬兎が白ちゃん看病をしているシーンを菜明視点で……。楽しんでください(^^)


そして、失礼します!

違う作品の宣伝をここでもさせていただけたらな……と!

7/25(金) 【朧国五神恋物語 龍の初恋】が角川文庫より発売されます!


イラストがまあ素晴らしく、めっぽう美しいです!(近況ノートに表紙絵あります)鬼の花嫁のイラストを描かれている白谷ゆう先生が担当してくださいました。

白瑞宮とはまた趣がちがった、初恋溺愛ものとなっております。

Twitterには自作PVもおいておりますので(ハイライト)よろしければ見に来てください(^^)

結構な加筆を入れまして、絶対的に幸せな恋をお届けできるかと思います!


それでは、今後ともよろしくお願いいたします。







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