神様✕神様

「とっ! とりあえず、白ちゃんは草食べてて!」

「わ、わかった!」


 と、白ちゃんがムシャアと草に噛みついたところで、ちょうど女官達がやって来た。

 先頭には尚食の沙応さんがいる。


「うっわ! どうしたんですか、この氷室!? 壁も地面も真っ白じゃないですか」


 彼女は氷室を見るなり、ギョッと目を瞠って足を止めた。

 彼女が足を止めたことで、ゾロゾロとやって来ていた他の女官達もピタリと足を止める。というより、外套を纏っている私達と違って、彼女達には寒すぎてそれ以上近寄れないのだろう。


 ザワザワと、「これじゃ氷室が使えない」や「ずっとこのまま?」など困惑の声が方々から上がっていた。

 尚食局の皆の反応はごもっとも。氷室は『冷蔵庫』として使えなければ意味がないのに、今の状態だと『冷凍庫』でしかない。


 私もどうしようと困っていたのだ、


(本当は、こっちでこっそりやるはずだったんだけど……)


「巫女様……」と不安げな様子で、沙応さんがこちらを見ている。もちろんその後ろに居並ぶ女官達も皆同じ目を向けてくる。


「ちょっと色々とありまして……でも大丈夫です。解決策はもうあるので」


 本当ですか、とざわめきの中に安堵の声がまざりはじめる。

 しかし、私は「ただ……」と、大きくなり始めたざわめきを押しとどめた。


「これから見る光景に驚いてもらって大丈夫なんですが、でも、悲鳴を上げたり騒いだりはしないでくださいね」


 悪意によるものじゃなくても、きっとは過去を思い出してしまうから。


「え……? まあ、それは巫女様のお言葉ですし従いますけど……悲鳴?」

「よし! じゃあしっかりお願いしますよ!」


 足元から、草を律儀にはんでいる子牛の『お主、何をするつもりじゃ』という視線を感じるが、どのみちもう雪雌様の存在は隠せそうにないし、それだったらこの状況を利用させてもらうだけだ。


「白澤図――魃、召喚」


 次の瞬間、手の中に白澤図が現れ、勝手にページがめくれ、光り輝いた宙空から極上の美女が姿を現した。


「どうした冬花、また妾に会いたくなったか」


 そう言って、揶揄うように笑う魃様。


「実はそうなんです」


 私も自然と顔が微笑んでしまう。

 白花山で別れてまだ数日しか経っていないが、彼女の笑顔は恋しくなるものがある。


 今回、彼女はまた雨雲ショールをふわふわと靡かせていて、傍にいても渇くような暑さを覚えることはない。だから、彼女を恐れる必要はないのだが……。


(悲鳴は聞こえなかったけど……)


 はたして、どんな顔でこの光景を見ているのだろうかと、私はチラッと女官達を横目で窺った。そして、苦笑した。

 悲鳴が上がらなかった理由は、皆声を失っていたからだった。あんぐりと口を開け、いや口だけじゃなくて目も見開いて、まさに驚愕といった表情で魃様に釘付けだ。


「……み、巫女様……も、もしかしてそちらの美女様は……あの……まさか神様……」


 声を震わせながら沙応さんが指を指してくる。指先めっちゃ震えてる。


「はい。熱の神様の魃様です」


 次の瞬間、ズザッと女官達が一斉に地面に額をつけた。

 きっと、神様に対する態度としてはこれが相応しいんだろうけど……、すっかり神様の存在が当たり前で、なんなら一緒に食卓を囲んでいる私と菜明は『そうだった』とばかりに小さく笑った。


「……して、冬花。かような場所で妾を喚びだしたということは、相応の理由でもあるのだろうな?」


 心なしか魃様の声が少し固い。表情も先ほどまでは柔らかかったのに、女官達の存在に気付いてからは口角が下がっている。


「実は」と私は魃様を喚び出した理由を告げた。


「何!? 雪雌がここに棲むと!? あやつ、人が住む場所とわかっておるのか」

「私も言ったんですが、むしろ人が来てくれるからって……」

「……なるほど」


 腕組みをして頷いた魃様は、チラと氷室を気にする。その眼差しには心配と理解が滲んでいた。


「で、雪雌がここに棲むことと、妾を喚びだしたことになんぞ関係でも?」

「氷室がご覧の有様なんで、魃様にこの間雪山で私達にやってくれたような、結界を張ってもらおうかと」

「わ、妾の力を人間の為に使えと!?」


 半人半神の魃様は、太古の昔、一緒に暮らしていた人間達から迫害された過去がある。そんな彼女に、人間のために力を貸してと言うのは酷かもしれないと思った。だけど、魃様は神様は人間を我が子のように思っていると言った。そして、雪雌様がここに棲むことにも、驚きはしたが否定はしなかった。


 それは、彼女も自分で言った言葉と、同じ思いを抱いているからではないか。


「人間が……妾の力を必要とするはずがない。そんな奴等に妾も力を使いたくはない」

「でも、魃様。私も人間ですよ」

「お主は妾を怖がらぬから……」


 魃様が額ずいている女官達を『ほら』とばかりに一瞥した。


「ああ、あれは皆さん怖がってるんじゃないですよ」


 私が当たり前の顔して言うと、「はあ?」と魃様は目をパチパチと瞬かせた。


「あれを怖がっていると言わずしてなんというんじゃ! 震えておるではないか!」


 私の言葉に困惑しながら、思いっきり女官達を指さす魃様。変な方向に必死で可愛くて、クスクスと笑ってしまう。隣で菜明も同じ感想を持ったのか、同じく微笑んでいた。


「あれは怖いんじゃなくて、畏れ多いって思ってるんですよ……ね、沙応さん」


 呼びかけると、沙応さんの頭が少しだけ上がる。



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