名も知らぬ遠き島に流れ着いたら椰子の木一本だった

クワ道

プロローグ 遭難

海が荒れていた。


凄まじい暴風と共に、大きなガレー船を優に飲み込むほどの巨大な波が何度も打ち寄せている。


船員達は簿風と戦い、高波を読み、卓越した腕前で何度も立て直そうとしている。


「三時の方向、でかい波が来る!!」

「会頭しろ! 波に船首を向けて斬り裂け! 帆は持ちそうか!?」

「メインマストがもう無理です! 折れます!」

「泣き言を言う前に何とかしろ! アレが折れたら終わりだぞ!!」


暴風雨に負けないほどの船員達の怒声が飛び交い、なんとか嵐をやり過ごそうと奮闘している。

そんな船員に交じって、今にも折れそうなマストをなんとか修復しようと、魔力を練っていた青年がいた。


「錬金術師のあんちゃん、なんとかなりそうか!?」

「わ、分りません、僕はまだ見習いですし! でも、なんとか頑張るしかないですよね!」

「ああ、これが折れたら沈むしかねぇ! 何とか頑張ってくれ!」


やけにガタイのいい船員が、青年の肩をバンバン叩き、激励する。

青年が少し痛そうにそれを受けながら、殆ど残っていない魔力をマストにつぎ込み、ひびを修繕していく。その度に近くに縛られていた木材や樽が消滅していくが、誰も気にする者はない。


船員達の努力のお陰か、嵐に飲まれてしばらくは、船は無事とは言えなくとも、なんとかに浮かんでいた。

錬金術により守られていたメインマストも無事だ。

ただ、極度の修復により青年の体内魔力は殆ど尽き、そのために酷い船酔いと同時進行で、魔力酔いが襲い掛かって、青年の集中力と体力をどんどん奪っていく。


「おいあんちゃん、大丈夫か!?」


ふらつく青年の腕を、ガタイのいい船員が手を伸ばして掴もうとする。


「……あ」


青年も手を伸ばす。


しかし、その太い手を、雨で濡れて滑った、ほとんど握力のない手で掴む事はできなかった。


「あんちゃん!!!」


船員が叫ぶ。


しかし青年はそれに答える事が出来ずに、そのまま意識を失い、がくりと力を失った。

同時に、どちらかと言えば細身のその身体が暴風により浮き上がり。

そのまま、巨大な波に攫われて……あっと言う間に姿が見えなくなった。


帝国歴249年、6の月。


帝国領から中央大陸に向かう定期便が嵐に遭遇し、消息を絶つ。

乗員乗客の生死は不明。

残されていた乗客名簿に、中央大陸の錬金術師ギルドに向かう途中の、見習いの名前があった。


「アルトリウス・マギス」


将来を嘱望され、稀代の天才錬金術と呼ばれた、青年の名前であった。


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