一瞬にも永遠にも似た時間の感覚。魂が抜けたように虚空こくうを見つめると、横から声が掛かる。


「今、こうしている間にも彼は遠ざかっていきます」


 カリンはハッと瞬きをする。


「彼はあなたを拒んでいます。それでもまだ行くのですか?」


 少女は表情を引き締め、口をまっすぐに結ぶ。

 シャドウ……。

 彼を思うと怒りにも似た情熱が、燃え上がる。


「当然よ。逃すわけがないわ」


 素早く振り向き、ハッキリと宣言する。シャープな空気をまとう内側で、少女は煮えたぎる気持ちを抱えていた。


「そうですか」


 女性は感情もなく口を動かした切り、なにも言わなかった。


 二人は出発する。宮殿を後にし門をくぐると、帝都が遠ざかっていった。


 道のりを経る間に冬になり、乾いた大地を離れ、海渡の道を越える。最果てには永遠の闇が広がっていた。神殿はなく、空っぽの地が広がるだけ。まるで滅びた後の世界のようだった。


 想定外の事態にカリンは腕を下ろし、気の抜けた顔になる。


「なにをしているのです? ここからが本番ですよ」


 女性は前に進み、断崖の手前で足を止めた。不透明なベールの下で彼女は口を開く。


「ずっと、あなたを見ていました。この旅路はあなたを試すもの」


 淡々と語りだす。

 なぜか胸がざわめいた。


「死して終わるはずだった魂の旅は、あなたへの気懸かりによって、いったんは留まることができました。しかし、私がアンデッドとなったことで巫女の力が宙に浮き、返還を滞らせてしまったのです」


 女性はあっさりと詳細を明かした。


 喪服を着た女性の正体・おのれの過去・彼女の目的――

 全ての要素が一直線に結びつく。

 ぞわりと鳥肌が立った。


 目の前でベールが動く。

 図ったように強風が吹き、顔を覆うものをさらった。

 表に出た本当の姿。丸みを帯びた目に収まった瞳は、カリンと同じ色をしていた。


「やっぱり、そうだったんだ……」


 アイビーと名乗った女性。本当の名は、リエ。

 カリンは彼女がなんのために果てまで導いたのか、察した。


「聖女とは荒ぶる魂を鎮め、救済をもたらす者。なにをするべきか、分かっているはずです」


 カリンはすでに答えに至っていた。

 加速する鼓動。周囲の音が遠ざかり、目の前がぼやける。


「ほかに方法はないのね?」


 眉を垂らし、問いかける。祈るような目付きだった。

 リエはただ顎を上下させる。


「彼を連れ戻すと決めたのなら、引き返せません。私を越えて行きなさい」


 リエの意思は固く、覆せない。

 少女はこっそりと視線を下げ、奥歯を噛んだ。


 姉の魂が目の前にあるのなら、きちんと向き合う。それこそが巫女として――妹としての義務だ。


 きりっと虚空こくうにらみ、杖を掲げる。舞いを踊るように腕を動かすと、ローブの裾がひらひらとなびいた。

 白銀の色が闇夜に浮き上がり、ダイヤモンドの輝きが鮮やかにほとばしる。

 リエは全てを受け入れた顔をして、ひっそりと目を伏せた。


 彼女が強く祈れば、聖なる力はより透き通り、すすけた色は淡く溶ける。喪服姿の優雅なシルエットも薄れ、霧の向こうへ消えていった。

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