第6話 邂逅する少女たち
謎の魔法陣を抜けた先でフェリエッタが目にしたのは、崩れかけた天井から覗いている明るい太陽の光だった。
(……あれ?……私、落ちてる!?)
突如、宙に放り出されてしまった彼女は、自分の足元に地面がないことに気が付く。反射的に受け身をとろうと身体を捻るが、体勢を変えるのには遅かった
――ドサッ!
背中を地面に強く打ち付けた衝撃が、フェリエッタの全身に走る。
「あたたっ。」
しかし、思っていたより衝撃は少ない。どうやら地面に転がっていた柔らかい箱のようなものが、偶然にもクッションとなって彼女を受け止めてくれたようだ。
「こ……ここは……どこ?」
フェリエッタが明るさに目を細めながら見上げると、辺りには瓦礫や物が散らばり、煙が充満している。目を凝らす彼女の視界に、突然動く人影が飛び込んできた。
「え……!?」
――それは丸い眼鏡をかけた長髪の男と、その男を睨みつけるように対峙する黒い髪の少女たちだった。
黒薙たちは魔法陣から白い髪の少女が現れると、大きな音を立てながら散乱していた段ボールの山へと落ちるのを呆然と見ていた。
「何が起きている……!?」
隣に立っている笹平が、戸惑いを露わにする。黒薙も驚きを隠せなかったが、すぐに表情を引き締めると、月岡に視線を戻した。
「目的はなんだ、月岡蓮慈!」
黒薙は万年筆を構え、鋭い目つきで月岡を睨みつける。彼女のペン先からは溢れたインクが渦巻いており、すぐにでも攻撃できるのが分かる。
だが、黒薙の怒声を聞いても月岡は悠然とした態度を崩さない。血がにじむ肩から手を離すと、魔法のステッキを片手にニヤリと笑みを浮かべた。
「目的、ですか。……私はただ魔法の探求をしたいだけですよ。」
「探究……?」
月岡の言葉を聞いた黒薙は、眉間にしわを寄せる。その視線が、潰れた段ボール箱の上にいる白い髪の少女に向けられた。
「そこにいる彼女も、お前の言う“探究”なのか?」
「さぁ?私には分かりません。」
黒薙の問いかけに、月岡は肩をすくめて笑いながら答える。
「……どういうこと?」
「率直に言いますと、この方は私の提示した召喚条件には一切合致していません。魔力の量もお粗末な出来損ないですし……。」
月岡は手に持ったステッキを指先でトントンと叩きながら、面白がるように続けた。
「魔法の影響で余計なものまで引き寄せてしまった、というところですかね?」
「ふざけるな……。」
黒薙が低く唸ると、万年筆のペン先にインクが収束していく。月岡に狙いを定めた黒薙だったが、すぐに何かに気が付いて、視線を上空の魔法陣へと目を移す。
――そこには、新たな影が写っていた。
「さあ、私の“本命”が来ますよ。」
月岡は喜びに目を輝かせると、その巨大な影を見て微笑むのだった。
次の瞬間、影の主が魔法陣から現れる。それは“怪物”だった。
怪物はまるで鶏と蛇を醜く融合させたような異形な姿をしており、不気味な色合いをした鶏の胴体には蛇の頭が絡みついている。
その姿は、さながら神話や伝説の中で語られる“コカトリス”のようだ。
――ギャァァァッ!!
大地に降り立ったコカトリスは、突然甲高い咆哮を上げた。その声は空間を震わせ、窓ガラスを砕き、壁にひびを入れるほどの威力を放っている。
月岡は歓喜に満ちた笑みを浮かべながら、目の前のコカトリスを見上げていた。その後ろでは、黒薙と笹平が厳しい表情で身構えている。
「おお、素晴らしい。……これが魔法世界における魔物ですか!」
月岡のその言葉とは裏腹に、コカトリスの巨大な蛇の頭が月岡に向かって襲いかかる。その牙は鋭く輝き、空気を切り裂きながら月岡に迫る。
「おっと……。」
月岡は咄嗟に魔法のステッキを振り、光の防御魔法を自らの前に展開した。激しい衝撃音とともに、魔法陣はかろうじて攻撃を受け止める。
「ほう、こんなものですか……?」
月岡が楽しそうに呟いたその時、鶏の胴体にある鋭いかぎ爪が動く。蛇の頭による攻撃を防いでいる隙を突いて、横から月岡へと攻撃を仕掛けたのだ。
コカトリスの不意を突くような攻撃に、月岡は僅かに目を見開いた。
「がはっ……!」
鉤爪の一撃は、月岡を容赦なく吹き飛ばした。
彼の身体は宙を舞って、古びた壁に激しく叩きつけられる。衝撃で古びた壁がひび割れ、彼の周囲に埃と瓦礫が散らばった。
「あの化け物は、奴にも制御できていないのか!?」
月岡とコカトリスの攻防を見ていた笹平が、驚きの声を上げる。厳しい目つきで状況を見据えていた黒薙は、あることに気が付く。
「……まずい!!」
黒薙の声が響くと同時に、コカトリスの視線が月岡から外れる。その鋭い視線は、別の標的に向けられていた。
次に狙われたのは、最初に魔法陣から現れた少女であった。
白い髪の少女はコカトリスの巨大な影が迫るのを目にすると、全身を恐怖で震わせる。杖をぎゅっと抱きしめたままの彼女は、その場から動けずにいた。
怯える少女の顔を見た黒薙は、迷わず動いていた。
「“
手にした万年筆を振りかざすと、ペン先でインクの鎖が形成される。それは瞬く間にコカトリスの蛇の頭に絡みつくと、動きを封じようとした。
「くっ……!」
しかし、激しく頭を振り回すコカトリスを完全に抑え込むことは出来なかった。蛇の頭は凄まじい力で暴れまわり、彼女は投げ飛ばされてしまう。
――ドンッ!!
黒薙は、無防備のまま地面に叩きつけられる。体中に走る鈍い痛みに耐えながら顔を上げると、彼女の視界に迫りくる蛇の頭が映り込んだ。
黒薙の脳裏に一瞬、死のイメージがよぎる。
「黒薙!!」
だが、それは彼女を呼ぶ声によって遮られた。声と同時に現れた笹平が駆け寄ると、黒薙を守るように覆いかぶさる。
「……さ、笹平さん!!」
黒薙が震えた声を上げる。彼女の目の前では、笹平の首元に蛇の毒牙は深々と突き立てられていたのだった。
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