転生したのに異世界が世知辛い
灰崎 An
第1章・一族没落、国外亡命 編
001:和人からアランへ
僕の人生は平凡だ。
別に不満があるわけじゃないが大して幸せでもない。
特にグレるわけでもモテるわけでもない小中高を過ごした後で、大学に進学したが中の下くらいの大学だ。
ここなら女子とも交流が持てると思っていた。
しかし何もなく4年が経って卒業をした。
中の下の大学が故に、就職した会社も世間一般で言えばブラック企業と言えるだろう。
「おい! また決算の数字が間違ってるぞ!」
「す すみません………」
「すみませんすみませんって謝れば良いと思ってんじゃないのか? そんなんで許されると思ってるんじゃないだろうな? この仕事が終わるまでは帰るなよ?」
ロクに寝ていないのだから数字を少し間違えたくらい許して欲しいところだ。
まぁそんな事が言えるのならば、俺の人生はこんな事にはなっていないんだろうな。
はぁ……。
次の人生は楽しい人生になって欲しいな。
『リクエストを受信しました』
周りの人間のサボるとか、上司に媚を売るとかの世渡りの能力が羨ましいな。
『リクエストを受信しました。オリジナルスキル〈
さっきから何なんだ?
どこからか、合成音のような女性の声がする。
働き過ぎて頭までおかしくなったのか?
それだけはやめて欲しいけどな………。
『リクエストを受信しました。オリジナルスキル〈
まだ声が聞こえてくる。
ライオンハートって何だよ。
残業してる俺を馬鹿にしてるのかよ。
そんな風に思っていると、俺はビクッとしてデスクに伏せて寝ていたんだと気がつく。
口からはヨダレが垂れていた。
それだけ寝ていたのかと頭を振って、目を覚まさせると残りの仕事を終わらせた。
やっと帰れる。
眩暈がする上に、足がフラフラで意識をキチッと保っていないと尻餅を着いてしまいそうだ。
「絶対に訴えてやるからな………」
そう呟きながら俺は会社を出ると終電に乗る為、最寄りの駅まで千鳥足で向かう。
眠気なのか、体調不良なのかは分からない。
とにかく早く家に帰ってベットにダイブしたい。
そんな事を考えていると眠気が、大きい波のように襲って来たのである。
とてもじゃないが家まで帰れる感じがしない。
これはマジでヤバい………。
本当に仕事を辞めないと早死にしてしまう。
自分の危機感を感じながらも止まるわけにはいかないので、駅に向かう足を早める。
しかしある瞬間、糸が切られた操り人形のように全身の力がスッと抜けた。
そのまま車道の方に倒れ込む。
あっこれは死ぬ奴だ………。
そんな事を思っていると目の前にトラックのライトが眩しい程、近づいてくるのである。
そしてドンッという音と共に俺の人生の幕は降りた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
死んだ……。
はずだよな?
次に意識を取り戻したのは、謎の体がフワフワと浮いている宇宙空間のようなところだった。
ここはどこなんだろう。
死んだはず……こんなところにいるなんて不思議だ。
どこかに扉は無いだろうか。
『こちらに扉がありますよ』
ん? 女性の声がする。
こちらってどっちだよ。
僕は女性の声がした方を見てみる。
するとそこには光り輝く扉があった。
この扉に入れば元の世界に戻れるのか?
まぁ訳も分からないが、元の世界に戻れるのならば行ってみるしか無いか。
僕はここから出ていく為に、手足をバタバタさせて扉のところまで行くと両手でギギギッと開いた。
すると目の前がトラックのライトに照らされたように眩しく感じたのである。
「アランは本当に整った顔をしてるな!」
「貴方に似ているからよ。それに剣の腕だって成長したら、貴方よりも強くなるかもしれないわよ」
アラン?
それって僕の事かな?
いやそんな訳ないよな……僕の名前は《和人》だ。
あっ段々と目が見えるようになって来たぞ!
若い男性と女性の声がしたのだが、どうなっているのだろうと思っていると目が見えるようになって来た。
完全に見えるようになると初め見えたのは見た事がない天井の景色だった。
そしてヨーロッパ系の男女が俺の顔を覗き込む。
何かおかしいぞ?
これってもしかして………。
まさかの異世界転生って奴か!?
僕はもっと情報を集める為、周りをキョロキョロしてみると洋風で高級なベットで寝ている事に気がついた。
どう見たって日本という感じはしない。
そしてこの感じからして、自分自身が赤ちゃんである事はラノベ好きな僕からしたら察せられる。
という事は、僕は異世界転生したというわけか。
「坊やは今日から《アラン=アントワーヌ=アインザック》よ! ようこそアインザック家へ」
という事らしい。
何となく察してはいるが、まさか異世界転生をしてしまうとは思わなかった。
それに今世での名前が何とも言えない。
だけど、それなりに裕福そうな家系ではあるから何不自由ない暮らしはできそうな感じがする。
まだこの世界についての情報能力が乏しいな。
もっと情報を集めて異世界である事を確かめないと。
そう考えた俺はハイハイできるまでは、赤ちゃんらしい暮らしをしようと思った。
だが社会人の意識のまま異世界転生している僕からしたら、赤ちゃんの授乳期間は地獄でしかない。
どうして二十歳を超えて乳を吸わなきゃいけないダメなんだよぉ………。
そう言いながら生きる為には吸うしかない。
授乳の時だけは心を殺して赤ん坊に徹する事にした。
そんな授乳期間で気がついた事があるのだが、赤ちゃんプレイも悪くないのでは無いだろうか。
ダメだダメだ!
赤ちゃんプレイなんて前世で言ったら、全女性から軽蔑の眼差しを向けられてもおかしくは無い!
そんな人間になるわけには………。
まぁ少しくらいは楽しんだってバチは当たらないんじゃ無いだろうか?
って僕は誰に言ってるんだろう。
「あらあら! アランちゃん、ハイハイができるようになったの!」
地獄の授乳に耐えながら7ヶ月が経ったところで、やっとハイハイができるようになった。
そんな僕の姿に母の《ローズ=アインザック》は、声を出して興奮するくらい喜んでいる。
どうしてだろうか、僕としても嬉しい限りだ。
やっと自由に行動する事ができるぞ!
このアインザック家を7ヶ月間も研究したが、かなり赤ちゃんの管理が杜撰と言える。
まぁこの家系に限らず、この世界線では赤ちゃんへの対応が少し違うだけかもしれないが。
とにかく!
この7ヶ月間は家の中の間取りも覚えた。
今から父親である《コルード=アインザック》の書斎に行って、この世界について勉強しようと思う!
僕は周りのメイドたちの動きを注視して、赤ちゃんベッドから降りると廊下に出る。
ここからはさらにメイドや執事の動きに気をつける。
家の中を見る限り、かなりの貴族階級なんだと分かるので使用人の人数も多くなっている。
時間も気にしないとミルクの時間になってしまう。
そうなれば僕が居なくなったのがバレる事になる。
そして書斎を発見して、少し開いている扉をこじ開けて書斎の中に入る。
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