4-6 開放

 ふたりはようやく向き合って、互いに強く抱きしめる。初めからひとつのものであったかのように。




「なんで…躊躇っていたんでしょう。こんなに細い身体にたくさん背負わせた。」



 彼の緋色の瞳に、彼女の姿が揺れた。



 彼女が言葉を発しようとした、その時にそれは起こる。




 辺りにピアノの高音が響くと、空気が揺らぎ、鍵の開く小さな音が聞こえた。




「Libera me, Domine, da mihi lumen divinum, ut malum frangam pro amore meo.」



 アレックスの顔が青ざめる。



 はじめて、セリスと出会った時に彼女が呟いた言葉。ふたりの始まりの『魔法』の詩。



「セリス、覚えて…。」




「父が…私に残してくれた。この呪文の名前は私を解放しなさいリベラ・メ。頭の中に自然と浮かんできた。」




──主よ、我を解き放したまえ

神の力と聖なる光で悪を討つために




Pro amore meo.我が愛するもののために





 彼は彼女の瞳を見て、戦慄した。



 淡い萌出たばかりの若葉を思わせる黄緑色の瞳が、スミレ色に変わっていく。



 その意味は、彼女の魔力が最大に上がっている事。



 色が変わるアレクサンドライトアイズ…。




 セリスはアレックスを守るため…



 愛するものを守るため、父が与えた力を解放した。



 彼女から発せられる魔力の波動には覚えがある。あの日、後のリンデンバウム事件と呼ばれる、魔力暴走事故。そこで何が起きたのか未だに不明であるが、彼はその波動を肌で記憶していた。




「戻れ、セリス。」




 普段、穏やかな彼が声を荒げる事はない。怖かった。あの惨事を見たもののひとりとして、暴走の果てを知っている者として。



「大丈夫…、私は父の過ちを繰り返しはしない。」




 その微笑みは今まで見た中で一番美しく、神聖な光を纏っている。




 彼は最愛の人の中に──神を見た。



「だって、教皇聖下から愛してもらったを起こした。そんな私だから、奇跡を起こす。」


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