Celistical Sky
夏乃あめ
1 Ouverture(序曲)
1-1 King's main chamber.(国王謁見の間)
1797年4月第1週。
──王国議会室。
鮮血を想起させるかのような赤の繊毛、彫刻の入った年季の入った木製の机とおおよそ実用性のないであろう革張の重厚感のある椅子。そして天井には数千、数万宝石を散りばめたシャンデリア。
聖職者・貴族・平民の3身分の代表が王に召集され、国の問題を討議する議会。三部会。この国の議会はそう呼ばれていた。既に形骸化しており、なんの決定権もないただのお飾り、玩具の集り。
議場の最高層の中央に国王が座し、両翼はカーテンに覆われて殆ど見えないが、軍服のようなものがちらちらと見え隠れしている。その下の階層中央に議長、その左右にアントワープブルーの軍服を着た近衛兵たちが議会の成り行きを厳しい目で見つめている。
そして最下層に議員が座しているが、その姿はさしずめ半円形のコロッセオの様相をみせている。国王から見て左に第一身分といわれる聖職者達が291人、第二身分貴族達が270人、第三身分平民達が578人。どの身分も等しく1人一票を与えられており、総票数1139票。提案事項の採択は過半数の場合で570票以上、3分のに2票で760以上で可決若しくは否決される。
議員たちは机の下に設置してある承認の赤ボタン、不承認の青のボタンを議長のガベル(小槌)がサウンドブロックを3回叩いた後、5秒以内に押さなければならないが、票数が何者かに操作されているのではという噂がまことしやかに囁かれていた。
「形式とはいえ、自分が招集しておいてなんだが、全く退屈だと思わんか、卿。」
国王は余程暇を持て余しているのか、何度目かの欠伸を噛み殺した後、横にいるロイヤルブルーの軍服に純白のモールを着けた者に話かけた。
「陛下、でしたら議会など不要では。ご希望とあればいますぐにでも議場もろとも焼土にできますが。」
「ふっ、実に愉快な事を申す。」
機械的で開場を知らせるかのようなベルが鳴り響く。
『議案番号665番号。賛成多数により可決。』
議長のガベルが振り上げられたその瞬間、議場の右手側中央より、すなわち第二身分の貴族席の方から突如大声があがった。
「国王陛下。どうか陳情申し上げたきことが、ご─」
遮るように議長により、ガベルが一度激しく打ち付けられた。
「オルロフ伯。議案書以外の突飛な発言。議会冒涜罪に値するものであると心得給え。」
議長の怒気をはらんだ低い声が議会場に響き渡る。
「ならば、陛下。ここに推薦状がございます。陛下、なにとぞ。」
何事かとざわめく議員たちとは反対に、静寂を身に纏っているかのような一縷の乱れも足音すらなく、近づく宮中伯達の1人が今頃珍しくもなってしまった羊皮紙をオルロフ伯から受取る。
「メルシー伯。構わぬ、そこで読み上げよ。」
頬杖を付き、片方の手でまるで野良犬でも追い払うかのように手のひらを下に向け、煩わしい気分をさらけ出す姿は、この空間にいるおおよその者は同意見であった。
「申し上げます。━━"国王陛下におかれましてはますますご盛栄のことお慶び申し上げます。オルロフ伯よりご子息の熱心な推挙が度々あり、こちらも対応に窮し、また地方の一剣士である私の様なつまらない人間が重大な事の決定権があるはずもないく、その熱意は何を根拠に確たるものがあるのか判断に困り、書簡をしたためた次第です。後は陛下のよしなに。
My Majesty
─カイエン・クローム"」
開場内は突然訪れた嵐のように激しくざわめいた。王国一、いやこの世で一番の剣技を極めぬいた剣聖からの推薦状とはお世辞にも言い難い、意味不明の書状を、剣聖からの手紙をオルロフ伯は持ってきたのだ。人々は混乱していた。
国王は冷静に議場を見つめていたかと思うと、誰もが平伏すこえで、その嵐を一瞬で止めてみせた。
「宜しい。ならばその自信の根拠とやらを謁見の間で見せてもらおうではないか。戯言かもしれないが、立会人を立てておこう。後で難癖をつけられても困る。教皇聖下、リンデンバウム卿─」
国王の両翼の白いカーテンが開けられると、燃え盛るような緋色の長髪に白のローブ、左手には分厚い本を抱えた長身で威厳のある男性が寛容さを称えた笑みを見せているのに対し、反対側に立っているロイヤルブルーの軍服に白いモール、数多くの勲章を着けた長いプラチナブロンドにアメジストの瞳の女性は、まるでゴミムシを見るかの如く嫌悪感まるだしの凍てついた表情で、場内を見下ろしていた。
国王はさらに続ける。
「─我が弟、アルトワ公。統合幕僚長ペイロール伯。各々良いな。そして、観覧席にいるベアトリーチェ嬢。この茶番劇に付き合ってはできるくれないか。あまり暇つぶしにもならないかもしれないが、愉快であることは私が保証しよう。オルロフ伯、その御自慢のご子息と夫人を連れ、準備ができ次第、謁見の間にくるように。ベアトリーチェ嬢、呼び出したのに戯言に巻き込んだ事については謝ろう。」
国王の視線は、右側の5番のボックス席に向けられていた
場内は再びざわめく。国王が公式の場で女性をファーストネームで呼んだのだ。前例のない出来事。
5番のボックス席の緋色のビロードのカーテンが重々しく開けられる。
「ご指名ありがとうございます、陛下。仰せの通りに。」
その後の先には、赤銅色の髪を高く結い上げ、大きく胸元が開けられて存分にその豊かな胸を強調させてみえる。サフラン色に金色の大小様々な薔薇の刺繍の入った絢爛豪華なロココ調のドレスを身に纏い、それに劣らない程の艶やかな顔立ちに、皆息を飲んだ。その姿は伝説に謳われた破壊の女神エリスの顕現、─問答無に畏怖を感じさせる、華麗にして無慈悲な美しさに数人を除き、誰もが動けなくなっていた。
束の間の沈黙を破ったのは、またしても国王の声だった。
「議長、これにて閉会。構わぬな。」
慌てた様に、議長は閉幕を告げるガベルを鳴らし、閉会を宣言する。国王は議場に背を向けながら、片方の口角を上げ、不敵な、凡そ国を統べる者とは到底思えないほどの悪魔の笑みを浮かべながら、こう続けた。
「自ら好んでバケモノのになりたいという、全く度し難い者がいるとは、だからこの世は面白い。さて、その力とやらを見せてもらおうか。【King's main chamber】で。」
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