第12話 待ち合わせ
ガイド役との合流地点はシミュラクラ・ゲートウェイの地下1階に位置し、外界とシミュラクラセクター内部を繋ぐ重要な合流地点である。蛍光灯に照らされた床面は磨かれたタイルが幾何学模様を描き、静かに均一な光を放っていた。
エセルとヨウは知らない場所を訪れた時の気まずさと同時に漠然とした期待を抱きながらベンチに腰掛けていた。待合室までの道中、ヨウはエセルにシミュラクラの駅を利用したことがあるかと尋ねた。エセルは軽く首を横に振った。
この国にいくつセクターがあると思っているの?50よ──ただでさえ地元が広くセクターごとに入域審査が存在しているとなると気軽に往来は出来ないらしい。
流石現地人と言うべきか。エセルは何も言わずヨウの前を歩いてくれた。先程環に突っかかっていた様子が嘘のように冷静な目つきで通路を見渡し、薄暗い空間の隅々まで観察しながら歩いている。
エセルがしっかりしている以上その必要は無いのだろうが、何もしないでいることが憚られたのだろうか……ヨウはエセルから受け取ったパンフレットの地図と現在位置を照らし合わせながらぼんやりとその背中を追いかけた。
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白い金属製の壁に囲まれた中央連絡プラットフォーム。
二人は迷うことなく待機場所へ辿り着いた。ホームの時計は予定時刻の十分前を指している。エセルはベンチに空いている席を見つけ、ヨウと並んで腰かけた。
周囲には同じように待機している作業服姿の人間やスーツを着た事務員風の若者たちがちらほらと見える。全体的に静まり返っているが、どこか慌ただしさが漂っている。エセルがヨウの耳元で「みんな代行業者よ」と囁いたが、ヨウには彼等と民間人の違いが分からなかった──非武装というよりは普段着だ。
よく見ると警棒のような武器を所持している人物もいたが、ファンタジーの世界にありがちな大剣や杖のようなものは見られない。実用性重視の世界のようだ。
そんな中、人間観察を続けるヨウのもとにベンチの向かいから近づいてくる一人の女性がいた。黒地に銀のラインが入ったシミュラクラ公式のジャケットに身を包み、胸元には識別カードを提げている。きっちりと整えられた黒髪と真面目そうな眼鏡。
職員は若干緊張している様子ながらもヨウとエセルの前に立つと丁寧に一礼した。
「シミュラクラ現場運用補助員、ユイです。本日、案内を担当いたします」
ヨウは思わずエセルのほうを見た。
エセルはすでに軽く立ち上がり、彼女に頷いた。
「エセルとヨウ。二名ね。確認は取れてるわ」
「はい……えっとセクター内直通列車は地下二階から発車します。そちらまでご案内いたしますのでどうぞこちらへ」
ユイは身を翻し、決まりきったルートをなぞるように歩き始める。明らかに新人らしくぎこちない歩調だが、歩幅や速度を相手に合わせようという気遣いがあった。
一言二言、他愛のない会話をしながら三人はエスカレーターへと向かった。
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エスカレーターは機械音を立てながら静かに地下へと沈んでいく。壁面には注意喚起のパネルが並び、「セクター内での許可証提示義務」「危険区域への立ち入り制限」など物騒な文字が並んでいた。長居する場所ではないが、あまり居心地のいい空間ではない。
地下二階に降りると空気は少し乾いていて温度も低く感じた。金属の壁に囲まれた通路はどこか工場を思わせる簡素な造りで点灯する警告灯の赤が不安を煽る。
ホームへ向かう道の途中、改札のような機器が設置されているのが見えた。傍には警備スタッフと思わしき人員が設置されている。
ユイは二人を連れて彼等に近付いていくと確認を取った後、自分のカードをかざし、二人を振り返った。
「お二人とも、こちらが許可証です。……読み取り完了後、確認を行います。すぐに終わりますので」
ユイは二人にカード状の許可証を差し出した。
エセルが静かにカードを差し出し、ヨウもそれに続く。読み取り音が鳴ると同時に、簡素な表示パネルに「アクセス許可」の文字が浮かび上がった。
ヨウは許可証の角を指でなぞりながら元の世界で使っていた交通系ICカードを思い出していた。
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──ホームに出ると灰色の装甲に覆われた電車が停車していた。
通常の公共交通とは異なり、どこか無骨で軍用車両にも似た佇まいだ。もっともゲートが主流な交通機関とされるシミュラクラセクター普通の列車があるとも限らないが。ドアはすでに開いており、警備員の無言の視線が三人を車内へと誘導した。
車内は驚くほど静かだった。椅子の並びは対面式の座席。ヨウは内装を見るまで輸送用のシャトルのような印象を持っていたが、座席を見るなり修学旅行のことを思い出してしまった。普段、旅行に行かない生活を送っているからだろうか。
窓ガラスはよく磨かれているようだが、地下に停車しているため今は何も見えない。もしかしたらずっと地下を移動するのかもしれないが。
ユイが座席の指定は無いことを知らせた後、エセルはヨウと並んで座った。
「他に人は乗ってこないの?違う車両に乗ってるのかな。まあいいや。ユイさんもここ座りなよ。現場までしばらくかかるんでしょ」
「この列車は第九区域跡地付近の中継プラットフォームまで直通です。移動時間は約四十分。到着後、別チームと合流の予定です」
ユイは先程から立ちっぱなしで要所要所で丁寧に説明を加えていた。
何も言わなければ走行中すら通路に経っているんじゃないだろうか……?
見かねたヨウが彼女を向かいの席に誘おうとした時、エセルも同じことを考えていたのか先にユイを同じ区画へと招いていた。事前に情報交換を行うことで生存率の効率にも役立つだろう。
──列車の発車を告げる短いチャイムが鳴った。
エセルは無言で窓の外を見つめていた。ヨウもまたここから先に何があるのかを想像しながら、背もたれに深く身体を預ける。
チャイムに続くようにして車内に無機質なアナウンスが響く。
「安全確認完了。まもなく発車します」
ブレーキの音が静かに遠ざかり、車両は音もなく地上へと滑り出していった。
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