聖女召喚、まずは皆殺しから始めます

Theo

第2話 思ったより近代的

 ヨウが部屋を出ると屋敷の中は異様な静けさに包まれていた。

 ここは「屋敷」と呼べる広さの建物のようだが、ヨウは建物のあちこちで機械のような物を見かけた──掃除するもの、何かを運ぶもの……故郷にもこんなのがいたかもしれない。最近飲食チェーンや介護現場で採用され始めていたっけ。デパートで忙しなく動いている様子を何度か見かけたことがある。

 然しながらヨウが知っている真四角や円柱型の機械とは異なり、これらは全て人型だ。最初は使用人だと思い身構えたが、彼等はヨウに見向きもせずやや固い動作で各々の仕事をこなしている。まるでこちらが見えていないようだ。


「私が見えないの?……こいつら人形?あいつら人形師だったの?まあまあいくらか進んでるじゃない」


  ヨウは最初、これらの中に自分を襲ってくるのではないか、中には警報装置を兼ね備えたものもあるのではないかという不安を抱いたものの──試しに一つ壊してみたが、音も出なければ武器の類も出てこない。あくまで使用人の代わりなのかもしれない。ヨウの足元で女の形をした機械が小さな音を立て、煙を吐いている。

 ──ここはどうやら自分が思う以上に近代的な文明が有るらしい。

 召喚早々貴族のような装いの者達に出迎えられたために「剣と魔法の世界」を想像していたが……思えばあの部屋にも機械のようなものがあったっけ。

 先程の殺戮で服にこびり付いた血肉、そして屋敷中の人形を壊した際の焦げ臭い匂い……最早誰一人として動く者はいない。人形も含めて。

 ──しかし、まだどこかに生き残りがいたら?

 通報などされたら一瞬で終わりだ。壊す術はあれど逃れる術は十分ではない。だからこそ今、虱潰しに部屋中を当たっている。探せば何処かに離れた場所で活動している者がいるかもしれない。片付けないと後々面倒なことになるだろう。

 ヨウは無表情のままひんやりとした石畳の廊下を歩いていた。自宅でくつろいでいた時のスリッパを足に引っかけたまま。服装だって部屋着のまま。自分の行いと立場を考えると何とも不釣り合いな装備品だ。現代から便利な家電や武器の類だって当然持ち込めていない。

 それでも尚、ヨウは何の感情も感じていないかのようにただ歩みを進める。

 目的は有る。全員は殺さない。都合のいい人間がいれば確保しておきたい──異世界には奴隷がつきものである。

 ヨウがある部屋の前を通りかかった時、微かな物音が聞こえた。小さな足音だ。動揺を隠し切れない震えた音だった。


「……だ、誰ですか?」

 

 ──ああ、一応あの聖女召喚に参加しない人間もいたんだ。

 声をかけることもなく、シオンは音のする方に視線を向けた。

 そこには一人の少年が縮こまって立っていた。年は十代半ばほどだろうか。金髪が乱れて額にかかり、怯えきった緑色の瞳がこちらを見ている。先程の貴族のような人々の服装と比べるといくらか質素ではあるが、富裕層であることが見た目から何となく察しが付く。大広間にいた人間達の衣服に雰囲気の似た洋装。

 ここは恐らく彼の部屋なのであろう。ヨウが一つ一つ空けてきた部屋の中でも特に家具が多く、それも凝っている。そして何よりこのフロアは広い。


「えっと……きょ、今日は聖女召喚があるからって……皆挙って大広間に行っていて……親戚も来てて……その……知らない人が……いて、も」


 ──知らない人がいてもおかしくない?

 震える声が静寂を破る。少年は今日、聖女召喚を見に行くことは叶わなかった。

 聞いていたことがあるとすれば自分の家が別世界から聖女を召喚すること。聖女の召喚に成功し、自分の家に聖女を所属させればゆくゆくは家の繁栄に繋がるということだけ。抱えていたのは強い力を持った女性が何処からか召喚されてきて、自分の家に尽くしてくれるという漠然としたイメージだけだ。

 聖女を手に入れた家(物のように扱うことには抵抗があるけども)は彼女達のお陰で国から恩恵を受けることが出来る。だからある程度裕福な家は挙って術者を雇ったりして、聖女召喚を試行することが珍しくない──少年の家もそうだった。

 そして今、自分の前に立っているのは血と臓物に塗れた黒髪の少女。

 ヨウはその場で少年をじっと見つめた。しばしの沈黙の後、口元が少しだけ動いた。


「貴方が、私を召喚した貴族の息子?」

「き、貴族……?確かに……召喚をしたのは僕の家系……ですけど」


 少年は震えたまま無言で頷いた。

 どうせ殺されるのであれば正直に答えようと思った。そして何より──嘘を吐くよりかは生き残れる可能性が少しでも高い方がいいと思ったのだ。


「そう。なら、貴方は生きていてもいい」

「ど、どうして……?」


 彼女の声は冷たく無感情だったが、その一言に少年は明らかに動揺した。

 ヨウは一歩、少年に近づく。その一歩で少年はさらに後ずさる。


「貴方は若いし、力も無さそうだから。私の異世界ガイドとして生かしてあげる。まだ死にたくないでしょ」


 少年は驚愕したように目を見開いた。

 「異世界」という言葉はこちらが聖女召喚を行う際に用いる言葉だが、彼等から見た時にこちらもまた異世界になるのだろう。少年の嫌な予感は的中してしまった。恐らくは今目の前に立っているこの少女が聖女召喚の産物なのだろう。

 最初は理解が追いつかない様子だったが、ヨウは構わず続けた。


「私が命じることに従えば貴方の命は保証してあげる。それが嫌なら今すぐここで息の根を止めるわ」

 

 今の私にはそれが出来るから。後でこの力のことも考えないとね。

 ヨウの提案に少年の顔は一瞬真っ青になったが、すぐに恐怖で表情が硬直した。選択肢は存在しない。自分がどれほど無力か、この場の圧倒的な力関係を理解していた。彼女に逆らえば、瞬時に命を失うのは明白だ。

 自分の家が聖女召喚に成功した実例は今回が初めてで……少年は「聖女」という存在を目にしたことがない。噂で聞いただけだが、彼女達はこの世界に来る時に魔力や特別な力を授かってやってくるという。

 それが悪用されているのだとしたら今すぐにでも止めるべきなのだろうけど。生憎これは事件が起きてしまった後の出来事であった。

 

「……わ、分かりました……。貴女に従うので……僕の事は殺さないで……ぼ、僕はフィンです……あの、名前……何とでも呼んでください」


 少年の震えた声が、ついに服従の言葉を絞り出した。

 家族の安否は分からないが、聖女召喚を行おうとしたのは他でもない自分の両親なのだから大広間にいたはずだ。そこにいたならきっと命はない。

 少なくとも今は彼女に従い、生き残らなければいけない。

 戸惑う少年を前にヨウは満足そうに頷き、手を差し出す。


「貴方、私と同年代でしょ?そこまでかしこまらなくていいのに。私は瑶、ヨウよ。じゃあ、まずは浴室に案内して。血で汚れた身体を今すぐに洗い流したいの」


 少年はその言葉に一瞬顔をしかめたが、すぐに頷く。

 彼女に従うことを決意する。全ては自分の命を守るためだと──こうして、聖女と貴族の少年の不思議な主従関係が始まったのだった。

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