聖女召喚、まずは皆殺しから始めます

Theo

第1話 聖女召喚のオマケ

 少女──ヨウは知らない部屋で目を覚ました。

 先ほどまで自分の家の椅子に座って寛いでいたというのに唐突に知らない場所へと転移してしまったのだ。座っていた姿勢のまま移動させられたからか、床に尻もちをつくような形で唐突に知らない景色へと視界が切り替わっている。


 まず目の前に広がったのはまるで中世のような豪華な大広間だった。石造りの壁にかけられた繊細な意匠のタペストリー、シャンデリアが頭上で煌めきその光が柔らかく少女の肌を照らしている。足元には深紅の絨毯が敷き詰められ、その先には堂々とした姿で並ぶ変わった服装の人々──彼等は皆一様にして彼女を見下ろしている。

 彼等の服装は突然現れた少女から見ても美しいものだった。

 豪華な刺繍や金糸が施されたガウン、輝く宝石をちりばめた髪飾り、すべてが彼らの権力を誇示するために用意されたものだろう。しかし、少女の目にはそんなものはどうでもよかった。少女にとって興味があるのは、自分の隣にいる「誰か」。

 自分と近い年頃の同じ年頃の娘の姿だった。


「聖女様!」


 集団の中でも威厳ある雰囲気を持つ者が一人、人々の列から離れた椅子から立ち上がり「誰か」に向かって歩み寄る。この状況下で呑気に座っているのだから恐らくは権力者なのだろう。心なしか集団の中で一番煌びやかな服装をしている気がする。

 彼は「誰か」へ手を差し出す。その笑みは満足げで彼の周りにいる洋風の貴族のような服装をした人々も同様に口元に笑みを浮かべていた。だがそれは冷たく計算されたもので、平たく言えば作り笑いのようである。

 ──その間、ヨウは蚊帳の外だ。隣で「誰か」が話しかけられている間、誰にも声をかけられなかった。

 貴族のような人物に支えられ、立ち上がる「誰か」は小声で名を名乗るとヨウ以上に動揺した様子で震えている。この娘の名前はイズミアヤというらしい。

 

「アヤ様。この国を救うため、貴女の力を借りたい。我らのために、その聖なる力を――」

「待って、私は?その女が聖女なら私は何よ。私の名前は聞かないの?」


 ヨウは口元に薄い笑みを浮かべた。やや歪んだ笑みだ。それは他人には優しげに見えるかもしれないが、その実何も感じていない笑顔。

 この状況には既視感があった。所謂「異世界転移」召喚というものなのかもしれない。以前そういった漫画を読んだことはあるのだが──まさかそのような事象が実在しているとは。ヨウは思い出したように床から立ち上がると男に詰め寄り、自分が別の場所へ召喚されたこと、そして自らの立場について尋ねた。

 アヤはヨウの介入に怯んでしまい、「聖女」との会話を邪魔された男はようやくヨウとの会話に応じた──とても不機嫌そうな態度で。


「君は聖女召喚のおまけだ。我々の本命は聖なる魔力を持つアヤ様なんだよ。この御方は我々を救済し得る力を持っているんだ。君にも一応力はあるようだが、アヤ様には及ばん。ああ、能力次第では後で何かしら仕事をやるから……」

「は?おまけ?この女の巻き添え食ったってこと?何とか言いなさいよ」


 ──うっかりもう一人拉致しといて、被害者の神経逆撫でするとかバカなの?

 ヨウはゆっくりと言葉を噛みしめるように繰り返す。視線は相手の目をまっすぐに見据えた。


「縁もゆかりもない土地の為に平然と拉致を行ってる時点で正気じゃないんだけど」


 男と観衆は呆れ気味に。そしてアヤは怯えて固まったまま。

 ──いかにも自分の所為で場の空気が悪くなったという状態だが、自分は決して悪くない。自分は拉致・誘拐の被害者に他ならない。ヨウは状況を整理しつつ、ここがどのような場所で自分のポジションが何処なのか整理する。

 「自分は聖女召喚に巻き込まれた被害者」であり「彼等の求めている能力ではないが、何かしらの力を持っている」らしい──能力や召喚と言ったワードにはフィクション以外で聞き覚えがない。大の大人が大勢でそんなジョークを言うとは思えない。やはりここはヨウが暮らしていた環境とは異なる別世界のようだ。


「黙れ!アヤ様がすっかり怯えてしまっているだろう!君は自分の立場を理解して──」


 ──彼らは自分が一体どんな存在を召喚したのか、まだ理解していない。

 ヨウは自らの服のポケットに手を伸ばすときらりと光る物を取り出した。現実世界でも別世界でもこれを見た人間の反応はそれほど変わらない。

 彼女は自らに掴みかかろうとした男の身体をすり抜けるように躱すとその心臓に得物を突き立てた──これだけでは致命傷にならないようだ。男は自分の傍でもがき苦しんでいる。

 ヨウは空いている手をゆっくりと宙に挙げる。その手が宙に浮かぶと同時に広間にいる人々の体がピクリと震え始めた。

 最初の一人が突然のどを掴む。血管が浮かび上がり、目が見開いた。

 

「な、なんだこれは……一体何をした!?」


 集団の中から驚愕の声が漏れる。

 しかし次の瞬間、彼の体は何の前触れもなく裂け、血が飛び散った。まるで目の前で何か見えない力が肉体を引き裂いたかのように。絨毯の上に臓物の赤やピンク、骨の白……様々な色が散らばっている。


「ああ、説明通りね。やっぱり異世界に来ると何かしらもらえるものなんだ。それにしても脆すぎるけど……今まで召喚した異世界人に暴れられた前例とかないの?」


 ヨウはその光景を眺めながら笑みを浮かべ続けた。

 広間にいる全員の表情が恐怖に染まっていく様子を、まるでお気に入りの映画のクライマックスを見るかのように楽しんでいる。

 これは自分の夢の中なのかもしれない。彼等は自分の世界、時代の住民ではない──自分の暮らしている時代にこんな人間はいないし、元の世界では自分は「魔法」なんて使えなかった。 この世界に自分の戸籍など無いだろうし、身元不明の自分がこの世界の生物を何匹殺したところで始末さえ上手くやれば困ることはないだろう。

 今はまだ自分の能力の正体も分からないが、ヨウが念じるだけで彼等はあっという間に倒れていく。


「逃げても無駄よ。お前達には全員、私が望む通りに死んでもらうから。人を拉致しておいてただで済むと思わないことね」

 

 もし入浴中だったらどうするの?そういう例もあった?

 貴族だけでなく、背後に控えていた使用人までもが倒れていく。中には召喚魔法を使っていたのかもしれない魔法使いのような見た目の者もいたが、ヨウはお構いなしにそれを握り潰した。

 次々と倒れ、命を奪われていく。泣き叫び逃げようとする者もいたが、ヨウの手から放たれた魔力は彼らを一人残らず捕らえていた──積み上げられた肉の中には聖女の肉も混ざっている。

 最後の一人が崩れ落ちた時、広間にはもう誰一人として生きている者はいなかった。血と肉片にまみれたその場所でヨウはただ立ち尽くし、満足そうに笑っていた。全てをやり切った後というものは何とも言えない満足感がある。


「ゲームの中に入ったみたい。……地球の人間じゃないなら殺しても構わないってことだよね、そもそも異世界人を捌く法律とかあるのかな?」


 こんな野蛮人共がそこまで法整備しているとも思わないけど。

 彼女の中には後悔も罪悪感もなかった。むしろ、それらの感情が存在しないことこそがヨウの本質だ。異世界に拉致されたのか、はたまた誘拐されたのか……何方かは定かではない。

 本来ならば帰還に向けて焦るところだろうが、今の彼女を満たしているのは新しい玩具を手に入れたような満足感がほとんどである。

 ヨウは笑いながら大広間を出て行った。

 まずは何処かで服を着替えて、それからここに詳しいガイドでも雇わないと。

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