第13話 幸せ

 ローシェが生まれて、二年の時が過ぎた。

 小さかった赤ん坊は、しっかりと自分の足で歩いて庭を探検する程までに成長した。

 髪の毛はイヴァン似の濃い茶色で、目は俺と同じく緑がかった青。顔立ちはどちらかというと俺に似ているようだ。

 しっかりとした足取りで芝の上を歩く我が子を、少し離れたベンチに座って見つめる。

 ローシェの側にはいつだってコタロウがぴったりと寄り添っており、まるで彼を守っているようだ。

 そして小さな我が子の手を、ララとリリが片手ずつ握っている。

「この花は、棘があるから触ったら駄目だよ」

「あい」

 ララが先生のように説明し、ローシェはしっかりと聞いて返事をしている。

「新しい植物を見たら気を付けて。触っていいか分からなかったら、父さんのアサヒに聞くんだよ」

「アサヒは花とか木に凄く詳しいんだから!」

 なぜかリリが得意げに胸を張っている。

 双子は俺のお腹が大きくなっていく過程を共に過ごしており、ローシェが俺とイヴァンの本当の息子だということを理解している。


 ローシェが生まれて少し経った頃、部屋のベッドの上で、ずっと心にあった不安をイヴァンに打ち明けた。

 男である俺から生まれてきたことを、本人に伝えるのかどうか。

 それは、妊娠する前からずっと悩んでいたことだった。

 男であるが妊娠できる……それを聞いたローシェがどう感じるのか想像がつかない。

 また、俺の身体の件は、屋敷の者とこの国の王、調査に当たった数名しか知らない。

 当然、世間はローシェを俺達の養子か、またはどちらか一方の子どもであると考えるだろう。

 真実を言うこともできず、嘘をついて生きる人生は彼にとって辛いのではないか。

 一人で考えるとぐるぐるとマイナスな思考になってしまい、伴侶に助けを求めた。

 俺の不安を聞いたイヴァンは、「本人に真実を伝えるべきだ」とはっきり言った。


「急がなくていい。ローシェがもし尋ねてきたら、答えてやるといい。俺も一緒に側にいる」

「イヴァン……俺も本当は、ローシェにはちゃんと俺達の息子なんだって、知っていてほしいって思ってるけど、」

 自然と語尾が小さくなっていく。そんな俺の手をイヴァンが握った。

「アサヒ、この国は養子であろうが自分達の子どもであろうが区別をしない。『家族』であると認識するだけだ。アサヒの言う通り、世間はローシェを二人の子ではないと判断するだろう。だが、俺達の家族である限り、その事を気にする者はいない。『親と子ども』、ただそれだけだ」

 イヴァンの言葉に、心の中にあったモヤモヤがストンと抜け落ちていく。

 バスケを習いに来ていた子どもの中にも、同性同士の両親を持つ子がいた。

 それを見て、誰が「ああ、あの子は二人の子どもではないのか」と思っただろうか。

 この国の人々は、偏見や差別を好まない大らかな国民だと知っていたのに。そもそも、誰もどう親子になったのかなど気にしていないのに。

 まだまだ元の世界での常識や考えに捕らわれている俺。

 しかし、そんな俺をいつもイヴァンは正しい方向に導いてくれる。

「ありがとう、イヴァン」

「一人で沢山悩んで考えて、疲れただろう。今日は寝るまで背中を撫でていてやるからな」

「べ、別に、子ども扱いしないでいいから」

 優しい申し出だが、親となった自分が寝かしつけられるのは少し気恥ずかしい。

「ほう……では大人扱いしてやろうか。さ、服を脱いで仰向けになれ」

「はぁ? やだ、変態!」

「子ども扱いするなと言ったのはアサヒだ」

「そうやってすぐ変な方向に持っていこうとする!」

 ベッドの上で後ずさりしながら逃げる俺と、待てと言ってにじり寄るイヴァン。

「わぷッ……おい、アサヒ」

「はは、油断したな?」

 近寄って来るイヴァンの顔に枕を投げつけたところ、見事に顔面に当たった。

 ふいを突かれたイヴァンも俺に反撃しようと枕を構える。

 ずっと考え込んでいたのが嘘のように、その夜、俺は笑いながらイヴァンとじゃれ合って過ごした。


「ローシェ様~! そっちは危ないですよ!」

 ドロシーの声が聞こえ、考え事を止めてそちらを見る。

 さっきまでは大人しくララとリリから植物講座を受けていたローシェだが、気付くと噴水の上に登ろうと淵に片足を掛けていた。

「ろーしぇ、ここ、のぼるの。おみじゅさわる」

「リリが抱っこしてあげるから。ね?」

「ここがいいの」

「ええ~。じゃあ手を持っててあげるから」

「あい!」

 今日も元気で明るい声が響いている。

 双子やドロシーを困らせているローシェの姿に、フフッと笑いを零すと、イヴァンが後ろから俺を抱きしめてきた。

「わ、イヴァン? 仕事中じゃなかったの?」

「皆の笑い声が聞こえたから、少し休憩に来たんだ。アサヒも何だか楽しそうだな」

「うん。なんか、幸せだなぁって思って」

 隣に座るイヴァンの肩にもたれかかる。

 今、こうして幸せを感じられるのも、俺の器であるローシェのおかげだ。

 ディルの件が解決したと同時に治った夢遊病。

 俺は、ローシェが次の人生の為に旅立っていったのだと確信している。

 もしかしたら、南の島でのんびり暮らしてるかも…… 自分の手を見ながら彼に想いを馳せていると、イヴァンがその手に指を絡めた。

「どうしたの?」

「指輪をしているアサヒの手が綺麗で、つい捕まえたくなってしまった」

「何それ。自分も付けてるでしょ」

「ああ、アサヒが求婚してくれた証だ」

 イヴァンは俺の手を自分に寄せ、指輪に口付けた。

「またプロポーズの話するの? あれは、ちょっと失敗しちゃったから、もう言わないで」

 あの時の光景が蘇り顔が赤くなる。

 俺にとってあのプロポーズは、掘り返して欲しくない黒歴史の一つだが、イヴァンが毎回本当に嬉しそうに話すので、いつも羞恥に耐えつつ聞いていた。

「では、やり直してくれるか?」

「……うん」

 イヴァンの言葉に頷く。そして伴侶の大きな手を取ると、茶色の瞳をじっと見つめて口を開く。

「イヴァン、ずっと俺の側にいて」

「ああ」

 イヴァンは目を細めて俺の手を握り返す。

「『誓いのキス』は?」

「イヴァン、前も言ったけど、誓いのキスは結婚する時にするの」

「関係ない」

 イヴァンはじれったく思ったのか、俺の顎を掴むと唇に優しくキスを落とした。


「あ、イヴァンとアサヒがキスしてる」

「ローシェ、あれはキスって言うんだよ」

「きっちゅ?」

 双子とローシェの会話に、ドロシーが慌てて間に入る。

「ローシェ様にはまだ早いですッ!」

 『誓いのキス』中に耳に入ってくる慌ただしい声。

 俺とイヴァンは口を合わせたまま笑いを堪えた。

「ちちうえ! とぉしゃん!」

 愛する息子の声に呼ばれ、愛しい伴侶の手を取ってベンチから立ち上がる。


 庭には花が咲きほこり、俺がこの屋敷に来た時と同じ季節が巡ってきたのだと感じる。


 俺達は手を繋いだままお互いを見て微笑むと、賑やかで楽しい家族の輪に加わった。

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