第12話 名前
長い行為が終わり、俺は疲れ切ってベッドに寝転がる。
イヴァンは俺を弄っただけで何もせず、俺が手や口で慰めようかという申し出も断った。
「いいの? イヴァンきつそうだけど」
「俺はいい。今日は本当に手伝いたかっただけだ。」
膨れているイヴァンのズボンを指差すが、黙って俺を抱きしめる。
もし俺が彼ならば、こんな状態で寝るなど考えられない。
同じ男としてイヴァンを凄いと思ったが、ふと頭に、以前イヴァンが言っていた言葉がよぎる。
『一週間セックスしなかったから、一晩であんなにできたのか……』
俺の誕生日に七回もしたイヴァンが、翌日ボソッと呟いていたのだ。
恐ろしいことを考えているイヴァンに俺は「絶対やめてよ!」と怒ったが、笑っているばかりで返事はなかった。
もう少ししたら、凄い夜が来るんじゃ……
恐怖を感じていると、イヴァンが明かりを消しつつ尋ねてきた。
「そういえば、子どもの名前は考えたか?」
「うん。でも、本当に俺が付けてもいいの?」
由緒正しきといった雰囲気のグライラ家だ。
名前は祖父から貰うとか、そういったしきたりがあるのかと思っていたが、どうやら自由らしい。
「もちろんだ。俺はそういったセンスがあまり無いから、アサヒが付けてやってくれ」
「じゃあ、」
おずおずと、以前から考えていた名前を告げる。
「ローシェ……はどう?」
「……」
俺の言葉に少し沈黙が流れ、駄目なのだろうかと焦る。
「ディルの誘拐の件もあるし、あまり良くないかな?」
「いや、」
イヴァンは目を細めて俺を抱きしめた。
「いいな。きっと強くて優しい子に育つだろう」
イヴァンが抱きしめたまま俺の頭を撫でる。
「うん」
早く我が子の名前を呼んであげたい。
俺は朝一番にローシェに会いに行くと決め、イヴァンの胸の中で幸せな眠りについた。
◇◇◇
「はぁ、本当に可愛い。天使みたい」
「天使? それはローシェみたいな見た目なのか?」
俺はイヴァンとローシェと三人で談話室にいる。
あれから半年が過ぎ、ローシェは元気にすくすくと育っている。
今は乳を与える必要はなく、彼のご飯はドロシーが用意する特製ミルクだ。
「うーん……見た目は、赤ちゃんに鳥みたいな白い羽が生えてて、金の輪っかみたいなのが頭に浮いてて、」
「おい、ローシェを何てものに例えるんだ」
その姿を想像してゾッとしたのか、イヴァンが俺の腕からローシェを奪う。
すると大人しく俺達を見つめていた小さな天使がパァッと笑顔になった。
「お、笑ったな。父上が好きか」
「いや、父さんに笑ったんだよな?」
俺達はお互いに父であるため、俺を父さん、イヴァンを父上と言うことにした。
ローシェは俺達が軽く言い争っているのを、楽しそうに見つめている。
「おいおい、何してんだよ」
「アルダリ」
イヴァンの兄であり俺の父であるアルダリが近くに歩いてくると、絨毯を敷いてクッションに座っている俺達を見下ろした。
「お、イヴァンで見えなかったけど、ローシェもいたのか。おじいちゃんだぞ~」
イヴァンが抱いている赤ん坊の頬をつつきながら、ローシェに向かって声を掛けるアルダリの顔は優しい。
書面上俺の父である彼はまだ三十代で、もう孫がいるなど変な感じがする。
「何かあったの?」
俺は急に現れたアルダリに要件を聞いた。
「ああ、そうだ。陛下からの御手紙を持ってきたんだ。内容は『二人の子どもが見たい』とのことだ」
大変世話になったこの国の王を思い浮かべる。
「妊娠してからは城に行くこともなかったし、随分久しぶりだね」
「そうだな」
実はイヴァンと結婚した後、招待状を貰って何度か城へ顔を出した。
無礼だと分かっているが、俺達と話している時の王はいつも穏やかで、まるで家族と話しているような気持ちになるのだ。
「ローシェも二時間程度なら馬車でも寝ててくれるだろうし、近々伺うと返事を書こう」
「うん! アルダリも一緒に行、……なに?」
アルダリも王都に行くのか尋ねようとしたが、彼の目線は俺の胸元に向けられている。
「アサヒ、胸のとこ濡れてるぞ」
「え?」
言われて下を向くと、乳首辺りが濡れていた。
「あ、これは母乳だから、気にしないで」
張り付くシャツを前に引っ張る。
「はぁ? ローシェはずいぶん昔に乳離れしただろ?」
そこまで言ってピンときたようだ。アルダリは眉をしかめる。
俺の胸は、最初の一か月は痛いくらいに張っていたが、それを超えると徐々に母乳を出す必要がなくなり落ち着いてくる。そして胸を吸わなければ自然に母乳は止まるのだ。
俺をサポートするために、この屋敷の大人達はドロシーから座学を受けており、当然アルダリもそのことを知っていた。
「おいイヴァン。あれから何か月経ったと思ってるんだ」
「何だ。俺達のことに口を出すな。なぁ、アサヒ」
「えっとぉ……」
俺は何も言い返すことができない。
毎晩、寝る前に乳をせがむイヴァンは赤ちゃんのようで、つい可愛いと思ってしまうのだ。
甘やかすのは良くないと分かっていながら、俺はそれを断れずにいた。
「別に何も悪いことはしていない」
悪びれた様子のないイヴァンを横目に、アルダリは盛大に溜息をついた。
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