第5話 二番目でもいい

「イヴァンただいま!」

「アサヒ、無事に戻ったか」

 屋敷に帰ってすぐ、イヴァンのいる執務室へ向かった。

 アルダリは彼の父に報告があるとのことで、玄関で解散となった。

「ほら」

 イヴァンが書類から顔を上げて両手を広げる。

 俺は部屋に急いで入ってきた勢いのまま、その広い胸に飛び込む。

「アサヒ、おかえり」

「ふふ。たった一日なのに、なんだか感動の再会だね」

「たっただと? 俺には、ものすごく長く感じた」

 再会のハグの熱烈さに思わず笑うと、イヴァンもそれに笑みを零す。

「あのね、町長さんからの資料なんだけど、揃い次第屋敷の方に届け、」

「久しぶりなのに仕事の話か?」

「でも、イヴァンも気になるでしょ?」

「アサヒが楽しく過ごせたかどうかが一番気になる」

「わッ……急に抱きかかえないでよ」

 さっそく視察の件を報告しようとしたが、イヴァンはそれを制し、彼の膝の上に座らされる。

「ちょうど休憩の時間だ」

 イヴァンは机の真ん中にある書類を端へ追いやり、従者を呼ぶとお茶を用意させた。

 その間も俺は当然イヴァンの膝の上なわけで……。

 まるでバカップルみたいだと、相当恥ずかしい思いをした。

「アサヒ? どうした」

「……なんでもない」

 俺とは違い、全く気にしていないイヴァン。

 慣れた体温に触れている心地よさに、これ以上は何も考えず、目の前の大きな胸に頭を預けた。


 その夜。寝る前のベッドの上で、イヴァンは視察中に何か楽しいことをしたか、美味しいものは食べたかと聞いてきた。

 俺は、アルダリと町にある店を回ったことや、ホテルの近くで美味しい肉料理を食べた話をした。

「そうか。アサヒが楽しめたのならいい」

 そう言って嬉しそうに俺の頭を撫でる。

「イヴァンは何してたの?」

 本当は俺と分担してやるはずの仕事が残ったまま出発してしまった。一人で処理するとなれば、かなり忙しかっただろう。

「俺は、そうだな、」

 ごめんねと先に伝えようとしたところ、予想外の言葉が耳に入る。

「夜は、アサヒを想って抜いた」

「は⁈」

『抜く』ってそういう……下ネタだよね。

「本当のことだ」

 驚く俺の頬を撫でながら、イヴァンは続ける。

「アサヒがいないベッドがあまりに寂しくてな。なかなか寝付けず、アサヒのことを考えていたら勃起したんだ」

 俺、妄想でもイヴァンに抱かれてるのか……

「アサヒはどうだった? 俺で抜いたか?」

 何てこと聞いてくるんだ!

「いや、アルダリがいるんだから、そんなこと出来るわけないだろ!」

 恥ずかしさを誤魔化すように慌てて告げたが、俺の言葉にイヴァンの眉がピクリと動いた。

「なんでアルダリがアサヒの部屋にいるんだ?」

「あ……」


 あれから俺は必死にごまかそうと試みたが、イヴァンが許してくれるはずもなく……一緒の部屋で眠ったかどうか、なぜそんなことをしたのか根掘り葉掘り尋問された。

 服に手を入れながら「話したくなるようにしてやろう」と言われた時には、抱き潰されるのを恐れて、つい真実を話してしまった。


 あれから数日が経ち、俺の誕生日まで残り三日となった。

「まだかなぁ」

 俺は今日、注文していた指輪を受け取るとあって朝からソワソワしている。

 午前中は仕事。そして今からルーサと弟達と庭で昼食を食べることになっていた。

 先に着いた俺とルーサが、用意されたテーブルに着く。

「あら? アサヒもいるのにララ達が遅れるなんて珍しいわね」

「最近の二人は先生によく質問してるから、授業が長引いてるのかも」

 双子の話をしていると、噂のご本人達が現われたようだ。トテトテと可愛らしい足音が聞こえてくる。

「あしゃひ~! きちゃよ~!」

「あしゃひ~リリもよ~!」

 ララが勢いよく俺に抱き着いてきた。

 その後で後ろから走ってきたリリも俺に抱きつく。

 興奮ぎみの二人を両手に抱えると、頬っぺたを顔にくっつけてスリスリとしてきた。

 可愛すぎる……。

「ちょっと、一人くらい私の方に来なさいよ」

 ルーサが双子に対し文句を言っている。

 ララもリリもルーサのことは大好きだが、兄である俺は特別なようだ。イヴァン達に比べて懐き具合が違う。

「ララこっち!」

「リリも、あしゃひのよこにしゅわる~!」

 笑顔で俺の両隣を陣取る二人に、俺はずっと気になっていたことを尋ねた。

「ララ、リリ。イヴァンのこと、まだ怒ってる?」

 イヴァンが双子を牽制して泣かせてしまったあの事件。

 次の日、俺は二人に謝りに行った。

「だいじょうぶ」と言ってはいたが、その姿は明らかに落ち込んでいた。

 あれから数日が経ち、双子達はだんだんと元気になっていったが、それでも傷つけたのは確かだ。

 大好きな二人に、未来の夫であるイヴァンが嫌われたままというのも辛い。なんとかして俺が仲裁して……と考えていると、双子はお互いを見て頷いた。

「いばんいじわるいったけど、ゆるちゅ」

「リリもよ」

 笑顔でそう言われ、ホッと肩の荷が降りた気がした。

 しかし、なぜこんなに嬉しそうなのだろうか。

「ララもリリも優しいね。どうして許してあげたの?」

「あしゃひは、いばんのちゅぎに、リリたちとけっこんちたらいいのよ」

「え?」

 得意げな顔で言うリリの顔を、ポカンと見る。

「アサヒさん、その事は食事後に私から話すわ」

「あ、シータさん」

 俺が頭にハテナを浮かべていると、遅れて庭へやって来たシータが「後で二人で話しましょう」と耳打ちした。

「さ、全員揃ったし、いただきまーす!」

 俺と双子の話は聞いていなかったのか、お腹が空いているというルーサは、シータが席に着いたのを見て、食事を始めた。

「「いただきます」」

 美しい庭で家族に囲まれ、楽しい時間を過ごした。


「アサヒさん、ごめんなさいね。リリがいきなりあんな事言ったからびっくりしたでしょう」

 双子達は次の授業の教室へ行き、ルーサも午後は町へ出掛けるとのことで庭を後にした。

 俺とシータは、食器の片付けられた席でお茶を飲みながら、先程の事について話す。

「いえ。どうして急に、その、結婚だなんて……」

 プロポーズの件を知っているのは、イヴァンの父とアルダリのみのはずだ。

 俺は今、『結婚』というワードに過敏になっており、なぜ双子がその言葉を出したのかが気になった。

「泣いてしまった日に、アサヒさんとイヴァンさんが特別な関係であることを説明したの。でも『恋人』をどう表現したらいいのか分からなくて」

「イヴァンのせいで、本当にすみません」

「ちょうど家族について知る良い機会だったから、気にしないで。それでね、」

 まずは、イヴァンと俺の関係を説明するのに、シータとアルダリを例に出したそうだ。

 すると、イヴァンと俺が結婚しているのかという話になり、どう答えてよいか分からずに「いずれは」と言ってしまったとのことだった。

「勝手にごめんなさいね。あの子達が泣いている姿があまりに可哀想で」

「いえいえ! 二人が悲しんでいるのは俺も心苦しいですから。それで、どうして『イヴァンの次に結婚する』ってことになったんですか?」

「それが……」

 双子は最近の授業で、各国の結婚について学んだらしい。

 そこで、ある国では一人が数人と結婚できると知り、ならばイヴァンの次にすればいいのだとひらめいたという。

「私も、そこで無理だと教えれば良かったんだけど、またララとリリを悲しませたら、と思ったら何も言えなくて」

 どうするべきかと悩んでいるうちに、双子の間でどんどん話が盛り上がり、ララとリリが成人を迎えると同時に結婚を申し込むというところまで決定していた。

「母親としては、まだ夢を見せてあげてもいいのかもしれないと思ってるんだけど、アサヒさんは迷惑かしら」

 うーん、こんな小さい歳から誰かの『二番目でも良い』なんて、教育上良くないような……

 いや今はそんな事は置いておいて、二人の笑顔を優先するべきか?

「俺は構いません」

 考えた末、とりあえずは何も言わずに双子の自由にさせることにした。

「ですが、この件はイヴァンに内緒にしときましょう」

「ええ、私も二人によく言い聞かせておくわ」

 俺達は双子の笑顔を守るため、硬く握手をした。


 その日の午後、執務室でイヴァンと仕事をしていると、アルダリが俺の名前を呼んだ。

「アサヒ、ちょっといいか? 前貰った資料で聞きたいことがあるんだが」

「あ、うん。今行くね」

 連れだって部屋から出ていく俺達に、イヴァンが怪訝な視線を向ける。

「おい、ここで話せばいいだろう」

「書類が多くて部屋に置いてきたんだ。すぐ戻る」

 黙るイヴァンを置いて、サッサとアルダリが歩きだす。俺はその背中を慌てて追いかけた。

「なんかあいつ、怪しんでたな」

「仕事の話はいつもイヴァンの前でするからね。ちょっとわざとらしかったかな?」

「まぁいいか。ちょっとアサヒが優しくしてやれば、すぐに機嫌も直るだろ」

「そうだといいけど」

 アルダリが俺を連れて自室へ入る。そのまま奥の寝室へ向かうと、机の引き出しから小さい箱を手渡した。

「中身を確認して、良ければこの紙にサインして送り返してくれってさ」

「ありがとう。わぁ、ドキドキする」

 アルダリは、俺が緊張している様子を隣で微笑ましく見守っている。

 箱を開けた俺はそのあまりの美しさに驚いた。

 石のままでも十分に輝いていたが、美しく削られた側面は絶妙なカーブを描き、光の当たり方によって見え方が変わる。

「すっごく綺麗……」

「お、アサヒが注文したのはこれか。たしかにこんな指輪は見たことないな」

 アルダリも興味津々に箱の中身を覗いている。

 名前もまだ付いてない未鑑定の石であることだけは伝えていたが、実物を見て驚いたようだ。

 俺はイヴァンがこれを付けたところを想像して胸が熱くなった。あとはプロポーズの言葉を準備しなければ。

「さぁ、早く戻らないとまた機嫌が悪くなるぞ」

 俺が張り切って拳を握っていると、アルダリが笑いながら執務室へ戻るよう促した。

「これは俺の部屋で預かっとくから」

「ありがとう」

 サプライズを成功させるために指輪を隠しておいてくれるというアルダリに感謝する。

「あと、この誕生日プレゼントも預かっとくぞ。見せたら機嫌が悪くなるのが目に見えてるからな」

「お願いします」

 指輪ついでに、俺宛に届いた祝いの品々も保管しておいてくれるとのことだ。

 俺は重ねてお礼を言うと、急いで執務室へ戻った。

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