第2話 舞台練習

 そして約束通り、次の日から踊りの特訓が始まった。

 本番まで残り一か月を切っている。

 ルーサの練習をほぼ毎日見ていたとはいえ、初めて踊るダンスである上に、王の前で披露する舞台だ。講師の男の指導にも気合が入り、慣れない動きで何時間も踊らされ続ける。

 練習後は夕食も取らずに寝てしまうことが多く、それ以外でもベッドでイヴァンと話しているとすぐに夢の中に落ちていく。

 俺達はしばらくの間、『何もしない夜』を過ごした。


 王の誕生祭まであと三日。

 今日から全体でのダンス練習に入るため、俺達グライラ家は王都へ移動した。

 激しい運動はできないものの、すっかり元気に歩くことのできるルーサが俺に付き添って城へ。

 てっきり心配性のイヴァンも付いて来るものだと思っていたが、アルダリとともに領主会議に参加しなければならないとのことで、早朝から出掛けて行った。

「うわぁ、舞台ってこんなに大きいの?」

「陛下がご覧になるんだから当たり前でしょ! あ、皆もう集まってる!」

 会場に着き、その大きさに圧倒されていた俺は、焦った声を出すルーサに手を引かれる。

 舞台下には参加者と思われる若い男女が集まっており、どの人達も選ばれて納得といった華やかさだった。

 まだ全員が集まったわけではないようで、俺達も自然とその輪に入る。

 俺はルーサに耳打ちした。

「皆すっごく素敵だね。本番仮面を付けるって聞いたけど、なんだかもったいない気がするなぁ」

「仕方ないわよ。兄さんがアサヒを誰にも見せたくないって駄々こねたから」

「……本当、申し訳ないな」

 呆れたように溜息をつくルーサに、肩がすくむ。

 俺がダンスに出演することが決まった時、イヴァンは衣装とともに顔を出す事にも苦言を呈した。

 数日後に、衣装は元の案よりも布面積を増やし、顔に関しては仮面を付ける事となった。

 俺一人の為にそこまで……と恐縮していたが、仮面に関してはテーマの『妖艶』にも合うだろうと、特に異論は無かったらしい。

「衣装を配るぞ。北から順に名を呼ぶので、前まで取りに来てくれ」

 人数分の衣装が入った箱が運び込まれ、場を取り仕切っている男が順番に名前を呼んでいる。

 俺の番になり受け取ると、思っていたより軽い。かなり薄い素材のようだ。

「ルーサ、これ……」

 他の人達が衣装を広げて確かめているように、俺もそれを広げてみる。

「流石に『露出無し』は認められなかったみたいね」

 それは、上下共に黒で統一された衣装だった。

 ズボンは生地が薄くゆとりがあるシルエットであり、左右が太ももの中心までパックリと開いている。

「ああ、透けないようにちゃんと下履きもあるのね」

「本当だ。良かった……」

 上の服は身体にぴったりと沿うようなシルエットで、胸元は透けた生地に切り替わっている。つまり、胸の谷間が見える仕様になっているのだ。

「アサヒ。イヴァン兄さんには、本番まで見せない方がいいわよ」

「……そうする」

 ルーサに真剣な口調で言われ、静かに頷いた。


 軽く説明を聞いた後、全体で合わせてみることになり舞台に上がる。そして踊る位置について発表があり、俺は無事イヴァンの希望通り最後列の端に置かれることとなった。

 後列のメンバーが発表され、次は前列の発表なのだが、急に場の空気が冷たく感じた。

「ルーサが言ってた通りだ」

 王や偉い人達に見てもらうチャンスとあって、前列の配置はかなり重要らしい。

 元々は前列の中央付近で踊るはずだったルーサがいなくなったことで、他の女性陣がバチバチ火花を散らし、空いたポジションを狙っている。

 俺の位置が、争い皆無な隅っこで良かった……

 今晩、最後列の端で踊るよう提案してくれたイヴァンにお礼を言おうと決めた。

「この配置を各自、覚えておくように! では、早速合わせよう」

 その声に、練習の成果を見せなければと背筋を伸ばした。


「音楽隊の準備ができるまで各自休憩!」

 踊って全体の動きを確認した後、何度か細かい動きを修正し、音楽と合わせてみることになった。

 少しの間待つように言われた俺達は、近くの者としばし歓談を楽しんだ。グライラ家の役に立たなければと、出来るだけ愛想よく振る舞う。

「ちょっといいか?」

 隣に座る青年と話をしていた俺だったが、突然隣から声が聞こえ振り向く。目を向けると、青年がずいっと顔を近づけた。

「君、アルダリ様の息子なのか?」

「あ、うん」

 青年は俺より少し若いくらいだろうか。あどけなさがまだ残るが顔立ちは精悍で、将来は多くの女性を泣かせるだろうと想像できる。

 普段は丁寧な言葉遣いを心がけていたが、相手が気軽に話しかけてきたので、思わずフランクに返してしまった。

「俺はハンラビ家のハンナだ。ここより西の方に住んでる」

「俺はアサヒ。えっと、なんでそんなこと聞くの?」

「今回の衣装、うちが担当したんだ。少し前にアルダリ様から手紙が来て、『息子の衣装の露出面積を減らしてくれ』って書いてあったから、驚いてさ」

 まだ三十代である若いアルダリに、ダンスに出演できるような大きな子どもがいるのかと驚いたようだ。

 最近養子になったのだと伝えると、そういうことかと納得していた。

 ハンナはそれからすっかり隣を陣取り、誰も俺達の間に入ることができない。

「アサヒって可愛いよな。それに踊りも上手いし、なんで端なんだろうな」

「はは、ありがとう。場所は、俺の家族が端にするよう頼んだんだ」

 本当は恋人なのだが、その辺りは言って良いものか分からないため伏せておく。

「ふーん」

 ハンナはそう言って少し黙る。

 沈黙が流れて少し気まずさを感じていると、ハンナが照れ臭そうに俺に視線を向けた。

「あのさ、練習終わってから少し話さねぇ?」

「え……? 別にいいけど」

 ルーサは、先程までは舞台前に座ってこちらを見学していたが、今は隣に座る女性と楽しそうにおしゃべりをしている。

 あの女性も踊りに参加する人の付き添いで来たのだろう。

 ルーサを待たせすぎない程度なら良いかと、目の前の青年の誘いに頷いた。

「よし、約束な!」

 ニカッと笑って青年が片手を出してくる。

 握手かと思い手を前に出すと、恋人繋ぎをするように指を絡められた。俺は突然のことにビクッとして固まってしまい、ハンナが慌てる。

「あ、約束って……これ俺の地域限定か?」

「約束?」

 ボソッと呟くハンナの言葉を反芻し、いわゆる『指切りげんまん』のようなものだと気付いた。

「あ、ああ。約束ね」

 動揺を隠して、絡めた指を上下に軽く揺すった。


「アサヒ~、ちょっと座ろうぜ」

 あれから休憩の度にハンナに話しかけられ、俺達はだいぶ打ち解けた。

 見ていた他の青年達が、ハンナに俺を紹介するよう絡んできたが、軽い自己紹介のみでそれ以上は近づけさせない。

 結局、終わってから話し掛けようと近づく人達を牽制するように、ハンナは俺の肩を抱いて舞台前の観客席へと導いた。

「アサヒはどこに泊まってるんだ?」

「俺はすぐ近くの……青い屋根に白い壁の、」

 そこまで言ってピンときたようだ。

「ああ、あそこか。そっか……」

 ハンナは考えるそぶりをした後、肩を落としていた。

「あー、駄目だな。歩いて行ける距離じゃない」

 どうやらハンナの泊まっている宿とはだいぶ離れているらしく、「一緒に遊ぼうと思ったのに……」とブツブツ言っている。

「俺、どうせ夜は一人で出歩いちゃいけないから、ホテルが近くても遊ぶのは無理だよ」

 その言葉に、自由の無い生活を送っていると勘違いされたようだ。ハンナは俺に同情の目を向ける。

「三日間だけどさ、毎日会えるし、いろいろ話そうぜ。」

 俺の手を握りながら真剣に言うハンナ。

「うん」

「アサヒ、帰るわよ!」

 俺がハンナに返事をした瞬間、背後からいきなり声がした。びっくりして後ろを振り向くと、少し焦った表情のルーサが立っている。

「なぁ、もうちょっといいだろ? 他にも残って話してる人達はいるし」

 集まって話に花を咲かせている若者達を指差しながら言うハンナだったが、それに首を振ったルーサは俺の手を掴んでサッサと会場を後にする。

「また明日な!」

 後ろから響く声に、俺は振り向いて手を振った。


「ちょっと! 私が見てない隙に他の男とイチャつかないでよね!」

 会場から出てすぐの廊下。ルーサが俺の手を放して振り向くと、焦った声を出す。

「イチャつくって……そんなことしてないよ」

 ルーサは、先ほどハンナに手を握られていたことを言っているのだろう。

 まるで俺がルーサの目を掻い潜って男と話していたような言い方だが、そもそも練習が終わっても気づかないほどに隣の女性と盛り上がっていたのはルーサだ。

「アサヒが変なことされないようにちゃんと見張っとけって、イヴァン兄さんから言われてるのよ。だからあんまり隙を見せちゃダメ。はぁ……さっきのこと、報告しなきゃいけないと思うと気が重いわ」

 それを聞き、イヴァンが不機嫌になるのは目に見えている。そうなると俺にも被害が及ぶだろう。

「別に何かされたわけじゃないし、そんな細かいことまで報告しなくて良いと思うけど」

「そう? じゃあアサヒも何も言わないでね!」

 食い気味にそう言われ、分かったと頷いた。

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