第6話 出発
出発の日の朝、いつもより少し早起きした俺は荷造りをしていた。
荷造りとは言っても、実際まとめてみると俺の荷物なんて少しだけで、背中に担げる程度だ。今着ている服も、こちらの世界に来た時に身体の主が着ていた物だ。
一年のほとんどをこの服で過ごしたにも関わらず、まだまだ着れそうなほど丈夫。軽くて着心地が良く、よほど上等な物のようだ。
相当なお坊ちゃんだったのかな?
薬草に関する本などをカバンに詰め終わり、周りを見渡す。干してある魚や果物は状態が良いので、お世話になったパン屋や他の店に持って行くことにした。
畑も収穫できる物を選んで町の人へのお礼の品にする。残りはこの家に元からあった物や、それを修繕したものばかり。使い込んだ刃物や布も綺麗にしまっておいた。
布団だけはちょっと惜しい気もするけど……
身体に見合わない大きな布団は、部屋の大半を占めている。自分で稼いだ金で買った思い出の品であるが、それとは別にイヴァンと抱き合って眠った大切な布団である。
少し女々しいがそれを手放すのは気が引けた。
「準備出来たか?」
先に準備を済ませて池で身体を拭いていたイヴァンが俺に話しかける。
「うん、もう出発できるよ」
「俺もだ。最後にこの辺りを見てから出発しよう」
イヴァンの提案で、俺達が過ごした森の周辺を見て回ることになった。
二人で歩いていると、一緒に泳いだ池の水草が見え、出会って間もない頃を思い出し笑った。
森の少し奥へ行くと、山菜取りをした時に他愛もない話をしたことを懐かしく感じた。
そして、一緒に耕した畑と家を外から見ると、笑って過ごしたイヴァンとの日々を愛おしく思った。
「行こっか」
「ああ」
俺からイヴァンに声を掛けると、嬉しそうに笑って返事が返ってくる。泣いてしまってはいけないと、俺はサッと家に背を向ける。
荷物を背負って町へと降りる道を指差した。
「ええ!アサヒ違う町に行っちまうのか⁈」
一番先に挨拶に訪れたのは、行きつけのパン屋だった。
店長の息子であるライは、アサヒの突然の報告に驚いていたが、隣にいるイヴァンと二人で違う町に行くと伝えると、ホッとした顔になった。
「またこの町に来るだろ?」
俺はどう答えて良いのか分からず隣のイヴァンをチラッと見る。
「また二人で来る。その時はこの店に一番に立ち寄ろう」
代わりに応えたイヴァンにライの顔が綻ぶ。
ライもイヴァンの住む町に以前から興味があったようで、訪れた際には家に泊めてくれと、ちゃっかり約束を取り付けていた。
イヴァンが領主様だって知ったらびっくりするだろうな。
他の店や、手品の観客の常連にも別れの挨拶をする。
皆俺がいなくなることを寂しいと言ってくれ、また涙腺が緩みそうになった。
最近、何だか涙もろくなったな。以前とは違う変化に、自分の心が変わっていっているのだと感じた。
自分では意識してないが、イヴァンは「前より表情が増えた」と言っていた。先ほども、ライが俺の笑った顔を見て驚き、感極まって抱きしめてきた。
この町を離れ、少しして道を振り返って見る。
俺の初めてがあの森で、そこで大切な人達と出会えたことが嬉しい。
今、隣には大好きなイヴァンがいて俺を導いてくれる。
俺には、大切な人が沢山できた。
この世界でこれから起こる様々な事も、イヴァンと一緒なら乗り越えていけると確信する。
俺は元いた町から視線を進路へ戻すと、隣に立つ愛しい男の手をギュッと握る。
俺達は、新たな始まりに向けて足を進めた。
◇◇◇◇◇
「イヴァンが俺のこと好きだなんて、出発の前日まで気づかなかったよ」
住み慣れた町を出て隣町。今日はここで休んで明日の早朝に馬車で出発することとなった。
今は二人で、宿を探すために町を歩いている。
「おい、毎晩伝えてただろう」
「え、いつ⁈」
「行為が終わった後だ」
「……」
そんなの俺、意識無いのに分かるわけないじゃん。
「ははっ、今夜も存分に伝えてやるから覚悟しとけ」
そう言ったイヴァンは、張り切って宿探しを再開した。
もしかして、旅中ずっとこの調子? 急に自分の身体が心配になってくる。
「大丈夫! 十分伝わってるから!」
旅の不安よりも夜の行為の方を恐れた俺は、焦りながらイヴァンの手を引いたのだった。
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