5話 一万人記念配信


 6月某日 


 朝、目が覚め株式投資のためパソコンに張り付いていると一つの着信音が聞こえてきた。 


――――――――――――――――――――

マネージャー

登録者数一万人おめでとうございます!! 

――――――――――――――――――――


 マネージャーからのそんな一言。

 確認のため自身のチャンネルを見てみると、登録者数一万の文字が並べられていた。様々な感情が渦巻いていることを認識する。 


 達成感、満足感、感謝、不安。 


 チャンネル登録者数一万というものは一つの区切りとなる。

 一万人ともなると配信を続けて行けば食べていけるほどの収入を得ることも出来るし、コラボも増えていくことが予想出来る。ぶいらいふ! の箱推しのファン、私個人のファン、コラボによって流れてきたファンなど内訳は様々なのだろうが、結果としては十分である。

 影響力などもこれから増えていくのだろう。 


 だからこそ、不安もある。


 自分の影響力が増えるということは相手に与える影響が大きくなるということでもある。ユニコーンや私のガチ恋勢などが暴れた際は面倒である。

 そういったことを統制してもいいが、それでは単純にインターネットを楽しむことが出来なくなってしまう。中々難しいものだ。

 出来うることならば迷惑はかけたくない。それは変わらない。 


 そして、思い浮かんでくる疑念。

 こんな適当にVTuberになった私がこのままだらだらと続けても良いのだろうか。なりたい、という漠然な気持ちでなったVTuberだったが結果は出てきた。ならば決めなければならない。 


 新たな仕事に就くか、このまま続けるか。 


 私がこの場にいるということは、一人の夢を潰したということでもあるかもしれない。ならばこの席をもう一度空ければいいのではないだろうか、などという考えが頭にチラつく。

 仕事は少しずつでも復帰していけばいずれは精神的に大丈夫になるのではないかという希望的観測すらしてしまう。仕事には責任が伴う。ならば果たさなければならない。それに適当な場合、迷惑がかかるかもしれない。 


『やるなら、徹底的に』 


 自分達の信条ともいえる。

 人生の区切りとも言えるこの時、考えさせてもらおう。 

 


 ◇

 

 


【一万人記念】感謝感謝の記念配信【出溜田弁/ぶいらいふ!】 


「はい、ということで一万人ありがとうございます」 


 コメント

 :キタ──!! 

 :一万人やー

 :大台到達おめ 


 一万人の記念ということもあり、コメント欄は調子づいている。高速で流れていくが、大抵は好意的な感想であり、一万人到達が祝われていることが嫌でも理解できる。

こうして目の当たりにすると、想像よりも嬉しく感じるものだ。


<まゆゆ>

¥100 



「あっ、初スパチャありがとうございます」 


 コメント

 :は? 

 :収益化も? 

 :流石まゆゆママ。着眼点が違う 


「この度収益化もさせていただきました」 


 一万人登録記念兼収益化記念配信になるということである。

 収益化は案外すんなりといった印象がある。そもそも基準が箱からデビューしたVTuberならば突破しやすいものであるため、恩恵を大きく受けたといえるだろう。

 会社に何割か収益が持っていかれるとはいえ、メリットは余りにも大きい。

 


 <隊長@推しへのスパチャは無課金>

 ¥50,000 

 

「……無言で5万円ありがとうございます」 


 コメント

 :うおおおおおお

 :富豪か? 

 :猛者おるってw

 :無課金ニキなのか!! 

 :隊長オオオ!! 

 :ちょっと驚いてて草 


 無言で金を送りつけられると少し驚いてしまうのも無理はないだろう。私を推しといってくれる人間がいることに驚いたのもあるかもしれない。


 スーパーチャットとは簡単にいうとコメントに金を付けた状態で送ることである。

 その結果金は減ってしまうが、配信主にコメントを読まれる可能性が増大するというメリットがある。その配信主が好きな人からするとありがたい機能なのだろう。


 見返りが配信を続ける可能性が長くなる投資だと思っても良いかも知れない。


 :それで、配信はどうするんや?  


「最初は恒例の凸待ちでもしようかと思いましたが余りにも人脈がないので…」 


 コメント

 :まあ、それはしゃあない

 :有葉は来るだろ

 :呼んだか<有葉楠>

 :有 葉 降 臨 


 有葉先輩も見てくれているようだ。ありがたい限りである。これからも世話になるだろう。

 凸待ちには人脈が必要となる。

 関わりが全く無い人が来た所で微妙な雰囲気になる可能性が高く、会話も続かない。何よりも私自身がそこまで気を回せる自信がない。

 それに来るとしても箱内の人だけだろう。

 

「──雑談でもしようと思います」 


 コメント

 :い つ も の

 :草

 :結局かいw

 :企画力ぅ、ですかねぇ 


「幸い、前みたいなマシュマロは随分と減っているので回答することも出来ますし」


 コメント

 :あっ

 :スゥ────

 :何人か心当たりあるだろこれw 


 以前はお気持ち表明とも思えるようなマシュマロが多数送られてきていたが、最近は減少傾向にある。マシュマロは雑談において使いやすいため使えるようになったことはありがたい。

 スーパーチャットも解禁されたため、それを活用しての質疑応答も可能だろう。  

 

――――――――――――――――――――― 


アレキシサイミアとかじゃないんか? 大丈夫? 

 

―――――――――――――――――――――― 

 


「心配が多く、この質問多かったので答えさせていただきます」 


 コメント

 :おいおい、マシュマロ選択ミスってない? 

 :なんで記念配信でこんな重い題材なんだ? 

 :アレキシサイミアってなんや

 :↑失感情症でggr


 この質問はかなり来ていた。表情筋と声色が仕事をしないことが原因だろう。


 アレキシサイミア、失感情症。

 自らの感情を理解したりすることが苦手になるという病気である。医者ではないため詳しく話せる訳では無いが、精神面からの影響があるというのは確かである。

 確かに自分に当てはまりそうなものだが、違うだろう。 


「結論から言わせてもらうと”違う“ですね。喜怒哀楽は普通に感じますし理解も出来ます」


 コメント

 :良かったわ。ちょっと表情に出にくいだけなんかな

 :ちょっと…? 

 :【急募】表情筋

 :【急募】声色 


 嬉しいものは嬉しい。怖いものは怖い。そんな当たり前は備えついている。

 表に出にくい事情はあるのだが、別にここで言うべきことではない。というよりも言った所で得られるのは浅い同情か嫌悪感のみである。一々言うメリットがない。


 今の自分を過去の知り合いが見たらドン引きするか爆笑するかのいずれかだろう。

 少なくとも、ゲームを勧めてくるほうの友人はドン引きする。 


 昔から体は強いほうである。精神面はわからなくなったが。

 特に風邪を引くこともなければ、小さな怪我を続けるわけでもない。学校は皆勤賞、会社でも皆勤賞だった。お陰様で連勤させられたが。


 母親の体を継いでいなくて良かったと思う。

 

 

―――――――――――――

何で会社起業したんですか? 

―――――――――――――  

 

 


「これも多かったですね」


 コメント

 :確かに気になりはする

 :闇深そう…

 :信用ZEROで草

 :会社起業とか珍しいからな 


 確かに起業理由が気になるのは理解は出来る。

 会社の起業にはそれなりのリスクも伴い、失敗した場合は碌なことにならない。自分のように。では何故そんな危険な行動をしたのか聞きたいのだろう。

 これから起業を目指す視聴者もいるかもしれないため、答えておいて損はない。


「そんな深い理由はないですよ」 


 コメント

 :ほんとかぁ…? 

 :今までの人生がね

 :草 


 …怪しまれている。視聴者目線からみて私はどう見えているのだろうか。

 確かに自分の人生は一般と比べると酷いものかもしれないが、そんな常時酷いわけではない。そんなものだったら今ここに私はいない。

 時には恵まれていることもあった。 


「──ただ起業したい。それだけだったと思いますけど」 


 コメント

 :へぇ…

 :案外簡単な理由なんやな

 :行動力高い

 

「『仕事』は自分を形成する一部でしたから。ならばその中で『夢』を見るでしょう」

 

 起業、という一つの夢。ただそれだけのために愚直に進んでいた。

 今思うと陳腐な夢だったかもしれない。実際泡沫のように夢は散っていってしまった。だが、確かにあの時の自分は満たされていた。 


 小説家になりたいという少年がいた。

 アイドルになりたいという少女がいた。

 起業を目指した自分がいた。


 たったそれだけ。その時にみた、夢だった。

 思い返してみると中々に楽しい青春だったのかもしれない。過去に拘る青春モンスターというわけではないが、懐かしいこともまた事実。

 また集まっても良いかも知れない。機会は生み出せばいいだけだ。


 ──そんな思いにふけている時


 


 ♪ ぷるるるる

 


 着信音が届く。配信中に誰だというのだろうかという疑問に埋め尽くされる。

 

 友人はない。用件があってもわざわざ電話をするような真面目な人間ではない。 

 会社もない。配信中に電話を掛けてくるのはよほどアウトな内容の時だけである。

 元社員も余りないだろう。私の、出溜田弁の電話番号は知らない。


 出溜田弁のアカウントの電話番号は会社からの支給品であるため、知っているものは限られる。それこそ同事務所所属などだ。

 だが、しかし知らない番号から電話が掛かってきたのだ。

 つまり、知り合いではない可能性が限りなく高い。


 配信を一時的にミュートにし、電話に出る。

 …やはり知らない番号である。

 迷惑電話だった場合は対応が面倒となるため嫌だが…

 


「すみません、どちら様でしょうか?」

『おめでとうございます〜〜!!』

 


 日出川テレサだった。

 は?  


 


 ◇


 


「えー、というわけで日出川テレサ氏が電話で凸って来ました」

『はいお願いしま〜す』


  コメント

 :???? 

 :出溜田も困惑してて草

 :なんでや…

 :来るぞ! 


 なんと彼女、会社での日出川テレサの番号ではなく、自分自身のスマホから電話を掛けてきたのだという。全く理解が出来ない。何故会社のスマホを使わないのか、何故電話凸してきたのか。

 正直、聞きたいことは山ほどあるが、今は配信中である。 


「なんか雰囲気違うくないですか…?」

『そんなことありませんってぇ〜』

「間違いなく以前よりも酷くなってますね」


 コメント

 :草

 :気が付いてしまったか……

 :考えろ出溜田、普通ならユニコーンに炎上させられるだろう? 

 :と、いうことは… 


 最早ふわふわ、というよりかは酔っ払いである。

 以前から配信になるとふわふわした空気は感じ取っていたが、ここまでではなかった。見ていない間に一体なにがあったのだろうか…? 


 彼女のユニコーンも湧いてこない。考えられるのは視聴者自身の変化である。

 私の配信では稀にブラック戦士がいるように、彼女の今の状態での配信では自然と酒飲みが集まるのかも知れない。中々変なこともあったものである。


「──飲み会で酔いつぶれた上司に対しての対応しないといけないかもしれませんね」

『もう! なにいってるんれすか〜』

「……いや、初めて酒を飲んだ大学生ですか? 面倒くさいですね」  


 コメント

 :どっちにしようと面倒で草

 :あれ、何処ぞの有葉さんの酩酊配信みたいだなぁ…

 :ビクゥ<有葉楠>

 :経験してきた人間の言い方だったな…

 :絶対介護経験あるだろ


『日出川テレサ”氏”てなんですか〜やめてくださいよ』

「ではなんと呼べば?」

『う〜ん。”ちゃん”とかどうですか?』

「何かロリコンっぽいので却下でお願いします」 


 コメント

 :ロリコンw

 :これは漫才か何かか? 

 :確かに氏呼びは堅いかもな


 では、どう呼べばいいのだろうか。距離感が難しいものである。

 炎上は面倒なので避けておくに越したことはない。 


『他の人はどう呼んでるんですか?』

「有葉先輩は先輩、マネージャーはマネージャーさん、社長は社長、友人はニックネーム、元社員は名前呼び捨て。こんな感じです」

『結構あるんですね〜』


 コメント

 :#有葉は先輩呼び

 :もう”ちゃん“呼びでええやん

 :様はいかがでしょうか。需要あります


「10歳差ですよ。わかってます? アラサーの皆さん」

 

 コメント

 :ゴホァ! 

 :あ゙ぁ゙

 :何人か効いてて草

 :確かに距離感難しいな。現実なら親戚の娘みたいなもんやろうし


 アラサーもといオッサンである私がどう呼べばいいのだろうか。

 様だとか、ちゃんだとか明らかに悪ノリである。 


「もう日出川テレサ氏で良くないですか…?」

『え〜、なんかもうちょっと、こう…』

「……はぁ」 


 コメント

 :こいつ絶対今昔のこと思い出しただろ

 :これは溜息

 :助かる


「日出川テレサ嬢……」

『いいですねそれ!!』

「うおっ……」


 コメント

 :食いつき良すぎぃ!! 

 :嬢ってなんか執事みたいやな

 :出溜田嫌そうで笑う


 鼓膜が破れたかと思った。勘弁してほしい。 


『今度からそれでお願いしますね〜』

「…………」

『ではっ!』

 


 そう言い残して彼女は通話を去っていった。 


 

「嵐…?」


 コメント

 :草

 :とんでもない暴風で草

 :ヒェ<有葉楠>

 :有葉、今度はお前だぞ 


 自分のやりたいことだけをして去っていってしまった。

 まだ子どもなのだから元気があるのは良いのだが、完全に振り回されてしまった。中々精神と体力的に厳しいものがある。要するに息切れということだ。

 流石ぶいらいふ! が見込んだ少女なだけある。


「いつからあんな風に?」 


 コメント

 :わりと始めからやぞ

 :3回目から壊れていった

 :ユニコーン退散です 


 Oh…やりたいことをやっているのだろう。丸く言うと。 


 だが実際それはVTuberにとっては重要なことなのだろうと思う。彼女が何故VTuberになろうと思ったのかは知らないが、活動する上では思い切りなどは重要となる。

 彼女はまさしくVTuberであるということだろう。


 もし彼女の夢が『VTuber』に関係があるものだった場合はサポートはしようとは思う。

 それはまだ彼女が子供であるということもあるが、それ以上に夢というものは難しい。必ず何処かで失敗はするし、助けも必要となるものなのである。そういう意味では夢を追いかけた経験がある自分がいたほうがいいだろう。


 互いのことを余り知らないという現在の段階ではなんとも言えないが。

 それに過干渉は駄目であるため、線引きもしなければならない。 


「眩しいですね……」


 コメント

 :物語に登場する好々爺か? 

 :高校生に目を細めるアラサーの図

 :後ろから見守ってそう 

 :闇が言うと洒落になんねぇんだよ!! 


「ですが、人が夢に向かっていく姿は眩しいと思いませんか?」


 コメント

 :それはそう

 :夢を叶えられなかった俺たちの現状

 :み゙! 

 :やめろ、それは俺に効く

 :光属性は闇に効くんだよ


 夢、というものは中々難しい。

 夢が理想なのか、目標なのか、虚像なのか。それは夢に直面してみなければわからないことだ。

 挫折することもあれば、叶えることもある。夢というものに個人差があるとはいえ、重視されるのは結果だ。叶えたか、叶えていないか。ただそれだけ。 


 時には妥協することもあるかもしれない。

 妥協した結果叶えた夢は、果たして元々の夢なのか。

 わからないな 


 夢を持つということ自体のハードルは低いのかも知れない。

 やりたいこと、成し遂げたいこと、憧れたこと。理由は千差万別だが、夢を持つこと自体は簡単なのだろう。今まで会った誰もが夢を持っていたように思う。 


 嗚呼、本当に――

 


 


 :出溜田は今何か夢とか目標とかあるの?<有葉楠>


「有葉先輩……」 


 有葉先輩のコメントによって気持ちの悪い思考から引き戻される。悪い癖だ。

 夢や目標、と言われると今日思ったことを思い出す。


 『VTuberを続けるという覚悟』 


 VTUberという職業は一般的に見れば特殊であり、社会からは少し外れて位置するかもしれない。収益についても不安定であり、安定性という意味では低評価が入る。

 競合のVTuberは私とは違ってVTuberに夢を見てなった者や、天賦の才を持った者もいるだろう。その中で生き残ることは中々難しい。


 ――今の自分私は中途半端なのである。

 

 ならば振り切れるように覚悟を決める必要がある。

 VTuberを続ける理由も、仕事に戻る理由も幾つでも思いつく。

 安定性、自分の強み、外聞、負債。

 だが、そんな理由付けをしているようでは駄目なのだ。


「登録者一万人突破には達成感や満足感がありましたね…」


 だが、それは『やりきった』というわけではない。道の中間地点に到達したような感覚だった。

 ならば、それは自分はその先を求めているということなのではないだろうか。

 正直、余りわからない。 


 しかし、この状態でやめるというのは自分が納得することが出来ない。

 VTuberとしては余りにも中途半端。


 ならば『やりきりたい』。ただ、そう思った。


 


 「ちゃんと私は最後まで『やりきりたい』。それが自分の『夢』ですね」


 


 酷く易しく、酷く醜い夢。ただ、やりきりたい。

 畢竟、それだけなのである。


 

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