4・〈星くず拾い〉が知らず知らず世界を救った話
もうすぐ年越しの日という頃、コニスはマントをつけて森を散歩していました。
冬の森の中は日に日に空気が冷たくなってきています。薄絹をピンと張ったような、耳がじんじんしびれるような、そんな森が、コニスは大好きでした。ひやりとする空気を吸っていると、どこまでも歩けるような気がします。
だからでしょうか。
コニスは気付かないうちに道を外れて、森の奥へ入りこんでしまいました。見覚えのない場所に来てしまったと気づいた時、コニスはゾッとして、ガタガタ震えました。
歩いていれば、いずれ町に帰れるでしょう。でも、どっちに向かって歩けばいいのでしょうか?
(どうしよう……)
コニスが道を探そうとすると、森の木々が風に揺れてざあざあ音を立てます。まるで帰り道を隠そうとするように。ドキンドキンとコニスの胸が早鐘を打ちました。
その時、
カァン……ごとん。
カァン……ごとん。
さほど遠くないところから薪割りの音がします。
コニスはばくばく、不安で破裂しそうな心臓を抱えて、音のする方へ走りました。
木々の間に、小さな小屋がちらちらと見えます。その小屋の前で誰かが薪を割っているのです。
はあはあ白い息をはずませて、小屋の前まで着いたコニスが見た人は、よく知っている人でした。
「オ、オドさん?」
「なんだ、コズミキ・コニスか」
オドさんは薪割りの手を止めて、にっこり笑いました。コニスはホッとして力が抜けそうになるのを、ぐっとこらえました。
「どうしてオドさんがここに?」
「そりゃこっちのセリフだ。ここはおれの作業小屋だ」
言われてみれば、確かにそこは《星拾い》の作業小屋でした。星をさらすための水を汲む小川もすぐそばにありますし、熱を加えるための石窯もあります。
コニスは作業場と家が一緒になっていますが、オドさんのようにこうやって別の場所に作業小屋を持つ《星拾い》もいるのです。
「ぼく、散歩の途中で迷っちゃって……」
「はっはっは、たしかにこのへんは迷いやすいよなあ。どれ、ちょっと休憩にしようかな」
オドさんは薪割り用の斧を切り株にさすと、丸太のベンチにどっかりと腰を下ろしました。
「どうだ、調子は? こないだの星降りにもまた遅刻してきたじゃないか」
「はあ。今度こそ間に合おうと思えば思うほど、前日に緊張しちゃうみたいで。気付いたらぐったりして寝過ごしちゃうんです」
「ははは! そりゃ困るな!」
オドさんの豪快な笑い声に、コニスもつられて笑いました。小川の水音がさらさら響き、風が細く笛を吹いています。
「そういえば」コニスはずっとひっかかっていたことを尋ねました。「オドさんは、『嫌なうわさ』って知ってますか? 師匠が手紙で知らせてきたんですけど、何のことかわからなくて……」
オドさんは、ああ、とうなずきました。
「お前、《星の大樹》は知ってるか?」
「《星の大樹》……《星の木》のことですか?」
コニスの頭に、噴水広場にある《星の木》が浮かびました。
「そうそう。その《星の木》の母親みたいなもんが北の国の《星の大樹》なんだ。《星の大樹》はすべての《星の木》の根とつながっていて、《星の木》たちは大樹から力をもらって光っているんだ。
で、嫌なうわさっていうのはな……」
オドさんは言いにくそうに口ごもったあと、内緒話でもするかのように声をひそめて言いました。
「《星の大樹》が枯れかかってる、っていううわさなんだ」
「えっ」
コニスの驚きに合わせるように、風がびゅうと吹き、森の木がざわざわ揺れました。
オドさんは大きく息をついて、続けます。
「《星の大樹》が枯れたら《星の木》だって枯れる。コズミキ・コニス。君も《星拾い》なら聞いたことがあるだろう。
『《星の木》は夢を灯す木。その木が枯れたら、星は枯れる。』
この星っていうのはおれたちが拾う星じゃない、おれたちが住んでいるこの世界のことだ。正直、《星の木》と世界がどうして結びついているのか、よくわからない。でも何か良くないってことはわかる」
オドさんはぐしゃぐしゃと頭の後ろをかきました。
「何年も前から《星の木》の光がにぶくなっていることは、おれも気付いてた。おれなりにどうにかしようと思ったが……」
「ど、どうしたらいいんですか」
「さあな。結局それはおれにもわからんままだった。でも《星の大樹》も植物なんだ。水とか光とか、栄養とか、そういうものが足りてないのかもしれないな……」
そう言って、オドさんはぐっとオノを握りなおして、一本、薪を割りました。
カアン、と甲高い音が、森に響き渡りました。
その日からコニスは家中の本棚をひっくり返して、《星の大樹》を枯らさない方法を探し始めました。
お風呂に入っている時も、ごはんを食べている時も、本から目を離さない勢いで、読んで、読んで、読みました。
星とは何かを調べた研究書、星の伝説を集めた絵本、おいしい星料理のレシピ本、世界中の星のカタログ……。あらゆる本に目を通して、何か役立つことはないか、何か自分にできることはないか、探して、探して、探しました。
そうやって本を読みつくす頃、コニスは気付きました。この家の本はほとんどお師匠さんの本です。
そして、そのすべてが、星についての本でした。
(もしかして、お師匠さんはぼくと同じように《星の大樹》を枯らさない方法を調べるために、この本たちを集めたのかな。
そして、本じゃ答えが見つからなかったから、世界中を旅しているんじゃ……)
コニスが持ってた『流星と願い事の科学』という古い本が、とさり、と床に落ちました。
きっとそうです。オドさんだって、どうにかしようとした、と言っていました。ひょっとしたら他の《星拾い》たちも、みんなどうにかしようとして、できなかったのではないでしょうか。
「やっぱり、ぼくは一歩遅いなあ」
コニスはぽつん、とつぶやきました。
今頃お師匠さんは北の国で調査を続けているのでしょう。いえ、もしかしたら、もう解決方法が見つかって、《星の大樹》は救われているかもしれません。
窓の外では北風が、ちらちらと雪を運んできました。
年越しの日は、もう明日に迫っていました。
年越しの日は町中がどこか浮足立ったような空気に包まれます。子どもたちは鈴の音に合わせて歌を歌い、あちこちの家のドアに緑の葉かざりがぶらさがります。
夜が近づくにつれて、白い雪が石畳の道をやさしくしめらせ始めました。
町の人はみんな、色とりどりマントやマフラーを身に着けて、年終わりのごちそうでふくらんだおなかを抱えて、噴水広場へ集まってきました。《星の木》を見るためです。
コニスも、あの《星拾い》の帽子とマントをつけて、広場にいました。噴水の直ぐそばに立つ《星の木》は、人々が持つランプに照らされて、闇の中にぼんやり浮かび上がっていました。
(あ、オドさんだ)
人だかりの中にはオドさんの姿もありました。けわしい表情でにらむように《星の木》を見つめています。
コニスはハッとして耳をすませました。町の人たちのひそひそとしたうわさ話が聞こえてきたのです。
「やっぱり《星の木》を見ないと年が越せませんなあ」
「今年の光り具合はどうかしら」
「年々光が少なくなってる気がするんだよ」
「光がなくなったりしないか、不安だなあ」
不安、ということばがコニスの胸に刺さりました。
そうです、コニスも、町の人も、いえ、世界中の人が、不安なのです。
《星の木》がちゃんと光を灯すか、自分達はちゃんと年を越せるか、世界が変わってしまわないか……。
コニスはマントの上からぎゅっと胸を押えました。
ふと、何か固いものが指に当たります。胸ポケットに入れていた、あのからっぽの星くずです。
(もしも、この星くずが本当に願いを吸い込む力を持っているのなら……)
コニスがそんなことを考え出した、その時です。「おおっ!」と歓声が上がりました。
《星の木》にぽつ、ぽつ、と光が灯り始めたのです。
それは数匹のホタルが木に近寄ってくるような、小さな小さな光でした。広場の人はみんな、その光が増えて、どんどん明るくなると思いながら、じっと《星の木》を見つめました。
でも、《星の木》はそれ以上光を灯すことなく、やがて光はすう、と闇に溶けていきました。
「消えた……」
誰かが力なくつぶやきました。
やっぱり。コニスの目元がじんじん、熱くなってきました。
《星の大樹》はまだ枯れかかったままで、遠いこの町の《星の木》も、光を灯す力が残っていないのです。
広場の人たちは皆、残念そうな、おびえるような表情を浮かべています。
(光ってくれ……)
コニスは願いました。
(《星の木》も、《星の大樹》も、あの夜空を照らすくらい、まぶしく、光ってくれ!)
それは自分だけの願いじゃない、と思った時、コニスの胸のあたりがカッと熱くなりました。あの星くずです。
あわてて取り出してみると、星くずはコニスのてのひらの上でしろがね色に輝きました。
広場中の視線がコニスに集まったとき、星くずは、まるで打ち上げ花火のように、夜空へまっすぐ飛んで行きました。
一体何が起こったのでしょう。
ぽかん、と口を開けて空にのぼった流星が輝くのを見つめていると、フッ、と辺り一面が真っ暗になりました。
いえ、それは真っ暗ではありません。しろがね色の星がきらきらとただよう、星空に、コニスたちはふわり、と浮かんでいたのです。
(これは、あの銀河の星くずの……!)
コニスはなんだか懐かしい気持ちになりました。でも、どうしてあのふしぎがこんなところで?
星空はすぐに噴水広場に戻りましたが、集まった人たちはみんな夢でも見ていたかのような顔をしていました。
ぼんやりする人々の間に、次第にざわざわと声がさざなみだちました。ちらちら降る雪の中に、何か光るものが混ざりはじめたのです。
「《星の粒》だ」
オドさんの声がしました。
たしかにそれは《星の粒》でしたが、ただの《星の粒》ではありません。当たってぱちん、とはじけることはなく、石畳に、木に、人に、じんわり溶けてしみていく、そんな優しい《星の粒》でした。
「ああっ! 《星の木》が!」
誰かが叫びました。
コニスも、みんなも、《星の木》を見て思わず息を飲みました。
《星の木》がぼんやりと青白く光っているのです。
それはとても静かな、静かな始まりでした。
きらり、きらりとした《星の粒》は、《星の木》の光の中で舞いました。ふんわりと、光がふくれあがっていきます。その光は、透き通った青い帯のように《星の木》にからみ、《星の木》を覆いつくしました。
そのうち、大気を震わせるように、光が揺れたかと思うと、ゆっくり、ゆっくりと、空に向かって伸びていきました。
それはまるで、《星の木》がはるか夜空の輝く星まで、成長していくかのように。
声をあげる人はいませんでした。誰もが、息をのんで、その光景を見守っていました。
《星の木》の光は夜空に吸い込まれるように、ぐうん、と伸び続けています。青白い色はやがて、桔梗色になり、桃色になり、黄金色に輝き、枝葉の部分には色とりどりの丸い光が灯りました。
(すごい……)
コニスは心の中でつぶやきました。
地から光を吸い上げるように、どこまでも伸びていく《星の木》。その光の流れる先にある、輝く星は、さっきの空っぽの星くずではないでしょうか。
コニスはぽたぽたと《光の粒》がマントに染み込んでくるように、懐かしい想いが胸に広がっていくのを感じました。明日に胸を踊らせて、何かに夢中になっていた、あたたかな気持ち。
どこからか鼻をすする音が聞こえました。こっそり辺りを見回すと、目元がきらりと光っている人が何人もいます。コニスも、そっと自分の目元をぬぐいました。
どれほどの時間が経ったでしょう。
ほんの数分にも、数時間にも感じられます。星空まで届きそうな光の帯は、端の方から段々と薄くなり、闇に溶けていきました。
何事もなかったかのように、いつも通りに戻った《星の木》を見つめている人たちは、誰一人、動けませんでした。
さて、年が明けて何日か経った日のことです。
コニスの元に、一通の手紙が届きました。消印は北の国、差出人はミーティア・バーン……コニスのお師匠さんです。
コニスは井戸の水を沸かして、星くず茶を淹れて、それを一口すすってから、手紙を開きました。
―――――――――――
やあ、コズミキ・コニス。元気かい?
今日は大事な話をしようと思います。
君は年越しの夜に《星の木》を見ましたか?
私は北の国にいたので《星の大樹》という、《星の木》の親分のような木を見てきました。本当に大きな木でね、おとなが十人、手を繋いでぐるりと取り囲んでもまだ幹が太いんだ。
この国に《星の大樹》があることは長年秘密にされていてね、私も最近ようやく知ったんだ。北の国の御神木だと思えば、しょうがないかもしれないね。
もうオドから聞いたかもしれないけど、この《星の大樹》は枯れかかっていたんだ。この国は大樹を守るために交流を閉じていたんだけど、大樹のピンチに国を開いて、君の国とも星の研究でつながりができたんだ。
そっちの王子がこの国の姫にプロポーズしたのも、そういう交流のせいかもしれないね。
私も星の研究者として《星の大樹》を元気にする方法を調べたんだ。そして三つの物が必要だってことがわかった。それらを年越しの日に《星の大樹》に与えれば、大樹はよみがえるってね。
でもそれがわかったのは年越しの日ギリギリで、そろえようがなかった。私たちは頭を抱えたよ。ああ、もうだめかもしれないって思った。
ところが、驚いたことにこないだの年越しの夜、それがすべてそろったんだ!
まずは、星の水と呼ばれるふしぎな水。《星の大樹》は星の光をいっぱい浴びて、きらきらと光をまとった水を吸い上げるんだ。今やめったにない水なのに、どうやら《星の大樹》が育つに十分なくらい、地下を流れていたらしい。
―――――――――――
「星の地下水」
手紙を読んでいたコニスの胸がドキン、と跳ねました。
コニスは井戸に星を放り込んだことがありました。その井戸の水は、星のようにきらきら光が弾ける、ふしぎな水になりました。
井戸は地下水とつながっていて、その地下水はあらゆるところへ流れていきます。……そう、北の国にだって。
まさかな、と思いながら、コニスは手紙に戻りました。
―――――――――――
次に、《星の大樹》に力を与える星の光。
信じてもらえないかもしれないけど、あの日、《星の大樹》の周りには、星空があったんだ。
と、言っても、本物じゃない。でもまるで、銀河が目の前にあって、星空の中に浮かんでいるような、そんな瞬間があったんだよ。
星の光を栄養にする《星の大樹》はそれで一気に輝き出したんだ。
―――――――――――
「星空の中に浮かぶ……」
コニスの心臓がまた跳ねました。
お師匠さんが手紙に書いているふしぎは、コニスも知っているものです。《星の木》が伸びていく前、一瞬だけ浮かんだ星空……そう、それは、銀河の星くずが起こしたふしぎ。
あの男の人がプロポーズに贈った星くずは、今、北の国のお姫さまが持っているはず……。
コニスはドキドキする胸を押さえました。手紙はまだ続いています。
―――――――――――
最後に、これが一番大事なんだけれど、《星の大樹》の道しるべ。
―――――――――――
「《星の大樹》の道しるべ……?」
どういうものだろう。首をひねりながら、コニスは手紙を読み進めました。
―――――――――――
《星の大樹》は星空に向かって伸びていく木だから、星空に道しるべが必要なんだ。といっても、街道に置いてあるようなものじゃない。
何よりも輝く星……とでも言えばいいのかな。《星の大樹》が空まで伸びていく目印。
そんなに輝く星はあの日の空になかったはずなのに、突然、キラッとまぶしく光る星が現れたんだ。
そこに向かって伸びていく《星の大樹》は本当に美しかったよ。枯れかかっていたのが嘘のように、まぶしく、神秘的な姿になったんだ。
―――――――――――
コニスは、もう心臓がはちきれそうだと思いました。
あの夜、コニスの手から空へ飛んで行った星くず。みんなの願いを吸い込んだような、まぶしい星くず。その星くずを目指すように、伸びていった《星の木》……。
―――――――――――
ふしぎだね。まるで誰かが準備していたかのようだ。
ねえ、コズミキ・コニス。君は、あの空を見ていたかい?
君の町の《星の木》も空に向かって伸びていったかい?
みんなの、輝く顔を見たかい?
君はどんな顔をしてそれを見たんだろう。
この国は冬の間、雪に閉ざされてしまうから、春になったらそちらに帰るね。その時に、いろんな話をしよう。
愛をこめて。
ミーティア・バーン
―――――――――――
手紙はそこで終っていました。コニスはしばらくぼおっとしてから、ぽつん、と「そうだったんだ」とつぶやきました。
それから、雪が積もり、そして溶けて、日差しがほんの少しやわらかくなるくらい日々が過ぎました。
コニスは相変わらず星降りに遅刻しては、星くずばかりを拾っています。
街のみんなに「今日も遅かったな」と笑われて、コニスも苦笑いを浮かべました。
でも、コニスは《星くず拾い》であることを嫌だと思っていませんでした。だって、コニスは星くずのことが大好きなのですから。
「さあ、この星くずたちはどんな風にみがこうか」
星くずでいっぱいのかごを抱え、足取り軽く、コニスは丘の上へと走って行きました。
丘の上では、春の気配を乗せた風が、やわらかく、あたたかく、吹きわたっていきました。
これは、いつも一歩遅い《星くず拾い》が、誰よりも早く世界を救った、そんなおはなしです。
星くず拾いは丘の上 よよてば @yoyoteba
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