あの祠って……(愕然)

🌳三杉令

セカイのオワリ

 紫金山・アトラス彗星を見ようと、僕は西の空が良く見える低山の麓にいた。

 実は今日が二度目のトライだった。昨日はあいにくの曇り空で彗星を見ることはできなかった。今日は何とか見えるだろうか。


 午後四時、麓の茶屋で待機。


 もう少しで店仕舞いの時間だが、すかしたオッサンが一人、酒を飲んでいた。お互い暇なのか、少し雑談を交わしていた。


「で、昨夜そこの山に登ったんすよ」


 僕は、オッサンに合わせて軽口で言った。


「でも、微妙に曇ってて彗星見れなかったんです」

「そりゃ、残念だったな」


 オッサンはコップ酒をあおりながら答えた。


「あ、そう言えば、頂上暗かったんですけど、変な祠があったんですよ、丸いの」

「あ、おめえ、そんな言い方しちゃいけねえよ。あれはとても大事なもんだから」


 オッサンが急に真面目な顔になった。


「むしゃくしゃしてたので、その祠つい蹴っちゃったんですよ」

「け、蹴っただとー!」

「ええ、軽くです。いや、あの僕サッカー部だったんで、ちょっと強く。でも、そしたら……」

「そうしたら?」


 オッサンがごくりと唾を飲んだ。


「割れました」


 ガタン!


 オッサンが椅子から崩れ落ちた。


「わ、割っただとー!?」


 オッサンの顔が真っ青になった。


「中に何かあっただろ!」

「ええ! 青く光る宝石があったんです! びっくりしました」

「どうなった? ええ? どうなったんだ? 言ってみろ!」

「光が消えました」

「……」


 オッサンが肩をがっくりと落とす。窓の外を見つめる。夕焼けが美しい。


「どうしたんですか? あの祠なんなんですか?」


 オッサンが近づいてきて、僕の肩をポンと叩いた。一転して穏やかな顔になっている。


「お前、彼女はいるか?」

「いや、いませんけど……」

「女と付き合ったことはあるのか?」

「い、い、いえ……」 


 僕は20年生きてきたが、女性とは縁が無かった。


「そうか、残念だったな」

「はあ? 何が残念なんですか!!」


 僕のテーブルの前にオッサンが座った。彼の視線は外だった。


「坊主、あれは地球なんだ……」

「は? ちきゅう……?」

「地球の魂だ。俺が守ってたんだ。うかつだったな……蹴って壊すことができるやつがいるとは思わなんだ」

「え、地球の魂っすか? あなたが守ってた?」

「そうだ、その通りさ、クックック……」


 オッサンが笑い始めた。


「え、どうにかなるんですか?」

「ハハ、大したことないさ」

「どうなるんです!?」


 少しの沈黙の後、オッサンが吐き捨てた。


「もうすぐ、地球は無くなる。光が消えたんだろ」


 オッサンはとんでもないことを言い始めた。


「あらゆる火山が噴火して、たちまち噴煙で地球が覆われる。暗闇の中で、全ての生物は大きいものから神に召される。ふーっ」


「……」


 僕は絶句した。信じられない。地球が、生命が滅亡するなんて。僕の軽はずみな行いの所為なのか……


「まあ、坊主は20才だろ、一杯飲めよ」

「僕の所為です、か……ね?」

「そんなこと無いよ。おれの所為さ。あ、ちなみに俺、神様ね。地球担当」


「どうしましょう? みんなに知らせなきゃ……」

「やめとけ、あと数時間で終わりの始まりだ。真実を知らない方が幸せさ」

「僕ら全滅ですか?」


 オッサン神様はにこりと笑って答えた。


「いんや。ネズミちゃんからやり直すだけだよ。ほんの数億年前に戻るだけさ」

「す、数億年ですか……」

「ああ、俺は進化論者だからな」


 最後にオッサンは言った。


「今度は祠は蹴らないようにな。俺も置き場所には気を付けるよ」

「は、はい」

「今日も紫金山・アトラス彗星見れなくて残念だったな」

「い、いえ、そんな」


「女性と付き合えなくて残念だったな?」

「あ、それは心残りですね」


 僕は、オッサンと乾杯して、心の中で呟いた。

「世界のみなさん、ごめんなさい。祠は大切にします」

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