第4話
スマホを持つ手が震えた。
声が上ずらないように胸を押さえながら、沙都子はゆかりに苦情を言った。
「——変な雑誌に、私の写真を載せるの、止めてください」
『もしもし? 沙都子ちゃん? 声が小さいんだけど、もっとはっきり言ってくれる?』
相変わらずおっとりしたゆかりの声に、さらに苛立つ。
昔から人に強く物を言うのは苦手だったが、心を落ち着かせて勇気を出した。
「私の写真、もう、使わないで……風俗店の情報誌に、勝手に載せるなんて、ひどいです」
『あらあ、お客様にお見せするって、話したら承知したわよね? どうかしたの?』
「……会員の人、だけだと思ってました」
『まあ、そうだったの。その時に確認してくれればよかったのに』
まるで沙都子のミスかのような口調で言われて、決心がついた。
もうおしまいにしよう。
ゆかりは反省なんかしないだろうし、沙都子が困った状況にいても関係ないと言うだろう。
「——私、辞めさせて頂きます」
『やだあ残念。沙都子ちゃんに会いたがっているお客様、いっぱいいるのよ』
「登録を抹消して下さい」
『みなさん、お金に余裕のある方たちばかりなのに、もったいないわよ』
「お世話になりました」
沙都子が電話を切ろうとした時だ。
『フジタさんとは、まだ会ってるの?』
フジタの名前を聞いて、沙都子はドキリとした。
『フジタさん、お金渡してくれてる? 昨日ついた子が、値切られたって怒ってたのよ。中途半端にお金のある人って、本当イヤよね。きれいな遊び方が出来ないんですもの。何度か会うと恋人気取りで、お金を払わなくなったって話もきくし、沙都子ちゃんも気をつけてね。辞めたらうちとは関係ないけど、私が紹介した手前、何かトラブルがあったら相談に乗るわよ』
ゆかりの、昨日ついた子という言葉に頭がクラクラしてきた。
フジタは自分以外の女とも会っていた——その事実はあまりにもショックだった。
『身分証とか、住所がバレるようなものは必ず手元においてね。最初に言った通り、シャワー浴びる時も目に付くところに置くのよ』
そうだ、忘れていたが面接の時にそんな事をゆかりから注意された……財布から札を抜く手の悪い者もいると。
『フジタさん、前に女の子を自宅近くで待ち伏せしたことがあるのよ。その時、会員から外せばよかったんだけど、この不景気でしょ? お客様が少なくなってるもんだから、つい——』
沙都子はスマホを閉じた。
(嘘だ!)
自分が辞めるから、ゆかりは嫌味を言っているだけだ。
(フジタさんは、そんなことしない!)
沙都子には他に心当たりがあった。
小山美香——美香の小さな目を思い出すだけで頭に血が上る。
(やはりあの時の女は美香だったんだ!)
ドアノブに下げられたスーパーのレジ袋、あのスーパーでは何度も美香と会っている。
話しながら美香は沙都子がカゴに入れたものを不躾にジロジロ観察していた。
沙都子はエコバックを使うが、美香はいつもレジ袋を買っている。
美香だ!
全部、美香のせいだ!
どうやったらあの女に復讐できるか——沙都子は暗い思いに取り憑かれていった。
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