あなたのお墓は作らない

ハープ

あなたのお墓は作らない


『ノロイ公園にはお化けが出る』、そんな噂が小学校で流行り始めたのはいつからだっただろう。その公園は正確には野呂(のろ)公園という名前だったが、野呂→ノロイということでノロイ公園と子どもたちには呼ばれていて、その呼び名がきっかけなのかお化けが出るという噂があった。いかにも小学生らしい発想である。ただ、この公園は遊具が最近の公園としては多く、周囲から死角になる場所も多いので野呂公園で子どもたちだけで遊んでくる、というと保護者もいい顔をしない。というわけで近隣の小学生たちは実際にこの公園に行くことは少なかった。


 そんな公園で今、一人で遊んでいる子どもがいる。小学四年生の女の子である。彼女の家は親が仕事で忙しいため、兄弟もいない女の子は家で宿題をしたりゲームをしながら学校から帰ってきてからの時間を過ごすことが多かった。しかし今日はいい天気、秋なので気温も外で遊ぶのに丁度いい。たまには近所の公園にでも行ってみようかな……と思ったのである。ノロイ公園にはお化けが出る、という噂を知らないわけではなかったが、女の子はその噂を全く信じていなかったし、小さい頃はまだ今ほどは忙しくなかった親と一緒に野呂公園に遊びに行ったこともあったので警戒心も薄かった。


 女の子は砂場で山を作っていた。小学四年生にしてはやや幼い感じのする遊び方で、女の子自身もふと我にかえって恥ずかしくなった。この山は一旦崩して、別のことをして遊ぼうかなと思った時、ふと女の子は視線を感じて公園内を見渡した。


 女の子の他に、人がいた。


 その人は……いや、よく見ると女の子よりも二、三才年上なだけに見える女性だから少女だ、その少女は不思議な格好をしていた。青い綺麗な色のワンピースのような不思議な服を着ていて、スカートの部分にスリットが入っていたので妙に白い足がよく見えた。髪型は左右でお団子を一つずつ作っていて、女の子は前に学校の図書室にあった本の表紙に描かれていた、チャイナドレスの女性をつい連想した。


 目が合うと、少女は女の子に笑いかけてきた。ぱっちりした瞳が笑顔になるととても人懐っこく見えて、女の子は(この人、素敵だ)と思った。


「ねえ、それ素敵ね」と少女は話しかけてきた。女の子は、知らない人にいきなり話しかけられても答えてはいけないという親や先生からの教えも忘れて、「えっと、何が?」と聞き返してしまった。


「その、お墓」と少女はよく分からないことを言う。

「お墓って?」

「その砂場でさっきからあなたが作っているの、お墓でしょう?」そう言われてみると、ペット、例えば金魚や小鳥などのお墓に見えなくもない。けれど、

「ううん、これは山だよ」

「……山なのね」少女はなぜかしょんぼりした様子だ。


「お墓が良かったの?」

「うん……」変わった人だなあと女の子は思った。

「お墓って、誰のお墓?」

「私の」

「えっ? ……何で?」予想外の言葉に思わず尋ねてしまう。

「……えーっと……」少女は答えづらそうにしていて、それを見ていると女の子はなぜか申し訳なくなってきた。


「……あなた、なんて名前なの?」と女の子は唐突にも見えるタイミングで少女に聞いた。

「小山(こやま)ラン」と少女……ランは教えてくれる。


「ラン……じゃ、今度ランのお墓作ってあげる」と女の子は言った。「名前が分からないと、お墓作れないもんね」未だにランの言葉の意味は分からないが、どうしてなのか分からないけれど彼女とまた会いたい気持ちになって、女の子は約束したのだった。


 次の日、小学校での昼休みに女の子は図書室に行った。ランに格好が似ている女性が出てくる、あの本を読みたいと思ったのだ。借りていってランに見せるのもいいな、と考えていた。


 本を見つけて、表紙を眺める。前に見たときとは違って、眺めているだけでなぜかドキドキした。どうしてなのか、まだ女の子には分からない。


 貸出の手続きをするために、本を司書さんのいるカウンターまで持っていく。すると、本の表紙を見た司書さんが「あ……!」と呟いた。もしかしたら、司書さんも読んだことのある本なのかもしれない。


「どうしたの?」と女の子は何気なく聞いた。しかし司書さんは少し落ちこんだような顔になって「……この表紙の女性、私の知り合いの娘さんに、少し似ていて」と言った。


「えっ……もしかして、その人って小山ラン?」司書さんがランのことを知っているなら、彼女のことを教えてもらうことができるかもしれない。女の子は期待して聞いた。


「どうして知っているの!?」司書さんは突然、先程までとは全く違う強い剣幕で問うてきた。

「えっだって……昨日私ランに会ったの」

「……どこで?」

「……えっと、公園」お化けの噂がある野呂公園だとは、流石に言えない雰囲気だった。

「本当に小山ランちゃんだったの?」

「えっ、うん、そうだよ」

「そんなはずないわ。だってあの子は……」と言いかけ、慌てて司書さんは、「……とにかく、もうその公園には行っちゃ駄目よ」と理由も言わずに釘を刺してきたのだった。


 その場では司書さんの剣幕に頷いたものの、女の子は当然納得なんてしていなかった。なので学校内では使用が禁止されているスマホをこっそり使って、『小山ラン』で検索をかけた。そして司書さんの言っていたことの意味を理解したのだった。


 女の子が野呂公園に着いたとき、そこには既にランがいた。ランが女の子に挨拶しようと口を開いたとき、先に女の子が言った。

「……ランは、幽霊なの?」

「……」

「私、ちょっと理由があって、ランの名前をスマホで検索したのね。そしたらランは前にこの公園で大人の人にさらわれて、酷いことをされて死んだって……」

「……そうだよ」

「だからお墓を作ってほしいって言ってたの?」

「うん」

「……そうしたら、ランはどうなるの?」女の子はなぜか泣きそうになっていた。そのまま言葉を続ける。

「こういうの、弔うって言うんだよね? もしそれをしたら、ランはどうなるの……?」

「……分からない。どこかに行くのか、消えるのか……」

「……嫌だよ。まだランには二回しか会ってない。自分でもよく分からないけど、まだ、もっと、ランと一緒にいたい気持ちっていうか……」女の子はまだ小学生だったけど、自分がわがままを言っている自覚があった。自分をこんなに突き動かすものの正体を、女の子はまだ知らない。


 ランは少し考えてから、言った。

「両方の、気持ちがあるの。さっきあなたが言ったように、私は酷いことをされて死んだから……。そういうことを忘れたい気持ちと、反対に忘れてたまるかっていう気持ちがある。もしも弔いの先で私が消えるなら、そういう思いも消えるんだろうし……。それとは別に、もしも先が……この先に行く場所があるのなら、そこで私は私に酷いことをした人と再会してしまうかもしれない。その人ね、私を死なせた後に……自分で死んだみたいだから」その事実は女の子にはそうとう重い話だったけど、ランが言ったことの最後にだけ反論する。


「私はランにどこにも行かないでほしいけど、ランが行く場所と、ランに酷いことをした人が行く場所は違うんじゃないかな……?」

「そうかな? 私だって、生前いいことばかりしてきたんじゃないし、そういう可能性が少しでもあるならすごく怖い」ランの言葉は女の子には完全には理解できない。だけど彼女が恐怖を感じていることは分かった。

「……じゃあなおさら、私とここにいてほしい」

「それっていつか、あなたにも負担になるんじゃない?」

「でも私が大人になれば、ランが怖いと思っていること、少しは分かったりできるんじゃないかと思う」

「大人になるまで一緒にいるつもりなの?」

「うん」それが子どもゆえの無知からくる無謀な提案なのか、純粋で確かな気持ちなのか、ランにはそれを考える余裕はなかった、けれど。

「なんだか私はとんでもない子に声をかけちゃったなぁ……。分かった、あなたが私のこと怖いとか邪魔だとか思うまでは、弔いは受けないことにするわ」そう言って、ランは笑ったのだった。

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