第30話 ダイニングルーム(8)

「勝則が家出した後、私たちはあの子の部屋を家探ししたわ」と麻衣。


「なぜそんなことをしたんだ?」と達也。


「あの子の部屋が捜索されると思ったからよ」と麻衣。「だから、その前にプライベートなものを隠しておこうとしたの。」


「あなたたち三人一緒だったの?」と真知子。


「始めは別々にしていた」と麻衣。「だけどいくつかの電子ファイルを見つけてから協力することにしたのよ。」


「何のファイルだ?」と達也。


「エッチな動画ファイルを大量に保存したメディアよ」と麻衣。


「くだらない」と達也。「それは勝則がかわいそうだろう。」


「そうね」と麻衣。「だけどその中に、日記の断片があったの。それと、日記の内容を補う大量のデータと一緒に。」


「それで三人が協力して日記を解読したわけか」と達也。


「そうよ」と麻衣。「紙に書かれた文章と電子ファイルの文章の日付と内容を合わせて、データを参照できるようにしたわ。」


「楽しそうだな」と達也。


「夢中だったわ」と麻衣。


「私たちは楽しくなかったわ」と伽耶。「むしろ悲しかった。」


「そうかしら」と麻衣。「あなたたちが真剣になるのをあのとき初めて見た。あなたたち、生き生きとしてたわ。」


「それで何が分かったんだ?」と達也。


「勝則は推論で父さんと母さんが仮面夫婦であることを見破った」と麻衣。「それから、その証拠を探し始めた。」


「推論?あいつがか?」と達也。


「会話や外出のタイミングの整合性からよ」と麻衣。


「証拠って何よ」と真知子。


「勝則はまず父さんの会社のコンピュータにハッキングしたわ」と麻衣。


「何?犯罪だぞ」と達也。


「そうね」と麻衣。「だけど証拠は残ってないはずよ。父さんのIDを使ってこの家のデスクトップパソコンからアクセスしてるから。」


「そんなことは不可能だ」と達也。


「パスワードや指紋なんてすぐ集められるわ」と麻衣。「パスワードを入力しているときの動画を撮ったのよ。それから指紋はこの家にいくらでもある。」


「ひどいな、やっぱり盗撮してたんじゃないか」と達也。「それで何を調べた?」


「出勤や出張の記録とか他愛もないことよ」と麻衣。


「ああ、その程度か」と達也。「驚かせるなよ。」


「それで、お母さんが出勤してないことを見つけた」と麻衣。


「なるほど」と達也。


「それから父さんの出張の記録を調べて、同行している秘書を特定した」と麻衣。


「秘書が同行するのは普通だ」と達也。


「クリスマスの夜に父さんは遊園地に秘書と出張に出かけた」と麻衣。


「遊園地など行っていない」と達也。「行ったかもしれないが、それは仕事のついでだ。」


「そのときの旅費を会社の公費で出しているわ。その領収書に、遊園地とレストランとホテルのものがあった」と麻衣。「そして、ホテルには三人で宿泊している。秘書の安藤友里とその息子の武。」


「たまたま秘書が子供を連れてきたんだ」と達也。「クリスマスだから、秘書にサービスしたんだ。」


「勝則は家でごろごろしていたはずよ」と麻衣。


「仕事だったんだよ」と達也。「息子の名前なんてどこで調べたのか知らないが、どうでもいいだろう。」


「どこまでもしらばっくれるのね」と麻衣。


「もう推測の話はいいだろう」と達也。


「そうね」と麻衣。「証拠の話をするわ。」


「ああ、そうしてくれ」と達也。「話が早い。」

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