第22話 帰宅(2)
家族は久しぶりにダイニングテーブルの席に座った。真知子が冷えたお茶をコップに注いで配った。
「今回のことは父さんが悪かった」と勝則と伽耶と沙耶に向かって言った。「許してほしい。」
誰も無言だった。久しぶりに家族がそろったというのにこの気まずさはどうだろう、と思うと達也は悲しくなった。無表情な顔でうつむいている勝則を見た。この息子はいつもいつも家族の団欒に水を差す異質な存在だった。今となっては気持ちを通わすことはできない。
「私はお前たちのことに口を出さないことにする」と勝則。「だから好きにしなさい。」
また、しばらく沈黙が続いた。
「麻衣があなたに大事な話があるそうよ」と真知子。
「なんだ?」と達也。「言ってみなさい。」
「勝則の親権を私に譲ってほしいの」と麻衣。
「何だって?」と達也は驚いた顔をした。「お前が勝則の親になるのか?高校生の娘にそんなことはできない。」
「できるわ」と麻衣。「今までだってずっと親代わりで面倒を見てきたもの。」
「そんな話じゃない」と達也。「親というのは責任があるんだ。何かあったらどうする?経済力も社会での身分もないお前では勝則を守ってやれないだろう。」
「父さんは勝則を守ってなんかいないわ」と麻衣。「突然施設送りにしたじゃない。」
「そのことは悪かった」と達也。「本当に謝るよ。」
「そんな言葉、信用できないわ」と麻衣。
「ちゃんと約束する」と達也。「勝則を追い出すようなことはしない。」
「だめよ。誰もそんな言葉、信じていないわ」と麻衣。「明日の朝、また勝則が連れていかれるんじゃないかって、おどおどして寝なきゃいけないのよ。」
「法的な効力を持つような約束をしよう」と達也。「それならいいだろう?」
「だめよ」と麻衣。「約束守ります、なんて一筆書いただけの誓約書なんて無意味よ。伽耶と沙耶にも書いたんでしょ?そんなのじゃあ勝則が安心しないわ。」
「弁護士を入れて書類を作ろう」と達也。「それならいいだろう?」
「ますます怪しいわ」と麻衣。「どうせ、父さんの知り合いの弁護士なんでしょ。」
「なぜそこまで疑うんだ?」と達也。「父さんは約束を守るよ。お前との約束を一度も破ったことなんてないだろう?」
「私の問題じゃなくて、勝則のことだからよ」と麻衣。「勝則は父さんを信用していないわ。」
「だからお前が間に入ってくれてるんじゃないのか?」と達也。
「違うわ」と麻衣。「勝則を守るためよ。」
「なぜそうまで勝則の肩を持つんだ!」と達也。
「私は勝則の親代わりだからよ」と麻衣。「父さん、最後に勝則とちゃんと話をしたの、いつか覚えてる?」
「家出から帰ってきたとき、話をした」と達也。
「勝則がなぜ家出したか聞いたの?」と麻衣。「どうしたいか聞いたの?父さんの意見を押し付けただけでしょ。」
「だが、勝則は何も話さないよ」と達也。
「普段から何も話してないからよ」と麻衣。「それ以前に会話した記憶があるかしら?」
「父さんは忙しいから仕方ないだろう」と達也。
「私や伽耶と沙耶とは時間を見つけて楽しく話しているわ。」と麻衣。
「お前たちとは気が合うからだ」と達也。
「そうかしら」と麻衣。「伽耶と沙耶は勝則よりもぶっきらぼうよ。」
「だが、お母さんは話してるんだろう?」と達也。
「あなたと変わらないわよ」と真知子。「返事もろくにしてくれないわ。」
「なぜそんなことになってるんだ?」と達也。「なぜお母さんが可愛がってあげなかったんだ!」
「何言ってるのよ!」と真知子が語気を荒げた。「あなたが勝則を甘やかすなって言ったからじゃない!」
「そうかもしれないが、極端すぎないか?」と達也。
「帰省した時も、お義父さんとお義母さんと一緒になって私を責めたじゃないの!」と真知子。「勝則が臆病で泣き虫なのは私のせいだって言ったじゃない!だから厳しくしたのよ。それからしゃべってくれなくなったのよ!」
「なら相談してくれればよかったじゃないか」と達也。
「あなたに何度も言ったわよ」と真知子。「だけどまるで興味がなかったじゃない!」
「そうだったか……」と達也。
「私だって勝則のことを分かってあげたかったのよ!」と真知子が叫んだ。
「そんなに深刻なことだったなんて思わなかったんだ」と達也。「勝則、お母さんになんか言ってあげなさい。」
「事情は分かったけど、特に言うことはないよ」と勝則。
「おまえ、何だと!」と達也が怒鳴った。
「やっぱり出ていくよ」と勝則は立ち上がった。
「ああ、どこにでも行きなさい!」と達也とさらに怒鳴った。「もう好きにしろ!」
真知子がテーブルを両手でバンと叩いて大きな音が出た。テーブルのコップが床に落ちて割れた。
「もういやよ!」と真知子が金切り声をあげた。「こんなのいや!もういや!私だって勝則のことが大好きなのに、何でこんな目に合わなきゃならないのよ!」
真知子がさらに泣きながら叫んだ。「勝則!あなたのことが大好きよ!」
「ぼくは母さんのことがそんなに好きじゃない」と勝則がつぶやいた。と次の瞬間、麻衣が勝則に思いきりビンタをして、勝則が倒れた。
真知子が「私が悪いのよ!私がいなくなればいいのよ!私が自殺すればいいのよ!」と狂ったように叫び、達也が抱きついてなだめた。
沙耶が勝則を連れて部屋を出ていき、麻衣が伽耶に「今夜も勝則を一人にしちゃだめよ」と耳元でささやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます