電車の終着駅

リラックス夢土

第1話 電車の終着駅

 彼女はいつもつまらなそうな顔で電車のドアの入り口に立っている。

 そこが彼女の定位置だ。

 

 彼女を見かけたのは偶然だった。

 俺は高校に入って電車通学を始めて部活動に入った。


 そして部活動は毎日同じ時間に終わり俺は毎日同じ時間の電車に乗る。

 そこで彼女を見つけたのだ。


 始めは美人だなと思った。

 そのうちこんな子が彼女だったらいいなと俺の妄想は膨らむ。

 だけど自分から声をかける勇気なんてない。


 そして何度も彼女を見かけるうちにあることに気付く。

 彼女がいつもつまらなそうな顔をしていることに。


 せっかく美人なんだから笑顔でいればいいのに。

 彼女の笑顔はどんなに素敵だろうか。


 そんな妄想をする日々。

 そして今日も俺は彼女より早く電車を降りた。


 彼女がどこの駅で降りるかは知らない。

 いつも俺の方が先に降りるからだ。


 だが今日は電車を降りた後に後ろから声をかけられた。


「あの………」


 俺は振り向く。

 そこにいたのは電車の中にいるはずの彼女だった。


「良かったら私と付き合ってくれませんか?」


 俺は心臓がドクンと跳ね上がる。


「俺と?」


「はい」


 その時も彼女は無表情に近い顔。

 とても愛の告白をしている感じではない。


 そのことが少し気になったが俺は彼女のことが好きになっていたので彼女と付き合うことにした。


 彼女と付き合ってから俺は彼女の降りる駅はこの電車の終着駅だと知った。

 俺は部活動が忙しくても毎日彼女と僅かな時間でも一緒に居たくて彼女が乗る電車に乗って二人で話をする。


 だが俺が彼女のことで知ってるのは彼女の降りる駅が終着駅だというぐらい。

 彼女から告白してきたにも関わらず彼女は俺の前で一度も笑顔を見せたことはない。


 俺が話すことに「うん」と相槌を打つだけ。

 でも俺は彼女は照れ屋なのかもしれないと思い、いつか彼女の笑顔が見れるだろうと思っていた。



「あれ? 幸彦ゆきひこじゃない?」


「え? 晴香はるか?」


 ある日いつも通り彼女と電車で座って話をしていると俺に声をかけてきた女がいた。

 その女は晴香という現在大学生の女。


 そして俺の元カノだった。

 俺は彼女が隣りにいるので焦ってしまう。


「幸彦君。この人、誰?」


 彼女が俺に訊いてくる。


「ああ。この人は………」


 俺がどう説明しようかと思っていると晴香が笑顔で彼女に答える。


「私は幸彦と昔付き合ってたんだけど別れたのよ。だから心配しないで幸彦の彼女さん」


「幸彦君の元カノ………」


「いや、そうなんだけど、今は関係ないから!」


 俺は必死になって彼女に説明する。


「大丈夫。私は気にしないから………」


 彼女はその時初めて満面の笑顔を俺に見せた。

 それは俺が思わず見惚れて声が出なくなるほどの美しい笑顔だった。



 そして晴香と遭遇した次の日も俺は彼女と同じ電車に乗って座って帰っていた。

 彼女は昨日のことはまるで何もなかったかのように俺と話してくれる。


 しかも彼女はいつか見たいと思っていた満面の笑顔だ。

 俺はその笑顔を見て嬉しくていつもより饒舌になる。


 そして俺が降りる駅になり席を立とうとしたら彼女に思い切り腕を引っ張られた。

 俺は席に倒れ込むように座ってしまう。


 その瞬間、背中に焼けるような痛みが走り俺は呼吸が苦しくなった。


「あがが…」


 痛みと苦しさで声も出ない。


 なんとか背中に自分の手を回し触ると何かが背中に刺さっていて指にぬるりとした感触がする。

 自分の手を前に戻し確認すると俺の手は真っ赤な血で染まっていた。


 電車のドアが閉まり発車する。

 揺れる電車の中で俺の意識は薄れていく。


 その時彼女の声を聞いた。


「今日は幸彦君と終着駅まで乗っていきたいわ。私と一緒に終着駅までいってくれるでしょ? 愛してるわ、幸彦君」

 

 俺は僅かに残る意識で最後に思う。


 彼女の言ってる「終着駅」はどこの「終着駅」だろう……



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