第4話
* * *
満也と別れた叶香は、郁の誘導の下、公園に来ていた。
子どもたちの遊ぶ声を聞きながら、叶香は郁と会話する。
「一番よく遊びに行った場所、って言ったら、ここだと思うけど……近所の公園だよね?」
叶香が問えば、郁は楽しそうに答えた。
『せいかーい。叶香、滑り台もブランコも好きだったけど、どっちからも落ちたっけ。懐かしいなぁ』
「うっ……それは忘れてほしいんだけど……。あ、ブランコ、新しくなってる……」
『まぁ、僕も落ちてるからお揃いお揃い』
叶香は一瞬息を呑んだ。
けれど郁はそれに気づかなかったように話を続ける。
『そういえば、ジャングルジムからも落ちたなぁ。諒はジャングルジムがお気に入りだったよねぇ。てっぺんからじっとあらぬところを見てたりして』
「……。あれ、ちょっと怖かったな……声かけても、たまに気付いてもらえなかったりしたし」
『あの頃の諒は、ちょっと危なっかしかったよねぇ。僕たちとはちょっと〈見える〉ものが違ってたから、仕方ないのかもしれないけどさ』
郁が口にした通り、諒はいわゆる霊感を持っていた。
だからこそ、叶香と郁はできるだけ諒の傍にいた。ひとりにしてはいけないと、そういう直感が働いたのだ。
「郁は、諒のそういうところ、怖くなかった?」
『僕と叶香が一緒にいれば、何とかなると思ってたから。根拠はなかったけど、感覚的に。実際大丈夫だったしねぇ。すくすく育って、可愛げもなくなっちゃって。まぁ元々、可愛げは無かったような気もするけど』
「それは……確かに……」
郁の言いぶりに叶香は思わず笑ってしまう。
確かに諒は『可愛げ』なんて言葉とは無縁の性格に育ってしまった。幼い頃の無感動な、どこかふわふわと地に足のつかないような性格よりはよほどいいとは思うけれど。
『なんであんなに口悪く育っちゃったんだろうねぇ? まぁ、あれはあれで可愛いって言えなくもないけどさ。特に叶香に対してとか』
「? 私に対して、ってどういう……?」
『傍から見てる方がわかることもあるってこと。――さて、それじゃあそろそろ、次の場所に行こうか』
躱されたことに気づいたけれど、それよりも別の疑問が勝って、叶香は目を瞬いた。
「え、もう? ……っていうか、結局何のためにここに来させたの?」
『それはまた、追々、ね。わかってくれたら嬉しいなぁ』
「……?」
またも意味深げな言葉に首を傾げながら、叶香は郁の指示する次なる目的地へと向かって歩き出したのだった。
遠く車の走る音が聞こえる。
叶香が住むあたりはお世辞にも都会とは言えないので、人気のない道も多くあった。
郁と話しながら歩いていた叶香に、突然郁が告げた。
『あ、叶香、携帯下ろして』
「え、」
戸惑いながらも耳から携帯を離すと同時、背後から聞きなれた声がかかった。
「叶香!」
「透子、ちゃん?」
透子というのは、叶香の中学からの友人だ。
いつでも明るく、思ったことを率直に言う裏表のない性格を、叶香は自分にないものとして羨み、少々気の強いところも好ましく思っていた。
「やっと見つけた!電話かけても繋がらないし、家行ったらいないし!心配するでしょ?」
「う、ご、ごめん……」
よほど腹に据えかねていたのだろう、まくしたてる透子に叶香は小さくなる。その様を見て、透子は少しトーンダウンした。
「それで、どうしたの? 出かけるにしては軽装だけど」
「ちょっと、……その、散歩でもしようかなって」
「散歩? ……ふぅん?」
目を細める透子に、焦りを覚えながら叶香は問い返す。
「透子ちゃんこそ、何かあったの? 家にまで来たって、今……」
「まぁね。でも、とりあえずいいわ。また今度で」
「急ぎの用事とかだったんじゃ……?」
「最近あんた元気なかったから、いろいろ考えてただけよ。散歩に出るくらい元気になったならいいわ。せっかく計画したから、止めはしないけど」
肩をすくめる透子に叶香は首を傾げた。
「計画?」
「あんたのとっつきづらい幼馴染巻き込んで、いろいろね。だから予定聞きたかったのに、電話繋がらないし。どうせ充電切れでもしてたんでしょ」
「……ごめん、ね……」
「別にいいわよ。あたしが勝手に心配して、勝手に計画して、勝手に行動しただけなんだから。……でも散歩って、そろそろ暗くなるわよ?」
心配げに言う透子に、叶香は曖昧に笑む。
「うん。その、ちょっと行きたい場所があって……」
「目的地があるの? だったら引き止めて悪かったわね」
「あ、ううん……。……あの、心配かけちゃって、ごめんね」
言うと、透子は一拍の後、おもむろに叶香にデコピンをした。
鼻を鳴らし、照れたように口早に言い募る。
「さっきも言ったでしょ。あたしが勝手に心配して、勝手に動いただけなんだから、あんたが謝る必要はないの。……そうね、あたしに悪いと思うんだったら、もっとふてぶてしくなりなさい」
「……ふてぶてしく?」
「あんた、何に対しても気にしすぎ、気にかけすぎなのよ。そこがいいところでもあるんでしょうけど、それで自分が参ってたらバカみたいじゃない」
明け透けな物言いに叶香は目を瞬かせた。
「ば、ばか……」
「あたし、『バカみたいに優しい』は、褒め言葉じゃないと思ってるの。つまり、あんたに対してよ。常々、ちょっとバカみたいだと思ってる。――言っとくけど、あんたが好きだから、余計にそう思うってことだからね」
「うん、わかってる、よ」
頷き、叶香ははにかんだ。――透子の言葉が、嬉しかったからだ。
「……透子ちゃん、ありがとう」
「……自分で言うのもなんだけど。叶香、あんた、あたしのこの言い方でよく笑えるわね」
少しばかり怯んだ様子の透子に、叶香は微笑んだ。
「だって、透子ちゃんが私のこと心配して言ってくれてるの、わかるから」
「……もう。調子狂うわね。でも、ありがと」
「? お礼を言うのは、私の方だよ?」
「いいから言わせなさいよ。……ほら、行くところがあるんでしょう。さっさと行かないと、帰るのが遅くなるわよ」
「あ、うん。……じゃあね、透子ちゃん。――また、ね」
「はいはい、またね。気を付けて行きなさいよ」
手を振り、小走りで駆け出す叶香を見送った後、透子はひとり呟いた。
「何があったか知らないけど、元気になったみたいでよかったわ、本当。思いつめてて、見てられなかったもの……」
叶香が去った方向から目を離し、透子もまた歩き出す。と、そんな透子に近づく足音があった。ついで、切羽詰った声がかかる。
「おい、佐伯! 叶香に会ったか?」
「ちょっ……津雲? いきなり何?」
声の主は叶香の幼馴染、津雲諒だった。慌ただしく透子に駆け寄ると、勢いこんで問いかけて来る。
「いいから答えろ! 叶香に会ったか?」
「会ったけど……何をそんな焦ってるのよ。普通に元気そうだったわよ。大事な幼馴染が心配なのはわかるけど、過保護すぎるんじゃないの」
「そーいうのじゃねぇっての! ――あいつ、なんか変なところなかったか」
透子の言に嫌そうに否定を返し、真剣なまなざしで諒は問う。
透子は呆れた溜息をついた。
「そういうのにしか見えないわよ。……変なところって……別に? さっきも言ったけど、普通に元気そうだったわよ」
「携帯は?」
「携帯?」
「持ってたか?」
言われ、透子は叶香の様子を思い返す。
「そういえば、ずっと何か握りしめてたけど……あれ、携帯だったの?電源切ってるんだか充電切れだかわかんないけど、役に立たないはずなのに」
「……やっぱりか。――助かった!」
「あ、ちょっと! ……行っちゃったわ。慌ただしいわね」
走り去る諒を見送って、今度こそ透子は帰り路についた。
一方諒は、息を切らしながら吐き捨てるように呟く。
「あの馬鹿、何やってんだ本当……!」
その言葉には万感の思いがこもっていた。
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