第2話

* * *



「あれ、ねーちゃん?」


「……っ!」



 郁の言う『ゲーム』に乗ることにした叶香は、玄関を出たところで声をかけられて身を震わせた。

 叶香に弟妹はいない。だが、一人だけ、叶香のことを『ねーちゃん』と呼ぶ人物がいる。

 それが声をかけてきた少年――満也だった。


 満也は、叶香が携帯を耳にあてているのを見て、慌てて謝ってきた。



「あっ、ごめん。電話中だった?」



 それを聞き、郁が言う。



『ああ、満也くんだね。いいよ、僕の方は置いといて、相手してあげて』



 叶香は少し迷ったが、結局、郁の言葉通りに携帯を離し、満也に向き直った。



「あれ、電話じゃなかった?」



 満也がこてりと首を傾げて問うのに、叶香は曖昧な笑みを浮かべる。



「……満也くんは、帰ってきたところ?」


「うん。にーちゃんが、用事あって出るから代わりに家にいろって」



 満也の言う『にーちゃん』とは、満也の実の兄――叶香のもう一人の幼馴染でもある津雲諒のことだ。

 満也の言葉に、叶香はひっかかりを覚える。



「それって、鍵をかけておけばいい話じゃ……?」


「うん、いつもだったらそうなんだけど。ちょっと気になるからって」


「そう……」



 不思議に思うものの、頼まれた満也が納得しているのなら、叶香が深く聞くことでもないだろう。

 そう考えて相槌を打った叶香に、満也は問いを向けてきた。



「ねーちゃんはどしたの? どっか行くの?」


「あ、うん、ちょっと」


「ひとり? 誰かに会いに行くの? 大丈夫?」



 真剣な満也の様子に、叶香は少しばかり情けない気持ちになる。



「〈大丈夫?〉って。子どもじゃないから大丈夫だよ」


「だって、ねーちゃんちょっと危なっかしいから」



 けれど満也は当たり前のことのようにそう言ったので、叶香はちょっとばかり不安になる。

 


「……そんなに? 満也くんに心配されちゃうくらい?」



 叶香の問いに、満也は少しムッとした顔をする。



「おれが心配しちゃダメなの?」


「そうじゃないけど……高校生なのに中学生に心配されるってちょっと……」


「……確かにおれは中学生だけど、成長期が来たらあっという間にねーちゃんなんか追い抜いて、見下ろしてやるんだからな!」


「それは楽しみにしてるけど、それとこれとは別っていうか」


「別ってなんだよー!」



 心外とばかりに満也が地団太を踏む。



「曲がりなりにも年上としての威厳とか面子とか、そういう……?」


「イゲンなんてねーちゃんにあったことないじゃん」



 ずばっと言われて叶香はちょっとショックを受けた。



「そ、そんなはっきり……」


「だってジジツだし。……ねーちゃん、どっか行くとこだったんだろ。急ぎじゃなかった? 大丈夫?」



 気遣うように言われて、叶香ははにかむ。



「あ、ううん……いいよ、久しぶりに満也くんと話せて、嬉しかったし」


「……ったく、ねーちゃんはこれだから……。それならいいや。おれもねーちゃんの顔見れて、話せて、嬉しかったし。じゃあ、ねーちゃん、気を付けてね」



 最初の方は小声で聞こえなかったけれど、叶香はそれに気づかなかった。

 手を振る満也ににこりと笑う。



「うん、またね。満也くん」

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