コール・ライン・コール

空月

第1話

窓を閉め切った部屋に、小さくくぐもった外の喧騒が聞こえてくる。

 そんな部屋の中、ぼんやりとベッドにもたれかかっていた叶香は、突然鳴り響いた電話の着信音にびくりと肩を震わせた。

 携帯の画面を見、それでもなお信じられないような心地になりながら、震える手で通話ボタンを押す。

 当たり前のように繋がった通話に、戸惑いを隠せない声で名前を呼んだ。



「……郁……?」



 そんな叶香の戸惑いなど知ったことじゃないとばかりに、楽しそうな声がそれに応えた。



『ゲームをしよう、叶香』


「……郁、だよね……?」



 確認するように再度名前を呼んだ叶香に、電話の向こうの声は冗談めかしたように言う。



『ひどいな、いくら長年会ってないからって、幼馴染の声を忘れたの?』


「……。忘れて、ないよ。でも、こうやって時々連絡とってたりしない限り、幼染でも声は忘れると思う」



 幾分か落ち着いた叶香がそう言えば、今度は真面目ごかした言葉が返ってくる。



『それは確かに。じゃあ改めて。小学生の時に越して以来顔を合わせてはいないけどそこそこ連絡はとってる幼馴染の郁だけど、ゲームしよう?』


「なんで、ただ〈うん〉って言えばいいだけのところを、そんなに大げさにするの……」


『なんとなく?』



 あっけらかんとした言葉に、叶香はため息をついた。



「……うん、そうだね。郁ってそういうところあるよね……」



 そんな叶香の反応にもめげずに、電話の主――郁は再度誘いをかけてくる。



『それで叶香、ゲームしよう』


「さっきから言ってるけど……ゲームって、どんな?」



 叶香の疑問は当然のものだったけれど、それへの返答はだいぶ奇妙なものだった。



『うーん、なんだろ。宝探しみたいなものかな?』


「私に訊かれても……」



 「ゲームをしよう」と言い出したのは郁なのに、どうして疑問形なのか――叶香は不思議に思ったけれど、郁だから仕方ない、とも思う。そう思うだけの付き合いを重ねてきたので。


 そんな叶香をよそに、郁は楽しげに『ゲーム』の内容を説明し始めた。



『叶香にね、懐かし思い出の場所巡りをしてもらおうと思って』


「……〈懐かし思い出の場所巡り〉?」


『そう。まぁ、思い出の場所を巡るのが目的じゃないんだけどね。結果的に巡ることになるから』



 郁の言葉に叶香は首をひねった。疑問が口をついて出る。



「それのどこがゲームなの?」


『まぁまぁ、そう急かさないで。僕がヒントを出すから、叶香はここかなって思ったところに行って。叶香が正しいところに行けば僕の勝ち。そうじゃなければ、僕の負け、かなぁ』



 ふつう、正しい方を選んだ人間が勝ちではないだろうか。

 またしても叶香は首をひねった。



「……それ、逆じゃないの?」


『それが逆じゃないんだなぁ。最後の場所まで行けば、多分、意味がわかるよ』



 それが当たり前のように郁は言う。彼の意図が読めなくて、叶香は問いを重ねた。



「……どういうこと?」



 けれど、郁はその問いには答えず――優しく叶香の名前を呼んだ。



『ねぇ、叶香』


「……何?」


『――思い出して。気付いて。ちゃんと、ね』



 意味ありげなその言葉に、叶香は何も答えられなかった。

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