(二)



「あ」

 ちいさな、幼い声がした。

 ピクリとネオリアは耳を動かす。

「うさぎだ」

 人が出てきたのか、ちっと舌打ちして声がした方を睨みつける。

 この姿は、自分という存在は、力のないものには見えないはずなのに。

 痛みから体を動かすのも億劫だが、なんとか立ち上がろうとする。

 すると、慌てた声がした。

「おまえ、どうしたの?」

 やはりというか、見えているのだろう話しかけてきた。

 よろりとよろける体を何とか踏ん張っていると、声のする方からがたりと音がして、思わず体が跳ねる。

 見ると、声をかけてきた子供が駆け寄ってくるのが見えた。

「こっち、くるな……」

「てあて、手当てしなきゃ!」

 ネオリアの声など聞きもせず、駆け寄ってくる。

 いつの間にか、雨は止んでいた。

 なんだ、あいつ。

 ネオリアは目を丸くする。あっという間に近寄ってきた、その子供はネオリアを心配そうにのぞき込んできた。

「だいじょうぶ? いたいよね」

「? うるさい、俺に話しかけるな。あっちいけ」

 ネオリアが威嚇のポーズをとるも、子供は一歩も引く気もないらしい。

 こっちへ手を伸ばそうとしてくる。

 ますます、ネオリアは目を丸くした。

(なんだ、こいつ? こわがらない?)

「なんだ、おまえ。どうしておれがみえる?」

「なにが? あれ、言葉、しゃべるの??」

 今度は子供の方が目を丸くした。ことりと小首をかしげるのに、ネオリアは瞳を鋭くした。

「言葉もわかるのか? なんだおまえ、なにものだ」

「おれ? 俺はいづる。有川いづるだよ、お前は?」

「……」

「聞いてきたから、答えたのに。そっちも答えてよ」

 ふてくされた顔した子供、いづるにネオリアはバツが悪くなって視線を逸らしながら答えた。

「ネオリア、ネオリアって呼ばれてる」

「ネオリア? ふぅん、じゃあ、ネオリア!」

 急に嬉しそうに声を弾ませていづるが呼んでくるのに、びくりと体を揺らした。

(べつに、びびってないぞ、俺は)

「な、なんだ」

「手当しよう!」

「いい、人の手なんて……」


 ごめんだ。


 そういったのに。


 何故だろうか、今のネオリアはいづるの手厚い看護を受け(お湯で洗われ、消毒され)てぐったりしていた。傷なんて、なめれば治る。獣的発想はいづるに却下されたのだ。

 おかげでとても痛い思いをした。

 もう二度と、手当なんてするか。心に誓った。

 だが、ごはんはおいしい。

 カミサカがくれるごはんもいいが、ここのにんじんや牛乳もおいしいやさしい味がした。いづるが嬉しそうに、にんじんは近所の人が育ててるんだよと、なぜか自分のことのように誇らしげに話してくる。

 ふうんと相槌を打てば、もう、聞いてるのって怒られる。

 なんだ、こいつ。

 ネオリアはまた目を丸くさせて、いづるを見上げた。

 ただ、出してくれたにんじんも牛乳も、おいしいから許すことにする。

 おとなしく食べだしたネオリアに、いづるは嬉しそうだ。

 (変なガキだ、なんでにこにこしてるんだ)

 ネオリアにはわからなかった。

 そこで、はっとなった。

(おれ、けいかい、わすれてた)

 あんなに走って逃げてきていたのに。

 愕然となる。

 牛乳をぽたぽた口から落とすネオリアに、いづるが慌てたようにタオルで口元を拭くのも気づかなかった。

 穏やかすぎて、あたたかすぎて、警戒という言葉を忘れていた。

 ああ、でも。

 ずっと、このあたたかさに浸ってるわけにはいかないのだ。




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