番外編・ネオリアといづるの出会い

(一)



 そんなのは気まぐれだった。

 ただあの時、あの場所で、どうしてだろうか。

 声をかけられて、心配げに瞳が揺れているのを見たら、警戒心も薄れてしまった。



◇◇◇



「ちくしょう、しくじった」

 泥だらけになりながら、ネオリアは小さな獣姿で雨が降り続ける森の中を走り抜ける。

 今の自分では逃げるのが精いっぱいであった。

 本来の姿なら、力があればこんな無様な姿をさらすこともなかったのに。

 思わず唇をかみしめる。

 頼る者がいない、誰もかれもが敵に見えた。

 ああ、どうして、どうして自分はこんな地べたを這いずり回っているのか。

 「ちっ、ちょっとくらい、ねぐらかせってんだよ。でかいだけの魔獣のくせに」

 どんよりとした雲から、しとしとと降り注ぐ雨粒。

 泥と傷でひどい体には、ジワリとしみる。

 どこかで雨よけしなければと、足を速める。

「……」

 ちょっと、雨宿りに拝借しただけだったのに。

 それが、とんでもない大物の魔獣の巣窟だった。

 だからといって、逃げるネオリアではなく、食いついた。

 負けてたまるかと。

 結果、このざまだ。


「……カミサカのいうこと、きけばよかった」


 今のお前では、どこ行っても負けるよ。


 奴はそう言った。

 そんなことはないと、鼻で笑って外に出た。

 なのに。

 どうだ、この結果は。

「ちくしょう……」

 ゆらゆらと揺れる足取り、そろそろ体も限界が来ていた。

「?」

 ふと続く道が、ある所へ明るく繋がっていた。

 ふんふんと鼻を鳴らして、それが「こちらの世界」ではない「別の世界」だとわかって踏み入れるのに躊躇う。

「……びびってない、おれは、びびってないぞ」

 さっきのあれで少し沈んだ声の自分を打ち消すよう、ふるふると頭をふるう。

「なんだ、ここ」

 そこもまた、空から雨が降っていた。

 しとしと銀のしずくが降り注ぐ世界。

 けれど、なにか、今までいた世界とは違った。

「こんな世界もあるのか」

 ―—外だ。これが。

 はっと目を見開く。

 自分が見てきた魔獣や精霊、魔の力だけが溢れた世界ではない。

 かすかな力が光って灯って、穏やかに世界を照らしている。

 思わず空をを赤い瞳で見上げて、目に入ってきたしずくにごしごしと手でこする。ごわごわした獣の手でこすったからか、目が痛い。

 でも、雨はしみない。 

 やさしく、体を濡らすだけだ。

「……なんだ、力ないやつばっかいやがる」

 でも、いやな、世界ではない。

 穏やかな、静かな世界だ。

 ふらりと歩いた先、大きな大木に出た。

 その先には、民家がある。

 でも、危険は感じない。けれど、警戒は怠らない。

「まあ、いい。少し目をつぶるくらいだ」

 しばらく、ここで雨宿りしよう。

 

 その場所がこれから先のパートナーとの出会いになるとは、つゆほども思わなかった。

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