5・そういうの、私の居ない所でやりなって(2話)
そういうの、私の居ない所でやりなって
彼氏の女友達がウザい。
私は彼とは社会人になってから交際を始めたのだが、高校時代からの付き合いだというその女はやたらと私に「彼のこと、知ってます」マウントを取ってくる。「2年の時の担任が~」とか「同級生の誰々が~」とか、典型的というかテンプレみたいなやつだ。
実際、回避しようと思えばどうとでもできる。デートは基本二人きりで行うものだし、他の人を誘う理由など無い。
けれど、その女…ウザ子(もちろん仮名)はしきりに呑み会を開催しては彼を誘うのだ。そして何故か私もそこに来るように仕向ける。
たぶん、彼と仲良くするところを私に見せつけたいのだと思う。苦々しい表情の私を盗み見ては、内心ほくそ笑んでいるのだと思う。
被害妄想かな、なんて疑う時期はとうに過ぎた。
もう充分なほどに私の不満ポイントは貯まっているし、彼ごと切ってやろうかとさえ考え始めている。
昔馴染みと親交が続くのは良いことだろうが、それが異性なら配慮はあって然るべきではないか。
必要以上に接近しないとか、必要以上に連絡を取らないとか、必要があっても2人きりにならないよう計らうとか。
私の方からウザ子に働きかけて更生させるなんてのは無理だろうし、そんな労力はかけたくない。
ウザ子も嫌だが、何より腹が立っているのは彼の態度である。懐かしい話を振るウザ子に返事をしつつ私をチラと確認するあの顔。私がどんな反応をしているかを窺うあの顔。ウザ子にボディータッチされた時にこちらを見(略)。
ウザ子は私へのマウントで優越感を得て、彼は私の嫉妬心を駆り立てることでそれを得ている。
つまりは、あの2人の目的は一致しているのだ。
なるほど、とそこに気付いて以来、私は奴らの前で感情を出すのをやめた。
「それでさ、あの時生徒会長が校長のマネしてさ」
「あー、あったあった」
「……」
今日も、私は感情殺しを実行中なのである。
本日のメンバーは彼とウザ子、他数名…この人たちは当然、私の友人ではない。
「それ、ひと口ちょーだい」
「いいよ、美味いだろー」
「……」
私はウザ子が彼との親密エピソードに入ると、地蔵の如く薄目になり仄かに笑うに留めることにした。
そしてスマートフォンなどを触って、「聴いてませんけど」アピールをする。もっぱら、メールチェックだったりゲームのフレンド回りだったりで時間を潰すのだ。
「(ログインボーナスゲット)」
彼は素っ気ない私を見て「あれ?」と言いたげな表情になり、ウザ子との会話はチグハグになり噛み合わなくなり尻切れで終わってしまう。
普通の呑み会でこんなことをしていては感じ悪いことこの上ないのだが、私側の親しい人も居ないのだし退屈なのは仕方ない。
だいたい、アウェーなのを庇って溶け込ませるのが本来の彼の役目だろう。
ここのメンバーにどう思われようとも構わないので、好きに振る舞うことにした。
「そういやさ、隣のクラスの~」
「そうかー」
「(無料ガチャ券貰いー。さて、場も白けてるしもう良いかな)」
幼稚な遊びだけど、仕掛けて来たのは向こうなので応戦したまでだ。いい加減に付き合わされるのも怠いからぼちぼち辞める気ではある。
私はスマートフォンを切ってバッグへ収め、
「じゃ、お先に失礼するね」
と千円札をテーブルへ置いた。
私はウーロン茶しか飲んでおらず、料理にも一切口を付けていないから妥当かと思い準備していたのだ。
「え、もう帰んの?」
芯からキョトン顔の彼が久しぶりにまともに私を見る。
この人こんな顔してたっけ、背景にウザ子がいるからか脳が彼の姿を上手く認識できない。まるで初対面みたいな不思議な気分だった。
「うん、知らない話ばっかりされてつまらないしフォローも無いし…あとさ、別れよ。もう連絡して来ないでね」
「はあっ⁉︎なんでだよ!」
彼が慌てて膝を立てるものだから、テーブルに当たってグラスと皿が大きく音をあげる。
友人たちの前で振られそうという恥ずかしさもあるのだろう、彼の目玉はキョロキョロと落ち着かず気持ち悪かった。
「なんで、って…知らない人たちのコミュニティに放り込まれてフォローも無しで、食事が楽しい訳ないじゃん。あんたは橋渡しもしようとしないし、その子と絡んでばっかだし」
「そ、そんなことで」
「だから我慢してたけど、もう無理。私が知らない話題で盛り上がって、疎外感で私がしょんぼりするのが気分良かったんじゃない?こっそりニタニタ笑ってんのが超キモい。他の部分のプラス要素でこのマイナスが打ち消せそうもないし、ストレスで丸ごと嫌いになっちゃった」
このイライラを辛抱できるくらい彼と上手くいっていれば良かったのだろうが、残念ながら二人きりでもそれを補えるほどのトキメキは無くなっていた。
良い意味で慣れて馴染んでいたのに、ウザ子の介入で悪い方向にしか捉えられなくなっていた。ワイルドはガサツ、強引は独りよがり、サプライズは報連相無視のその場しのぎ。
「ご、ごめんて…お前がヤキモチ妬いてくれるのが嬉しくてさ、つい」
「もう妬く気持ちも残ってないから」
「と、友達なんだよ!幼馴染み、」
「うん、だから」
彼は彼で、小ざっぱりした私が感情的に怒ったりするのが新鮮で楽しかったのだろう。告白したのが私からだったから、それだけでもアドバンテージがあったのだろう。
しかし養われているでもなし、軽んじれば逃げて行くと考えが及ばなかったのが敗因か。
何度も説明したことをまた言わねばならないのか、げんなりしてきたところでウザ子が
「まぁまぁ、仕方ないじゃん。うちら昔からの仲なんだもん。トモダチ以上恋人未満、みたいな。あは。いくら恋人でも、トモダチとの仲を引き裂くのは横暴じゃない?」
と悪びれることなく吐いた。
諸悪の根源がよくもいけしゃあしゃあと…その意図的に尖らせている唇にバッグをぶち当ててやりたい。
「(…いかんいかん)」
もう会わないから印象はどうなろうと構わないが、やはり暴行はよろしくない。
そして、私がウザ子を襲うことで彼が「そんなに俺のことを」と勘違いするのもよろしくない。
散々と苦言は呈して来たのに受け入れてくれないその姿勢が無理なのだ、ゆっくり深呼吸して奴らに背を向けた。
「あのね、いくら仲良しと言えども、彼女持ちの男性にベタベタして、それを見せつける行為が無理なの。止めない周りの人も。もしかして貴女、ここの男性全員と関係あるんじゃないの?」
「…‼︎」
おや心当たりがあったのか、背後から反論が返って来ない。
仲良しコミュニティにはありがちなことだ。グループ内に穴兄弟がいるという…それ自体は勝手にどうぞだしお盛んでよろしいと思う。
でも私には無理だ。彼のことを私よりも知った風に語る女がいるとか、事実知っている女が近くに居続けるとか、共有財産のように彼を扱われるとか。
「お、おい!コイツとはただの友達なんだって!」
「だから、私の前で異性の友達とベタベタするのが無理なんですー」
「待てって、」
「仲の良い人同士でどうぞー」
私は追撃に内心ビクつきながらも、座敷を降りて出口へと向かった。
靴を履いたら駅までダッシュ、ホームでは敢えて防犯カメラの下に陣取って電車を待った。
「ふー」
社会人にもなって、子供っぽい仲良しマウントに巻き込まれたのがなんだかダサくて情けない。
しかも負けたのはきっと私なのだ。私はウザ子に、彼との仲良し度で負けた。
でも『試合に負けて勝負に勝った』というやつよ、少なくとも彼には勝てたと思っている。
次の恋はいつになるか分からないが、女友達との距離感を間違えてない人に出逢いたいものだ。
「(本音は、女友達なんていなくて良いんだけどね)」
男女の友情、私にはよく理解できなかった。
・
さて数日後。
彼からメッセージの着信があり、そこには「新しい彼女、作ろっかな~。立候補したい人はいないかな~?』という心底どうでも良いことが書かれていた。
私物の返却等のためにブロックしていなかったから、妙な期待をさせてしまっているのだろう。
「えーと、………おりゃっ」
私は彼の顔写真のアイコンへヘラっと一瞥くれて、さっくりブロックしてやった。
婚約していた訳でもなし、普通に別れただけだ。
責める人がいるならば、私は証人としてウザ子を召喚して交際を続けるのがいかに困難で苦痛か説明だってしてやる。
「そんなに見せつけたいなら、ふたり付き合えば良いのに……あ、見せつける相手がいなきゃ意味無いのかな」
ウザ子にとっては彼はアクセサリーとか子分みたいなものなのかもしれない。
一方で彼は頼られて嬉しがっていた気もするから、脈は完全にゼロではなさそうだ。だから、ふたりが恋愛関係に発展するのも杞憂で済まなかった可能性がある。
それから、2人がどうなったかは知らない。
ただあの後、彼らのグループは空中分解したとメールにちょこっと書かれていたから大喧嘩でもしたのかもしれない。
彼氏を作るのに、交友関係まで洗ってからなんて現実的じゃない。友人が多過ぎても心配だけど、全くいないのもおかしいと思う。
「難しいなぁ」
手強い女友達がいたとしても、彼氏のことを愛していたらちゃんと乗り越えられるのかもしれない。
疑いがあっても、愛情でカバーできれば「奪われない」と自信を持っていられるし。
それが出来なかったのは…「なにくそ」と踏ん張るよりも「うわぁ、なにコイツら…」という幻滅が先に来てしまったからなのか。
とりあえず、友人ぐるみの付き合いを強要してくる男は御免だなと…次の出逢いに期待する私なのであった。
おわり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます