第7番 気持ちを傾かせる助言
「桐姫様が……転生している?」
散花が告げた言葉を、僕は復唱した。
思考は即座にそのことで占有された。
再開の約束は交わしたものの、もう二度と会うことは叶わないと思っていた最愛の相手。
彼女に再び会うことができる。
言葉を交えることができる。
共に時を過ごすことができる。
思考がそれを理解し、心に歓喜が広がり、胸の内を満たす直前。
「いやいや」
僕は我に返り首を左右に振った。
「何を馬鹿なことを言っているんだ。転生なんて……そんな非現実的なこと、起こりうるわけが──」
「これは嘘じゃないよ。私はこれまでに一度たりとも嘘をついたことがないからね」
「それ自体が既に嘘のように思えるけど……なんでそんなことがわかる?」
「あの子と私は心で通じ合っているから、と言ったら信じるかな?」
「全く」
「だろうね。まぁ、何事にも理由を求めるのが人間の性だし、知りたがるのも仕方ない。けど、これについてはわからなくていいよ。その時が来れば、いずれわかることさ」
「??」
益々理解ができず、僕は首を傾げた。
その時が来ればって……いつのことだよ。というかさっきから、質問に対する答えが理解できないものばかりだ。もっとこちらに伝わるように答えてほしいのだけど。
文句は沢山ある。
だが、僕はその全てを呑み込み、話を進めた。
「桐姫様の転生が本当だったとしたら……君が僕にそれを伝えに来たのは、僕と彼女が再会の約束をしているからか? 彼女の下に、僕を連れていくため?」
「察しが良くて助かるよ。けど、連れていくためというわけではない」
散花は空の三日月を指さした。
「私の目的はあくまでも助言だ。夜を照らし人々に道を示す月のように、君に進むべき道を示すことだけ。そこに強制力は働かない」
「助言ね……なら、それをくれないか。僕は桐姫様と再会するためなら、何だってする」
僕が言うと、散花は意外そうな顔をした。
「もう信じるの? さっきまで桐姫の転生を疑っていたのに」
「君は誰も知らないはずの僕と桐姫様の約束を知っていた。どうやって知ったのかはわからないけど、それだけで君の話は聞く価値があると判断したんだ。態々僕に嘘を吐くためにここまで来るようにも思えない」
「信じてくれるのは嬉しいね。……けど」
「ん──っ?」
不意に、散花は僕の唇に人差し指を当てた。
何を?
尋ねる前に、彼女は弟を叱る姉のような口調と表情で言った。
「そう簡単に何でもするとか、言わないほうがいいよ。助言の代わりに寿命を半分貰うとか、私がそんなことを言ったらどうするつもりだったのさ」
「構わないよ。桐姫様に会うためなら、喜んで差し出すさ」
「……聞いてた通りの子に育ったね」
意味深に呟き、笑った散花は数秒の沈黙を挟んだ後、結んでいた口を開いた。
「先に言っておくけど、桐姫との再会は簡単じゃないからね」
「最初から簡単に再会できるとは思っていないよ。で、何をすればいい?」
「──成り上がるんだ」
散花が人差し指を上に向けて告げた言葉を、僕は目を丸くしながら復唱した。
「成り上がる?」
「そう。君はさっき、
「本当に、何処から情報を仕入れて……」
地獄耳、千里眼。
散花がそんな超能力を持っていたとしても、僕は驚かない。
いや寧ろ、そんな力を持っていないと説明がつかない。
本当に何者なんだ、この子は……?
「はい。私の素性が気になるのはわかるけど、今は集中して」
「勝手に僕の思考を読まないでよ」
「顔に出過ぎだ。考えていることが、手に取るようにわかるよ……それはおいといて」
散花は続けた。
「第一位になると、幾つかの特権が与えられる。その内の一つが、嘆願の権利。簡単に言えば、要望を帝に直接伝えることができるというわけだ。桐姫と再会するなら、その特権を使うんだね。第二皇女に自分の世界を披露させてほしい、って」
「それ以外には方法がないんだね?」
「ない」
「そっか、なるほどね。簡単ではないけど、単純でわかりやすい……けど」
僕は疑問を口にした。
「位決めの儀に参加できるのは、確か名家の代表者。僕は双命家の人間じゃないから、参加することはできないんじゃ?」
「その点に関しては問題ないよ。そもそも、位決めの儀は一人ではなくて、二人で参加するものだから。どちらか片方が、血統を受け継いでいればいい」
「……え?」
予想外の規定。
事前には知らされなかった追加情報について、僕は散花に詳細を求めた。
「俊陰様には、そんなこと言われなかったんだけど……?」
「伝え忘れていただけだと思うよ。彼、彗明君に頼みを聞いてもらうために必死だったから」
「……ちなみに、位決めの儀が始まるのはいつから?」
「初代帝の生誕日である、七月七日。その日から十一ヵ月間、月に一度の頻度で他家の奏世師と戦うことになる。順位は勝率で決まるよ」
「あと三ヵ月もないってことか」
思わず頭を抱えた。
桐姫様との再会のためには、落葉と共に位決めの儀に参加し、第一位にならなくてはいけないことは理解している。
けど、不可能だ。
まだ基礎しか習得できていない少女を三ヵ月足らずで一流の奏世師に育て上げるなんて、できやしない。ただでさえ、僕は指導経験なんてないんだから……。
「ちなみに、他家の奏世師は全員が相当な実力者だよ? 流石に君を凌駕する者はいないけど、それでも、他国なら容易に頂点を取ることができるほどの」
「余計に頭を抱えたくなる追加情報をありがとう」
「どういたしまして♪」
僕の皮肉をさらっと躱した散花に苦笑し、僕は頭を左右に振った。
「なんでもやるとは言ったけど、これは流石に無理だ。僕に落葉を指導することはできない」
「なんで?」
「知ってるだろ? 僕たちの神奏楽器は違う。落葉は琴で、僕は琵琶。指導なんてできない」
僕が落葉を指導することを悩んでいる最大の理由だ。
同じ楽器と言えども、勝手は全く違う。僕は琴を扱った経験がない。
刀の達人が、弓を教えるようなものだ。
同じ戦いに用いる技だが、必要な技術は全く違う。上手くいくとは、到底思えない。
「例え彼女に才能があっても、彼女が金剛石の原石であるとしても、僕にはそれを磨くことができない。折角の才能を無駄にするだけだ」
「やる前から無理なんて言うもんじゃないよ」
「失敗することが目に見えているから言っているんだよ。信頼もない、楽器も違う、時間もない、経験もない。今の僕では──」
「できない理由ばかり並べてみっともないよ、彗明君」
僕が連ねた否定の言葉を遮り、散花は固めた拳でトン、と僕の胸を軽く叩いた。
「君の眼は何のために前についているんだい。後ろばかり見るな。信頼ならこれから築け。楽器が異なるなら君も勉強しろ。時間がないならその分濃密な鍛錬を繰り返せ。誰だって最初は初心者だ。できない想像じゃなくて、できる想像をしなさい」
彗明君。
名を呼び、散花は僕の頬を両手で挟み込み、とても優しい、柔和な笑みを浮かべて言った。
「君は世界最高とすら評された奏世師だ。だったら格好悪い言い訳ばかり並べてないで──迷える乙女の一人くらい、救って導いてあげなよ」
「……」
無意識に、僕は肩越しに振り返った。
視線を向けた方角には、落葉が一人で鍛錬を行っていた屋敷の部屋がある。
記憶に刻まれた音色が脳内に響いた。
不運にも母を亡くし、未来のために必要な一切を継承されず、指導者にも恵まれず、それでも諦めることなく一人孤独に努力を積み重ねる少女が奏でた音色が。
なれるのか。務まるのか。
僕に、彼女を導く役目が。
答えが齎されることのない疑問を胸中で何度も反芻し、僕は視線を固定したまま沈黙した──すると。
「待ってるからね、愛しい子たち」
「……?」
囁くような散花の言葉に、僕は再び彼女のほうへと顔を向ける。
だが──眼前には誰もいなかった。
今しがたまでいたはずの散花の姿も、痕跡も、何も残っていない。
彼女は忽然と姿を消してしまった。
その行方は、誰も知らない。
「……僕が師匠に、か」
一人のなった僕は、冷えた夜空を見上げて呟いた。
気持ちはかなり傾いたが……まだ、決心はついていない。
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