第4番 どうやら想像以上に流されたらしい

 殺される。

 俊陰としかげ様が告げた物騒極まりない忠告に、僕は唖然として聞き返した。


「名乗ったら殺されるって……どういうことですか?」


「そのままの意味だ。他の者に、君が外国から来たことが露見すると、問答無用で死罪になる」


「ど、どうして……?」


「そういう法が制定されたからだ」


 結論を告げ、俊陰様は次に理由を説明した。


「この国は今、鎖国政策を取っているのだ。少し前に外国から危険な宗教が入り、色々と大変なことが起きてな。問題を起こした者たちは皆処刑されたが……開国したままでは根本的な解決にならないとのことで、帝が鎖国に踏み切った。異国の者は誰であろうと例外なく、見つかれば排除される」


「鎖国って……あの、ここは一体どこなんですか?」


 自分の居場所。現在地。知りたかった情報を求める。

 鎖国をしている国なんて聞いたことがない。ここは何処だ? 一体僕は、何処まで流されてしまったんだ?


 僕の質問に、俊陰様はすぐに答えた。


「ここは──三日月ノ国みかづきのくにだ」


「………………………………え?」


 長い、とても長い沈黙を挟み、僕は困惑の声を零した。

 現実を受け止め切れていない、素っ頓狂な声を。


「三日月ノ国?」


 思考を停止し、今しがた伝えられた国名を復唱する。

 三日月ノ国。

 それって、確か……。


「滅茶苦茶遠い国、ですよね」


「君の祖国である陽円ノ国からは船で四十日といったところだろうか」


「え、僕はそんなところまで流されたってことですか……いや、でもおかしい。飲まず食わずでそんな期間を生きていられるわけがない。今日の日付は?」


「四月七日だ」


「……僕が大嵐に巻き込まれて漂流したのは、四月四日です」


 あり得ない。

 船で四十日かかる国に、たったの三日で辿り着くなんて絶対に不可能だ。


 一体何がどうなっている? 

 混乱し、困惑していると、俊陰様が僕に尋ねた。


「君が乗っていた船が沈没したのは、どの辺りだ?」


「えっと、陽円ノ国と低麗ノ国の、丁度中間地点です」


「であれば、恐らく君は大黒潮に乗ったのだろう」


「大黒潮?」


 聞き慣れない名前だった。


「それは?」


「海流の名前だ。とてつもない流れの激流で、それに乗れば三日でこの国に流れ着いたことも説明がつく。大黒潮はあまりにも潮の流れが速いため、海の生物に襲われることもない。まぁ、普通に考えれば途中で溺れ死ぬことになるが……そこは奇跡としか言えないな」


「そ、そんな海流があるんですね」


「知らないのも無理はない。頻繁に海に出る漁師などには、よく知られているがな」


「へぇ……あ」


 そこであることを思い出し、僕は俊陰様に尋ねる。


「あの、俊陰様。僕以外にも漂着した者はおりませんでしたか?」


「いや、君以外にはいなかったようだが」


「そう、ですか……」


 残酷な現実に、僕は肩を落として俯いた。

 希望は打ち砕かれた。そりゃあ、そうだ。僕一人が生きて陸に上がれただけでも、とてつもないほどの奇跡。他にも漂着者がいる確率は限りなく零に近い。


 あの船に乗っていた者は、僕を除いて全員溺死した。

 理解するのは簡単だけど、受け止めるのは難しい。仲が良かった者も多くいた。気落ちするし、悲しいし、心にぽっかりと穴も空く。同時に、自分だけ生き残ったことへの罪悪感も覚えた。

 しかも。


「帰るのは難しそうですね」


 近場なら小舟で数日かければ何とかなるかとも思ったが、船で四十日かかる距離だ。帰国は現実的ではない。そんな航海ができる船を調達できるわけもないし。


 さて、僕はこれからどうするべきか。

 帰ることもできない。生活の当てもない。

 お先真っ暗とは、まさにこのことか……と。


「彗明君」


 俊陰様が僕を呼んだ。


「一つ、提案がある」


「提案ですか?」


「あぁ。見知らぬ国に流れ着いた君は今、生活に必要な全てを持ち合わせていない状況だろう? 一人で生きていくことが難しいのが、現状だ」


「まぁ、はい。仰る通りですね」


「そこでだ」


 俊陰様は、その提案の内容を告げた。


「今後、君の生活は私が──我が双命家が保証する。衣食住だけではない。世話係もつけ、君の生活を補助しよう」


「え……いやいや」


 僕は首を左右に振った。


「とてもありがたい申し出ではありますが、御受けすることはできませんよ。迷惑をかけることになります」


「経済面については問題ない。我が家は三日月ノ国に十二家存在する名家の一つ。一人増えたところで、大した負担にはならない」


「ですが……」


「無論、何の対価もなしというわけではないのだ」


「対価、ですか」


 僕は身構えた。

 名家……つまりは権力者、貴族ということだ。


 僕に何を求めるつもりだろう。お抱えの奏者になることだろうか。この際、それもありだろう。これまでは陽円ノ国の帝に仕えているからと全ての勧誘を断ってきたが、流石に今はそんなこと言ってられない。

 自分の芸で衣食住が得られるのであれば、活用するべきだろう。


「僕に、何をお求めになるのでしょうか」


「それはだな──」


 僕が尋ねると、俊陰様は一度言葉を止め、部屋の入口へと視線を向けた。

 先ほど、落葉が退室した襖を。


 そして数秒後。

 襖から僕へと視線を戻した俊陰様は、僕に求める対価を告げた。


「娘に、落葉に──唄を教えて欲しい」

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