第二章 珊瑚礁の檻より此方へと

・脳筋皇女殿下御一行 魔の山に挑む

7月25日――


 俺たちは今、樹海にいた……。

 今頃は珊瑚礁映えるリゾート地、コーラルスフィアでさんさんと降り注ぐ太陽の下でバカンスとしゃれ込んでいたはずなのに、どうしてこうなった……?


 俺たちはかれこれ3時間もこの険しい樹海を歩き続けている。

 先頭、元気はつらつミシェーラ皇女。真ん中、余裕の鼻歌交じりのメメさん。最後尾、絶賛テンションダダ下がり中の俺。


 暗い、蒸し暑い、虫だらけ、蛇だらけ、逆だらけ、草木の汁で手足がベタベタする!

 それにそもそも! ここは! 道じゃねぇ! ああ、もう嫌だ!

 

 どうして俺はあの時、この狂戦士バーサーカー系皇女に待ったをかけなかったのか。俺は彼女の気まぐれに付き合ったことに激しく後悔していた!


 それはさかのぼること5時間前。早朝7時にミシェーラ皇女の寮室を訪ねた時のことだった。

 あ、回想、入ります。



 ・



 最初に彼女はこう言った。


「ヴァー様、わたくし昨晩にメメと話し合ったのですが……どうも味気なくはございませんか?」


「……ん、何がだ?」


「気まぐれな姫様はプランの変更をご希望でしゅ」


「はいっ、これでは簡単すぎるとか思います! もっと、難しい方がいいと思いませんかっ!?」


 イージーモードはつまらない。せっかくだからわたくしはこっちのハードモードを選ぶぜ、と。


「いや、話が、全く見えないんだが……?」


「要するにでしゅね、ヴァレリーの壁抜けはどこに行くにも楽ちんでしゅが、一瞬で着いちゃったらつまらない、と姫様はおっしゃっているのでしゅ」


「ああ、じゃあ、馬車にするのか……?」


 そう聞くと、ミシェーラ皇女は桃色の髪を揺らして首を左右に振る。


「壁抜けでの移動は、目的地の手前までにいたしませんか? せっかくなのですから、わたくしはこの足であの町を訪れてみたいのです!」


「ええー……それ、かったるくねぇ……?」


「そうですか……? わたくしは、絶対に楽しいと思ったのですが……。ダメですか……?」


 悲しそうに俺の推しキャラ・ミシェーラ皇女が視線を落とす。その隣で、メメさんが物言わぬジト目でこちらを睨んでいた。

 ここで断っても、姫様至上主義のメメさんが譲らない。


「……じゃあこうしよう。手前の町に壁抜けできそうだったら、ミシェーラのプラン。見つからないなら味気ない直通のプラン。成り行き任せでいこう」


「まあっ、成り行き任せ! なんて素敵な言葉でしょう!」


「はいでしゅ! では姫様っ、成り行き任せのバカンスに! 出発でしゅ!」


 盛り上がる2人の前で俺は内心ほくそ笑んだ。そう都合よく、ちょうどいい距離に壁抜けポイントがあるはずがない。

 このバカンスは道中を豪快ショートカットした、日帰りすら余裕の旅となる。


「じゃ、行くか!」


「はいっ、いつもお世話になります!」


 ミシェーラ皇女の手を引き、寮の壁の前に立つと、彼女を世界の裏側へと押し込んだ。


「姫様の水着、かわいいでしゅから期待しておくでしゅよ?」


「マジで? でも俺、メメさんの水着も楽しみだ」


「気持ちは受け取っておくでしゅが、ヴァレリーは姫様だけ見ていればそれでいいでしゅ」


 続けて小柄なメメさんをあちらの世界に押し込んで、俺は【ドラゴンズティアラ第二章 コーラルスフィア編】を始めた。



 ・



 それから世界の裏側を30分ほど南西に歩いた。光だけが差し込む暗闇の世界を少しの冒険心を胸にただそれだけ歩けば、馬車で2日の距離にある珊瑚礁の町コーラルスフィアにたどり着ける。


 心地よい潮風、さざめく波音。リゾート気分の浮かれた観光客だらけのお祭りみたいな町に、30分で行ける――はずだった。


 はずだったのにその道中で、俺はまたもや追加マップを見つけてしまった。

 そこはコーラルスフィアから見て、険しい山岳をはさんだ反対側にある、樹海型のダンジョンだった。


 30分前にこうすると約束してしまった手前、拒否することも叶わず、俺はダンジョンの体をなしていないただの密林地帯を踏みしめていた。


「ふふっ、わたくし決めました! このまままっすぐ進んで、この深い山を越えましょう!」


「…………は、い……?」


 まっすぐと言われても道がない。どこまでも続く道なき密林。山頂がうかがい知れぬ怪しいその山を、ミシェーラ皇女は直進したいとおっしゃった。


「姫様、ヴァレリーがドン引きしてるでしゅよ?」


「あら、どうしてですか、メメ? こんなに楽しそうな魔境なのに!」


「あい、メメも思うところがごじゃいましゅが、姫様が行かれる道がメメの道でごじゃりましゅ。そこに道があろうとなかろうと、全部同じことでしゅ」


「同じじゃねーよっ、道なき道は道って言わねーんだよっ!?」


 この山岳の密林を越えれば、地図上は向こう側にある目的地、美しき珊瑚礁の町コーラルスフィアにたどり着ける。

 峠さえ越えてしまえば、エモい最高の絶景が俺たちを待っているだろう。……無事、何事もなくたどり着ければ。


「さあ、参りましょう! この試練を越えた先に、わたくしたちの一夏のバカンスが待っているのです!」


「なんで試練とバカンスがセットなんだよ……。これ根本的におかしいだろ……」


 俺たちは樹海ダンジョン【虎の牙】に踏み行った。

 先頭ミシェーラ皇女は蛇が現れれば蛇を斬り、熊が現れれば熊を斬り、魔物が現れればそれこそ嬉々として魔物に襲いかかった。


「これじゃどっちが魔物かわかんねーわ……」


「あっ、ヴァー様っ、よろしければ前を交代いたしましょうか!?」


「あ、お構いなく……」


 俺の出番はなかったし、欲しくもなかった。

 とにかく元気なミシェーラ皇女の野生の勘に従ってゆけば大丈夫だろう。俺は後衛の魔術師としてときおり支援をしつつ、果てしない樹海ダンジョンを進んでいった。



 ・



かくして3時間後――


 そして、現在に至る……。

 皇族様に野生の勘なんてなかったよ……。

 俺たちは崖にぶち当たるたびに右に左に迂回して、なんかもう自分たちがどこにいるのかわけわからなくなっていた……。


「これ、提案なんだけどさ……」


「はいっ、楽しいですね、遭難!」


 楽しくねーよっ、もう帰りたいよ、俺!


「キューちゃん呼ばない?」


 キューちゃんこの飛竜キュートを召喚すれば、山岳の向こうのコーラルスフィアまで一っ飛び!

 ダンジョンと呼ぶのもおこがましいこのクソマップ・オブ・ザ・クソマップと、俺は一刻も早くおさらばしたい気分だった。


「はい、嫌です! せっかくここまできたのですから、遭難覚悟で参りましょう!」


「いやもう遭難してるからなっ、これっ?!」


「ヴァー様は大げさです。とにかく高いところに行けば、珊瑚礁の町が見えるはずです!」


「樹海に埋もれて見えないんじゃないか……?」


「その時はもっと高いところに登ればいいのです!」


「どういう理屈だよ……。ま、うだうだ言っててもしょうがねぇ、ここまできたら、やるしかないか」


 俺たちは樹海を進んだ。腐ってもそこはダンジョン。草を薙いだ先に宝箱が落ちていたりして、ちょっとした収穫もあった。

 なんでかバグフラグメントも落ちていた。モンスター錬成したいやつもいたので、ちょうどよかった。


 雑多なので具体的に何を手に入れたかは後述する。

 俺たちはとにかく高いところから、さらに高いところへ登っていった。


「ふぅ、ふぅ……さすがに険しいですね」


「ヴァレリーッ、上を向いたら蹴り落とすでしゅよっ! メメのはいいでしゅけど、姫様のパンツ見たら死刑でしゅ!」


 そう、それはもはや『上る』ではなく『登る』だったのである。

 我らが探検隊がリーダー、ミシェーラ皇女は決断した。『崖しかないなら崖を登ればいいのよー!』理論を繰り出し、ドン引きする俺の真上でフリークライミングを始めた……。


「最初からこうしていればよかったですね、メメ」


「はいでしゅ。さすが姫様、冴えてますでしゅ」


「アホかお前らーっっ!! グハッッ?!!」


「姫様っ、ヴァレリーが姫様のパンツ見たでしゅ!」


 メメさんは黒、ミシェーラ皇女は薄ピンクだった。何がって、そりゃ当然パンツの色が。

 メメさんの鋭い蹴りに危うく滑落しするところだった。


「あっっ!! 2人ともっ、早く上がってきて下さいっ!! やりましたっ、わたくしたちっ、ついにやりましたよっ!!」


「見えたでしゅかっ、姫様っ!?」


 どうやらやっとらしい……。

 俺はメメさんの背伸びした黒パンツをじっくりと凝視しつつ、彼女に続いて崖の上にはい上がった。


 すると、まあ、確かに、ちょっとだけ……。

 ミシェーラ皇女の酔狂に粋なものを感じてしまった。


「うーーみーーーっっ!! なのですよーっ、ヴァレリー!」


「直感任せに登ってまいりましたが、なんとかなるものですねっ! ああっ、なんと美しい景観でしょう……! この壮大な風景を眺めた人間は、わたくしたちが初めてかもしれません!」


 俺たちは槍のように突き出た山頂にたどり着いていた。

 そこまでくると樹木も低木ばかりとなり、空や視界をおおうものはどこにもない。


 真夏のまぶしい日差しが辺りに降り注ぎ、彼方に広大な海と、珊瑚礁の町と、その近隣にある孤島をありありと浮かび上がらせていた。


 日本人の憧れ、碧い南国の珊瑚礁。その手前に、サイコーに楽しそうな白亜の観光地が広がっていた!


「さあ参りましょう! ここからはキューちゃんの翼をお借りして、一気に観光地強襲といたしましょう!」


「おう、それはなかなか悪くないかもな! ……サモン・キューちゃんっっ、ライトニングドラゴン形態っっ!!」


 山岳の頂上で竜を召喚して、俺はその背にまたがった。メメさんはその後ろ、ミシェーラ皇女は竜の足にしがみついてのエクストリームプレイを希望した。

 はっきりわかんだよね……この姫さんがモノホンのバーサーカーだって……。


「よろしくお願いします、キューちゃんさんっ!」


「ヴァレリーが下がよかったでしゅ」


「死ぬわボケッッ!」


 翼を羽ばたかせてキューちゃんは垂直着陸気のように浮上する。そして――


「ギュルルゥゥゥーーッッ♪♪」


 それはもうご機嫌の鳴き声を上げて、町の襲撃を決めたドラゴンのように珊瑚礁の町へと降下していったという……。


「メメの言った通り、姫様が正しかったでしゅ。壁抜けで一瞬の旅をしてたら、こういうのは楽しめなかったでしゅよ、ヴァレリー?」


「お、おう……」


 男の腰に両手を回してくっついてくるメメさんに、いやより具体的に言うとメメさんのおっぱいに夢中で、スリリングな滑空を楽しみ切れなかったとは本人に言えない。


 こんなにかわいい女の子2人とバカンス。ああ、主人公に成り代わって本当によかった……。


「うふふふふっ、見て見て、メメーッ! 片手放しーっ!」


「それはさすがに死ぬでしゅよ、姫様」


 天翔る竜の足に片手で捕まる彼女を見下ろすと、やっぱりこの子たちは敵わないと思った。

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