・カテドラルの遺産 悪役令息に盗まれる
本校舎1階男子トイレは無人だった。
何せここは最前線。防衛ラインとして決定した、エントランスホールの隣にある。
「抜けれた! ふふ、やれば出来るものねっ! ……あら?」
「ようミシェーラ、やるようになったな」
「こ、ここ…………ひっ、ひゃぁっっ?!」
姫君は室内に小便器を発見して両手で口を塞いだ。
「すまん、ここが一番近かったんだ」
騒いだのがいけなかったのか、ゴブリンタイプが男子トイレに進入して来た。
正式名称・アビスゴブリン(相手にならない雑魚)をマジックレーザーでバラバラにした。
「ご希望の最前線だ。少し臭いが、文句あるか?」
「ううっ、ヴァー様、私にも一応、皇女としての立場があるのです……」
「普段あんだけ好き放題暴れておいて、よく言う」
「それとこれは別です……っ、もーっ!」
恨むように、いやすねるようにミシェーラ皇女が俺を見た。
「俺は武器防具をこちらに運び込む。皇女様とメメさんは血路を開き、コイツを前線に届けてくれ。ここに入りきらない分は、屋上と『2-B』に分散させて運んでおく」
要求だけして裏世界に戻ると、メメさんに蹴られた。
「早く入れるでしゅっ!! 姫様に恥をかかせるわけにはいかぬでごじゃりましゅよっ!!」
上からのぞいていたようだ。
「悪ぃな、助かるぜ、メメさん」
「ホントクソ男でしゅっっ!!」
裏世界に戻ると、運搬を始める前に俺は走った。
行き先はちょっと先にある俺の住まい。そこにある謎の柱に、時間を加速させたり止めることの出来るレバーがある。
「『ストップ・ザ・ワールドッッ!!』ってな」
それを使って時間を止めた。
止めると、心の余裕が生まれてか笑いがこみ上げて来た。
「これ、デバッグしてた開発者が残した、デバッグコマンドのトリガーかなんかなんだろうな。これ消し忘れるとか、横着なやつだ」
時の止まった世界で、余裕しゃくしゃくで武器を男子トイレに運んだ。
向こう側の世界から見たら、トイレの壁から武器防具の詰まった木箱が雪崩のように飛び出して来るように見えるのだろうか。
時を進めては止めて、向こう側の様子をうかがいなら本校舎に武器と防具を送り込んだ。
「武器を持っていない生徒は、『屋上』か『2-D前廊下』に向かい、急ぎ武装して下さい!! 僕らのリーダー・ヴァレリウスが転送魔法で装備を届けてくれましたっ!!」
向こうの世界ではジェードがそうふれ回ってくれていた。
正面昇降口の防衛線は今のところ安定している。
運び込まれた武器で1年生たちが立ち上がり、2年生と協力して生き抜く姿を見届けたかったのだが……。
そうもいかない。本編シナリオではこの後、襲撃が激化することになる。
時計の針が早まったこの世界では、今すぐにでもそれが起きる可能性がある。……そう見ておくべきだった。
「【月光疾風剣】っっ!! ふふんっ、他愛ない雑魚どもね! あたしとミシェーラが前線を張れば、ここを抜ける敵なんてどこにもいないわっ!」
【月光疾風剣】。完全回避50%の補正とHP吸収効果がかかる、格上相手の時間稼ぎに最適な戦技だ。初期レベルのシャーロットでは使えない。
「はい、私たち良い剣のライバルになれそう。……ヴァー様はお譲りできませんが」
「な、何よっ、あんなやつどうでもいいわよっ! すぐエッチな目で見てくるし、サイテーの男よっ!」
「メメもそう思うでごじゃります! 姫様にした仕打ちっ、後でキッチリあばら骨で払わせてやるでごじゃりますよっ!!」
まあ今のところ安定しているので、防衛線の決壊はないだろう……。
「怪我をされた方は私たちのところにどうぞ! 腕、取れちゃっても、私くっつけられますからっ!」
「いやぁぁー?! 先生そういうのダメぇーっ、吐いちゃう、絶対吐いちゃうぅーっ!」
回復担当の中心はコルリとアルミ先生。ヘタレのアルミ先生が本気を出せば、強敵も術で吹き飛ばせる。
「じゃ、例のやつ取ってくるわ」
出発前に後ろで指揮をするジェードにひと声かけた。
「うん、気を付けて。ちょっとズルっぽい気もするけど、そんなの今更ですよね……?」
「こんな戦いにフェアプレイも何もないさ。……念のため警戒よろしくな。どこでどうシナリオが変わるかもわからん」
「任せて。死傷者ゼロ、それをヴァレリー師匠が望むなら、僕は望みを叶えます。主人公を支えるヒロインとして」
「だから、おめー、男だろが……っ」
「新たな扉を開きましょうよ! 僕、中身は女の子だから全然大丈夫ですよっ!」
「意味わからんこと言って人を撹乱するなっ!!」
とにかく前線は頼れる2年生に任せて、俺は別行動だ。
俺はもう1つの奥の手を取りに、再びカテドラルに戻った。
・
カテドラルの武器庫に戻ると、さらにその奥にある壁に触れた。
「職員権限により封印を解除する」
先ほどと同じことをすると、壁は両開きの大扉に変化した。
重い両扉を開き、真っ暗闇の内部にライトボールの魔法を送り込む。
光は秘密の地下格納庫を暴き、そこに隠された5体の軍用魔法兵を映し出した。
型番【FM9-Rp】。旧世代型の軍用魔法兵を最新式に改修しつつ、迷宮での活動のためにスリム化させた機体だ。
「職員権限によりロックを解除する。緊急事態モードで稼働せよ、【FM9-Rp】」
命じると魔法兵の目が赤く光り、メンテナンス機器が機体の拘束を解いた。
実家では敵として戦うことになった男のロマン兵器が今、俺、ヴァレリウスを囲み、ひざまずく。
「スキャン完了……緊急事態モードを承認。職員ガラント、ご命令を」
ガラントというのは装身具の持ち主だ。もうこの世にはいない。
「俺はヴァレリウス・ヴァイシュタイン。ガラント先生の代理でお前たちを起動した。これより我々は地上に出る。魔法学院・東回廊をたどり、敵を殲滅しながら正門側の中央昇降口に向かい、本校舎へと入る。生死の危機にある生徒を守るためだ」
「緊急事態により、権限の移譲を承認。これより我らは、ヴァレリウス様のご命令を忠実に遂行いたします」
「助かるぜ、魔改造機」
軍用魔法兵【FM9-Rp】が動き出した。
どの機体も双剣タイプで、迷宮での活動のために背面部に
俺は魔法兵の行進の先頭を進み、さっき拝借した片手杖、シルバーセプターを肩にかける。
左手には軽盾メタルガーダーを装備して、武器庫を出て、スロープ道を駆け上がった。
魔法兵はスラスターを駆使して跳ねながら、俺の背中を追って来た。
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