・大狼マーナガルム モンスター錬成される

 告発劇。主人公転入。登山での負けイベントの破壊。これら3つの出来事はヴァレリウスの生活を大きく変えた。


 コルリ。ジェード。シャーロットという名のクラスメイトは、放課後を裏世界に引きこもって暮らしていた俺を現実世界に引きずり出した。


 座学をのぞけば、ここでは全てが選択式の授業となっている。

 俺が俺の決めたチャート通りに教練を選択すると、わざわざ友人たちがその予定に合わせて教練に参加してくれるようになった。

 

「アンタ、ほんと鈍くさいわね! そんな身のこなしで前に立ったら、モンスターにかじられてすぐ死んじゃうんだからねっ!」


 特にシャーロットとジェードが積極的に予定を重ねてくれた。

 万能型のミシェーラ皇女は教練となると忙しく、メメさんも侍女としてそれに従うので、2人との接点はそう多くない。


「わ、私……ヴァレリウスさんのお力になれて、嬉しいです……。言って下さればなんでもしますから、なんでも、言って下さいね……?」


 健全な18歳男子ヴァレリウスは、男性恐怖症の女性のかいがいしい姿に、ムラッと来てしまうこともあった。

 お願いすれば彼女は拒まないだろう。


 しかし原作に存在する狂気の17股ハーレムルートは、ほぼバッドエンドのようなものだった。

 いや、あれは総ヤンデレエンドと呼んだ方が正しいか。俺はあんな悲惨な結末をたどりたくない。


 まあともかく。戦士としての成長、魔術師としての成長、友情の発展、初夏の訪れ。様々な実感を画面ではなく肌で感じ取りながら、充実した日々が過ぎ去っていった。


 それからまた時が流れて、6月1日。

 先日の奉仕作業の日に地下水路で【バグ・フラグメント】を回収する機会に恵まれたこともあり、ミシェーラ皇女とメメさんを裏世界へと招いた。


 ちなみに地下水路では白いワニとの小規模な戦闘があったが、俺と俺が育てたジェードが手を組めば瞬殺だった。


「なんでごじゃりますか、最近モテモテのヴァイシュタイン卿」


「ごめんなさい、この子、最近ヴァー様にかまってもらえなくてすねてるのよ」


「言っておくでしゅが、ヴァレリーはメメのオモチャでしゅ。ゆめゆめ忘れるなかれでごじゃります」


 不機嫌なメメさんに銀色の石を見せた。

 それにアイデンティファイをかけると、マーナガルムの核の詳細が2人の前に表示された。


「まあ、楽しそうっ! これってつまりっ、そういうお誘いだってことっ!?」


「作るでしゅかっ、でっかいわんわんをっ!?」


「私以前っ、ある富豪のお庭にお邪魔したことがあるのですがっ! そこでは真っ白で大きな犬が飼われておりましてっ!」


「あいあいっ、あれはいいものでごじゃりました! 創るでしゅっ、創れでしゅっ、早くするでしゅこのプリティ・テイマーが!!」


「その変な造語止めろ……」


 メメさんの手からマーナガルムの核が返って来た。

 それを俺は裏世界の漆黒の床に置き、ポケットから触媒となる物を出した。


 ちなみにポケットの主とミニドラゴンは、いつものこの時間ならば敷地の外れで犬猫とじゃれ合っている頃だ。


 モンスター錬成開始前にもう一度鑑定魔法をかけた。


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【名称】バグ・フラグメント

【区分】武器・メイス

【効果】斬:0 薙:3 刺:10

【解説】アンフィス王国宮廷仕様

    金メッキされた黄金のプランジャー

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 どう見てもネタ武器です。

 本当にありがとうございました。


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【名称】バグ・フラグメント

【区分】補助アイテム

【効果】特定種族にバーサク効果

【解説】効果には個体差があり

    沈痛剤の材料としても利用される

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 マタタビだ。こう見えてゲーム上では入手難度が高い。


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【名称】バグ・フラグメント

【区分】回復アイテム

【効果】パーティ全体のHP・MP全回復

【解説】慈悲の神が作り出したとされる奇跡の薬

    裏ボス前にもう1つ拾えます

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 クソが、ネタバレすんな。

 売値は1z。まあ普通は売らない。


「またヴァレリーが変な物で変な子作ろうとしてるでしゅ……」


「ヴァー様、プランジャーってなんですか?」


「あい、姫様には一生ご縁のない、記憶力のムダとなる一品でごじゃります」


 プランジャーは水洗便器の詰まりを解消する道具だ。

 美少女ゲームの世界のトイレがぼっとん便所では、まあさすがにな……。


 俺はマーナガルムの核の左手に、それら触媒を置いた。


「さて、パッとやっちまうから見ててくれ」


「プランジャー、抜いた方がいいと思うでしゅ……」


「却下だ。プランジャーのバグ・フラグメントは必須素材だ」


「なんででしゅかっ!? う○ち臭いわんこになったら可哀想でしゅよ!?」


「レア度が高いんだよ、これ全部な」


「レア度、とは、なんですか……?」


「物品それぞれに秘められた、アイデンティファイでも知ることの出来ない、秘められた属性だ」


 ゲーム用語で言い直すとマスクデータ。あえてデータを隠すことで、ゲームに広がりを与える発明をした人が昔いたんだな。


 俺は触媒とモンスターの核を双子の円で囲んだ。


「態度悪いのに、頭だけは良いからムカつくでしゅ。素直なジェードの耳の垢でも飲ませたいでしゅ」


「錬成中に気持ち悪いこと言うなっての……っ」


「ふふっ、かわいい子をお願いしますね!」


「ああ、狼だしな! もちろん善処する!」


 大円を描き、術を制御した。

 ボスクラスをテイムモンスターとして作り出そうというのだ。

 魔力を根こそぎ奪い取られるかのような、すさまじい手応えだった。


「あ、あのさ……悪いんだけど、魔力、ちょっと分けてくれない……?」


「手伝わせてくれるのですかっ!? ええ、もちろん協力いたしますっ!」


「世話の焼けるヴァレリーでしゅねー」


 とか言いながら真っ先にメメさんが手を貸してくれた。

 樫の杖を握る俺の手に、メメさんが小振りな手を重ねた。

 ミシェーラ皇女も少し恥ずかしそうに、同じことをしてくれた。


「おおっ、2人ともすげぇ!! これならなんとかなりそうだ!!」


「ワクワクでしゅっ! 生まれたらメメ次郎と名付けるでしゅ!」


「はい、却下です」


 そりゃそうだ。


「この子は、ガルグウォーンッッよ!!」


 いやさすがは皇女様、ネーミングセンスが黙示録級だ。


「とにかく仕上げるっ、いくぞっっ!!」


 3人でゆっくりと鉛のように重くなった杖を持ち上げ、そしてガツンと大地を突いた。

 するとたちまちに重圧が消え、目前に光属性のエフェクトが発生した。


 天使を模した影と、その翼が舞い散った。効果音はノイズだらけでまともに聞き取れず、白い翼に漆黒が混じると、短い演出が終わった。


「ほ……ほわぁぁぁーっっ!!」


「ヴァー様っ、私、信じていました!! 子犬っ、子犬ちゃんっ、これを私たちは期待していましたっっ!!」


 それはあの白い大狼ではなかった。

 ボスクラスを材料にしたのに、その狼は豆柴サイズだった。

 くるんと丸まったふかふかの尾が3本、秋のススキ畑のように尻から生えていた。

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