・開幕 超スーパーハード・ハイキング

 それから約一ヶ月が過ぎた、5月中旬。主人公ジェードをクラスメイトとした本編に慣れて来た頃。遠足とは名ばかりの強化合宿が始まった。


 やることは単純。

 都の西にそびえる標高1400メートルの高山を登り、一泊のレクリエーションの後に下山する。

 人呼んで、超スーパーハード・ハイキング。


「いいかネ、貴様ら! これは伝統だヨ! 今から振り返って約50年前からずっとっ、我が校の2年は皆がこの試練を乗り越えて来たのだヨッ!!」


 いわゆる悪しき伝統というやつだ。

 教頭はこの通り『ノリノリ』であったが、ヤツはここで帰る。

 後の面倒事、キツい登山は全部人任せ。だから好き放題言える。クソが。


「戦士科の皆さんは乗り気ですけど……気が重いです、私……」


「同感だわ」


 コルリや俺みたいな魔法科の人間には、特にクソイベントだった。


「むふふーっ、メメたちは楽しいでしゅ」


「はいっ、勝負は勝負! ヴァー様であっても手加減はしません!」


「ギッタギタにしてやるでしゅっ!」


 正直、こんなイベント、手を抜きたい。

 だがこのレクリエーションは成績に直結する。


「普通に登山するだけなら楽しかったかもしれないのに、ヴァレリー師匠と登れなくて残念です……」


 そう言う主人公ジェードは日々飛躍的に成長を続けていた。

 最初は街のガキ大将に負けかねないくらい弱かったというのに、たった一ヶ月で今や落ちこぼれを脱却している。


「結局そこだよな。成績関係ないなら、みんなで楽しく登れたのにな」


 グチっていると教頭が警笛を鳴らし、超スーパーハードハイキングが始まった。


「お先でしゅっ!」


「ごきげんよう、ヴァー様!」


 メメさんとミシェーラ皇女が先頭グループを追って上り坂を駆け上がった。


「おっと、乗り気はしないが、先に行かせるとは一言も言ってねぇよ!」


「あっ、待って下さいよ、ヴァレリー師匠っ!」


「お、置いていかないで下さい……っ、あ、ああっ!?」


 と言ってもこれは立派な成績を賭けた競技。待てと言われても待てない。

 俺も駆け足で先頭グループに加わる。


「あらヴァー様、ジェードくんがそんなに気になりますか?」


「いや別に」


「嘘でしゅ。最近、怪しいでしゅ……」


「ええ、怪しいですっ、お二人とも!」


「な、なんだよ……?」


 後続のジェードの姿を確かめているだけで、皇女とその侍女が俺の左右を囲む。


「かわいいですよね、ジェードくん」


「ミシェーラは、ああいう男が好みか……?」


「フフフ……さて、どうでしょうね♪」


「嫉妬でしゅかぁ? グフフフ……♪」


 そうだよ、嫉妬だよ。

 俺はアイツにお前らが取られたりしないか気が気じゃない。

 その本心を悟られるわけにもいかないので、俺は二人を追い越して先に進んだ。


「そんなに飛ばしたらバテるでごじゃりますよー?」


「お先にどうぞ。ですが、最終的には私が追い抜かせていただきます」


 後ろのジェードが気になるのは、このイベントもまたストーリー本編に大きく影響するからだった。


 本来のストーリーでは、主人公はペース配分を無視して、トップグループの女子と張り合う。

 そういうシナリオなのにアイツ、なぜか無理をしないで自分のペースを守っている……。


 主人公なのにシナリオ通りに行動しないとか、アイツ、どうなっているんだ……?

 主人公になりたい俺は、主人公がそうしたようにさらにペースを上げた。


 大股で不規則に傾く地面を踏み締め、より見晴らしの良い眺めを求めて右左に織りなす山道に挑戦し続けた。

 無謀なスタートダッシュにより、やがて後続の姿どころか、物音すら聞こえなくなった。


「何よ、誰かと思ったらヴァなんとかじゃない」


「そういうお前は、シャなんとかの、シャーロット・エバーライトだな」


 前方で長い髪がキラキラと金色に揺れているかと思えば、それはクラスメイトのシャーロットのブロンドだった。

 シャーロットはこちらに気付くとペースを落としてクラスメイトの隣に並んだ。


「何よ、魔法科のくせに飛ばしてるじゃない」


「成績に直結するんだ、当然だろ」


 シャーロットは非常に胸が大きい。

 白い運動着越しに、たわわな塊が『ぷるんぷるん』と傍若無人に揺れていた。


「ちょっと、アンタどこ見てるのよ……っ!?」


「悪い。でもしょうがないだろ」


「しょうがないって何よっ!?」


「そんなの見せられたらどうしても目が行く。目の前で尻を振るやつがいたら、尻を――ごほぉっっ?!!」


 併走相手に肘打ちを入れるのは、これ、ゲームが違わないだろうか……。


「アンタがいっつもあたしの胸を見てるの、知ってるんだから! この変態っ!」


「ゲホッゲホッ……目に、入るだけだろが……っ」


「話しかけてあげたあたしがバカだった! バイバイッ!」


 シャーロット・エバーライトはこういうナイーブなキャラクターである。

 古典的でありながらもお約束に忠実な、いやお約束だからこそ光り輝くツンデレヒロインさんである……。


 リアルでツンデレキャラとやり合うのって、ちょっときついわー……。


「はぁっ、何よっ!?」


「別に、追い付いただけだろ」


「そんなこと言ってっ、また盗み見る気なんでしょ! 男ってサイテーッ!」


「男がみんな俺みたいなスケベなわけねーだろ」


「あーっ、認めたーっ! やっぱりエッチな目であたしのこと見てたんだーっ!」


「そりゃ見るだろ……うおっっとっ?!」


 だから併走相手に肘打ちを入れるのは、ゲームが違うってのっ!

 あんまり続けるようなら、こっちも旋風脚でやり返すぞ!


「チッ……」


「チッ、じゃねーよ! こっちは学食のグレードがかかってんだよっ!」


「ふんっ、まあいいわ。後ろに張り付かれてもお尻とか見られそうだもの」


「俺は尻より胸派だっ! ゲハァッッ?!!」


 俺はいったい何をやっているのだろう。

 手加減されたエルボーにわき腹を抱きながら、大股で傾斜面を登ってゆく。

 さすがはシャーロット・エバーライト。その身のこなしの軽さゆえに、登山はお手の物だ。


 というか、なんで俺は、ここにいる……?


「何よ、まだついてくるの? ふんっ、まあまあやるじゃない……!」


「ありがとう、そう言われると、ここ一ヶ月ジェードとがんばって来たかいがあった」


「ああ、あの子には驚いたわ。信じられない成長だもの、大したものよね」


「当然だろ、俺が最適解を教えてやってるんだ」


「噂通り傲慢な人ね」


 先ほど触れた『ある女子生徒』というのは、シャーロット・エバーライトのことだ。

 主人公は彼女と張り合い、無茶なペースで後続をぶっちぎる。


 しかしその先で、この山に紛れ込んで来たはぐれモンスターに遭遇し、シャーロットと共闘するも死にかける。


 そこにアルミ先生の救援が入る。

 敗北を喫した主人公は己の無力さを知り、悔しさをバネに変えて、さらに努力してゆく。


 という序盤らしいストーリーに展開するはずなのだが……。


「何よっ、休みたいなら休めばっ?」


「別に、まだまだバテてなんていないって」


 後ろを振り返っても主人公の影も形もない。

 ジェードのやつ、あいつ、何を考えているんだ……?

 主人公なのに主人公やらないとか、どういうつもりだよ、お前!?


 隣を振り返れば、白い体操着が『ぷるんぷるん』と、まぶしく揺れ――


「ンゴホォォッッ?!!」


「懲りない男ねっ!! どんだけエッチなのよっ、アンタッ!!」


「うっ、ぐっ……だから、ゲームが、違うって……っ」


 こうなった以上、シャーロットを先に行かせるわけには行かない。

 俺が守らなければ彼女は命を落とし、このゲームは壁に便利な回避系キャラを失ってしまう。


「もうっ、また来たの……っ!?」


「まだ剣は微妙だが、体力には自信があるんだ」


 まおー様とキューちゃん経由の身体能力があれば、シャーロットとの併走もそこまで苦しくもない。

 むしろ鋭い肘打ちの方がずっと苦しかった。

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