・隙だらけ女教師 誘惑する
この学園の地下には、通常あり得ない規模の空間が広がっている。
そこへは分棟一階の魔法の扉から、螺旋状に続く広いスロープ道を5周半も巡った先の地底に存在する。
「ヴァレリーくんはまだよね。ここはね、主
「ここがカテドラル……。なんとも凄まじい地下構造物ですね」
カテドラルはすり鉢状に掘られた岩盤を基礎構造にして成り立っている。
岩盤の石質は純白の大理石。そう、あの美しい学舎はここの石を使って造られたという設定になっている。
「先生、ここ苦手なの……。特に1人で来ると、圧迫感がすごくて……」
「わかる気がします。こうして実物を目の当たりにすると、何かとてつもない場所のように感じられます」
「そうなのっ、そこが特に怖いの……っ! だって、恐ろしい何かが、眠っていそうじゃない……」
「本当に眠っているのかもしれませんね。小説とかで言うところの、魔王とか魔神とか」
「あ、それは大丈夫……。だって先生、魔王よりお化けの方が怖いもの……」
迷宮で亡くなった生徒たちの慰霊碑を横切り、俺たちは総大理石製の螺旋路を進んだ。
すり鉢の底へ底へと、グルリグルリと回りながら下りていった。
螺旋路の壁には等間隔で、迷宮へと続く魔法の扉が取り付けられている。
しかしアルミ先生が『ピタリ』と立ち止まったのは、等間隔の場所に扉が存在していない妙な場所だった。
「職員権限により封印を解除します」
そう何かに断りながらアルミ先生が白い壁に振れると、その壁に隠されていた魔法の扉が現れた。
先生はそれを押し開き、期待するように俺を見た。
「前衛は俺がやります。先生は万一の時のサポートをお願いします」
「でも、ヴァレリーくん、迷宮は初めてよね……?」
「はい。後ろからレクチャーして下さいますか、先生?」
「ええ、任せて下さい。はぁぁ……っ、これなら先生、どうにかがんばれそう……」
カテドラルに隠された秘密の迷宮を、俺は先生を後ろに引き連れて進んだ。
その迷宮は薄暗く、地下水を含むジメジメとした岩肌が確かに不気味で、あまり1人で入りたいような場所ではなかった。
「め、迷宮はフロアと通路で構成されています……っ。階層には進路となる階段が、必ず発生するように、なっていて……っ。それでそこにたどり着くには、モンスターのいる部屋を――ヒッ、ヒィィッッ?!」
シナリオ通りの不意打ちだ。
突然襲って来たジャイアントバットを、俺は刃のない青銅の剣で叩き落とした。
「これがモンスターッ、こ、攻撃、攻撃よ!」
「はい、わかりました」
ジャイアントバットは体勢を崩している。
俺は最序盤の雑魚モンスターに、青銅の剣を叩き落としてオーバーキルした。
「そ、そして、追い打ちの魔法攻撃を――」
「もう終わりました」
「え……」
チュートリアルではこの後、魔法攻撃と防御を教わって、最後に好きなコマンドでトドメを刺す流れになっている。
「魔法攻撃も防御も知っているので大丈夫です」
「つ……強いのね、ヴァレリーくん……」
「雑魚モンスターですし。それよりレクチャーの続き、いいですか?」
「あ、そうね……っ。今のは、待ち伏せ型のモンスターです。通路でこちらを待ち伏せしているので、気を付けましょう。はぁ、ビックリしたぁ……」
たとえ全部知っていても、ゲームの仕様によってはプレイするたびに受けなければいけないのがチュートリアルだ。
「逆にフロア型のモンスターは、部屋に入らなければ襲ってくることはありません。難しそうな相手だったら、そっ閉じして、迂回しちゃいましょうっ」
このゲームはそれが出来るのが小さな特色だ。
とはいえ結局は彼我の戦力差を見誤って、突撃して全滅するのがお約束でもある。
「あっ、ブルースライムよ! 先生、ここで応援してるから、がんばって!」
「はい、がんばります」
最弱ことブルースライムは青銅の剣で一撃だった。
スライムの反撃は持ち前の身のこなしで軽々と回避して、一撃もダメージを受けることなく群れを殲滅した。
「すごいすごーいっ!! 先生びっくりしちゃったーっ! ヴァレリーくんは、天才剣士になる才能があるわ!」
「褒め過ぎです」
「だって本当にすごいものっ! 特にその身のこなしっ、戦士科の先生方みたい!」
「だから、褒め過ぎ……。ああ、そうか、これがチュートリアルか……」
ワンパンの雑魚を倒したくらいで、世界でも救ったかのように讃えてもらえるのが世のチュートリアルだ。
ひねくれ者にはこれが皮肉に聞こえることもあるらしい。今ならちょっとわかる。
「あ、階段! あれを下りれば次のフロアに行けるわ」
「さすがにそれは知ってます」
「フロアを下っても通常、敵の強さは変わりません。ですが階層の雰囲気が変わった時は、大きく敵のレベルが上がりますので、よーく注意して下さいね?」
「わかりました」
チュートリアルだから仕方ないとはいえ、やたらに説明口調だなぁ……。
しかしこれがこの世界の仕様か。物語上の都合に直面すると、登場人物がシナリオ展開を優先する行動を取るようになる。
この仮説を実証するためにも、もう少し今のアルミ先生を観察したい。
「ん……水たまり……?」
フロア2階の通路を進むと、ぬめる水たまりに足を取られそうになった。
「気を付けて下さい、先生。ここ、滑ります」
「ありがとう、ヴァレリーくん。先生、ヴァレリーくんで、良かった……」
そういえばこのシーン、先生が滑って転んで尻餅を突いて、びしょ濡れになるスチール絵があった。
なぜか胸元まで透けてしまったりして、拝めるなら一度くらい拝んでみたいシーンだ。
「先生、そこ本当に滑りますから、気を付けて」
「やさしい……。ティーチャー・カーストの最底辺の先生に、こんなにやさしくしてくれる生徒、初め――あっわっわっわわわっわっ?!!」
「掴まってっ、先生!!」
後ろにひっくり返りそうになった先生の手を引いた。
そうなると知っているのに水たまりに尻餅を突かせるのは、やはり良心が痛む。
いや、それ以上にスチール絵ありの展開を、果たして変えられるのか実証してみたかった。
「キャァァァッッ?!!」
「えっ、ちょっ、うおぉぉぉっっ?!」
先生をこちらに引っ張ると、先生は水たまりの上で何度も滑って跳ね上がって、最終的に男子生徒をタックルで押し倒した。
「い、痛ぇ……。痛いですよ、アルミ先生……」
「ああああごめんなさいっっ! わ、私っ、私なんてことを……っ」
「いいですよ、別に……。パンツまで濡れちゃいましたけど、先生が無事なら……」
俺は水たまりの上に押し倒された。
黒髪の綺麗な女教師の髪が柳の葉のように俺の顔にしだれかかっていた。
めっちゃ、いい匂い……。
「私、ごめんなさい……」
「何回謝るんですか。いいですから、まずどいてもらえます……?」
先生は両手を生徒の頭の左右に突いたまま、呆然と相手の顔を見下ろしている。
「…………ぇ?」
「俺、水たまりでグチャグチャなんて、そこどいて下さい……」
「グ、グチャグチャ……?!」
「え、何に反応してるんですっ!? とにかく早く立って下さいっ!」
「た、たつっ?!」
アルミ先生の頬が心なしか赤い。
恍惚とこちらを見下ろしながら、なぜかモゾモゾとしている。
これは俺が、スチール絵ありの展開を破綻させようとしたからか……?
服が透けて恥ずかしいところではないサービス展開にイベントが置き換わっていた……。
「先生……いつになったら彼氏出来るのかしら……。もう、24なのに……白馬の王子様は、いつ先生のところに来てくれるの……?」
「いやまだ絶望するには、あまりに早過ぎる年齢かと思いますよ?」
「男の人はいいわよね、おじさんになっても、結婚出来て……。はぁ……っ、もういっそ、私、この子でも良いのかしら……」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、先生!」
「だってもう嫌なのーっ! 教頭先生にイビられる毎日はもう嫌ーっ! 寿辞職したいーっ!!」
ダメだ、なんか展開がバグっている……。
確かに本編では欲求不満がちの危うい先生ではあったが、主人公でもない俺の上でお尻を揺するとかこんなのバグっている!
「次に教頭に会ったら、ズラの話をするといいですよ」
「えっ、ズ、ラ……?」
「かつらのことです。アイツふさふさぶってますが、あれヅラなんですよ」
「え……っ、え、ええええーーーっっ?!! あ、でも、言われてみたら確かに、不自然なボリューム感……?」
「教頭の頭頂部を見ながら、ヅラを話題にするだけでいいんです。それでもアルミ先生をアイツがいじめるようなら、俺がなんとかしますから、とりま、そこ、どいて下さい……」
名残惜しそうに先生は生徒の胸に手を置いてから、ハッと今さら自分の行為に気付いたように飛び上がった。
「わっわっわっ、私ごめんなさいっっ!! こんな、こんなふしだらなこと、生徒にしてしまうなんてっ、私……っっ」
「ふーん……」
「お願い他の人には黙っていてーーっ!!」
やはりスチール絵ありの展開を変えたから、別のサービス展開に置き換わったと見るべきか。
先生は自分の過激な行いに今さら動揺して、ウサギみたいに通路の奥に逃げてしまった。
「ああ、ビショビショだ……。なんかもう、パンツ脱ぎてぇ……」
しかしアルミ先生はプレイヤーから、欲求不満系女教師と呼ばれ愛されている人気キャラだ。
成人女性。仕事のストレス。この2つが揃って何もないわけがなく……。パンツのパージは止めておくべきだろう。
「確か、給水装置は3階層の奥だったか。さっさと終わらせて帰るか」
チュートリアルに付き合うのはここまでだ。
そこから先はガンガンと進んで、シナリオの終着点を目指した。
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