・チュートリアルシナリオ 主人公抜きで

 主人公の出番を横取りする。

 この新しい行動理念に則って、登校初日のうちに計画を立てた。


 まずはこれから発生させるつもりの[チュートリアルイベント]について説明しよう。

 これはNPCにゲームシステムをプレイヤーに説明させるためのイベントだ。


 ストーリーの建前では、プールなどに使うサブの給水施設に異常が発生したので、主人公とアルミ先生が協力して、訓練用迷宮の隠し区画を進む展開になる。


 これを主人公登場前に解決してやろう。

 そうすれば意外とあっさりと、俺が主人公になれるかもしれない。


 しかし猶予期間はあまりない。

 16日になれば主人公が転入して来てしまう。

 後の予定も押しているので、すぐにでもチュートリアル開始のために動く必要があった。


「さすがゲーム世界、早速引き締まって来たか?」


「なーいなーい、かんちがーい」


「クルルゥ……♪」


「がんばれー、だってー。へっ、このおひとよしがー」


「キュルゥゥゥ♪」


「あとなー、ちょっと、おいしそーだってよー。ちょっとー、ワレも、わかるー」


「はっ!? 恐いからそういうの止めろってっ、お前ら?!」


「もうちょっとー、そだてさせてからにー、しよーぜー?」


「キュゥ♪」


 どんな話をしているのかそれ以上は追求せず、俺は裏世界からアルミ先生を尾行した。

 青銅の剣で素振りをしながら、新学期2日目の放課後を女教師の尾行に費やした。

 ……そういう人生があってもいいと思う。


「アルミ缶、いどーしたぞー」


「ちょい待ちっ、なんでお前アルミ缶知ってんだよっ!?」


「まおーだしー」


「いや、まおー関係ねーだろ、そこっ!」」


 アルミ先生はさっきまで魔力容量強化室で、自主練に励む生徒たちのサポートをしていた。

 ここには魔力を人間の身体に流し込む機器がある。


 仕組みは風船だ。

 破裂しない範囲でほどほどの魔力を流し込み、割と無理矢理に容量を拡張する。


 そんなちょっと怖い魔力容量強化室からアルミ先生は離れ、どうやら分棟の1階に行くようだった。

 俺は青銅の剣を肩に担ぎ、ここ分棟2階エリアから、彼方にある分棟1階エリアに飛び移った。


「おいてくなーっ、ワレ、まおーだぞーっ、バカやろー!」


「キュキュッ、キュゥゥーッ♪」


 足の遅いまおー様はやさしいキューちゃんに拾われた。


「おー、わりーなー! そーだな、たぶん、あそこだなー」


「あそこ? あそこってどこだよ?」


「ごはん、くーとこ」


「キュゥゥーンッ♪♪」


 ずいぶんと甘い声でキューちゃんが鳴いた。

 食堂はキューちゃんお気に入りの場所のようだ。


「まさか、お前ら……」


「もらってっけどー? おねーさん、ワレらに、キュンキュンだしー? おんなのかお、するしー?」


「誇りある魔王が人間に餌をたかんなよっ!?」


「それー、えさだい、だしてからいえよなー?」


「うぐっ?!」


 収納状態ならばテイムモンスターが空腹になることはない。

 だから収納を拒むお前たちが悪い。

 そう口にしたら、俺たちの信頼関係は破綻するだろう。


「お。……おねさーん、いまいねーなー?」


「先生、本当に食堂に向かったな……。だけど今って、注文が出来る時間じゃないよな……?」


「ちっちっちっ、わかってねーなー、おまえー」


「何がだよ……」


「おねえさん、いないほうが、いいにきまってんだろー?」


「……は? え、いや、まさか、お前ら……」


「へっ、これいじょうは、いえねーな……」


 お前ら普段からあそこに忍び込んで、つまみ食いをしているのか……?

 俺が少し物足りないDランクの食事で我慢しているのに、こいつら、マスターの気も知らないで、なんて勝手なことを……。


「駆除されても知らねーぞ……」


「へっ、ならこのせんせーも、くじょだなー」


「何言ってんだよ。お上品なアルミ先生がつまみ食いなんて下品なこと、するわけ――」


 ないはずなのだが……。

 俺の足元には、食堂のフライパンを勝手に使って、炎魔法で肉厚のソーセージをあぶっている女性がいた。


「そんな、ずるいよ、アルミ先生……」


「ほらなー。ここきたらー、ほかにすること、ねーしなー?」


「けど、すごいな、ドラゴンズ・ティアラの世界……。アルミ先生にこういう一面があったんだな……なんか感動だ……」


「はー、これだからなー、マニアはなー、こまるー」


 しかし先生、俺はいつ死亡フラグに呑まれるかもわからない身の上だ。

 夕飯が待てないその気持ちはわかる。だが、このチャンス、悪いが利用させてもらおう!


 俺は再び駆けて分棟2階マップに飛び移ると、そこにある壁抜けポイントから表の世界に戻った。


 そして階段を駆け下り、食堂に近付くと足音を潜め、我がクラスの副担任の犯行現場を押さえるために忍び寄った。


「もう1つくらい、焼いても気づかないかしら……?」


「いやバレてると思うけど」


「ひっ、ひゃはぁぁーっっ?!!」


 後ろから声をかけると先生は床にひっくり返りそうになった。


「どうも、アルミ先生」


「あっあっあっ、ヴァレリーくんっ!? ち、違うのっ、これは、先生……っ、食堂の人にっ、味見をお願いされていただけなの……っ!」


 メメさんがヴァレリーと呼ぶから、こっちの略称で覚えられてしまったようだ……。


「ヴァレリウスです」


「ヴァ、ヴァリリュウス、くん……っ」


 相当に動揺しているようだ。

 自分が噛みまくっていることにすら、先生は気付いていない。


「先生もつまみ食いとかするんですね」


 本編の主人公はやさしい人だから、この人をこんなふうにいじめることはない。

 だがこうして前にすると、メメさんじゃないが、いじめてオーラが先生から立ちこめているように見えた。


「お、お願い、他の先生には黙ってててっ! せ、先生……なんでもするから……ねっ、お願い……どうかお願い……っ」


 純愛系、だよな、このゲーム……?

 その気になれば鬼畜な方向にも運べそうな、脅迫まがいのストーリー展開が俺には見えた。


「どうしようかな」


「お、お願い……先生、これ以上失敗したら、減俸されちゃう……」


 減俸? 減俸は俺も死ぬほど嫌だ。

 というかこの強烈ないじめてオーラに、初志を忘れてしまいかけていた。


 俺は先生をいじめるのではなく、チュートリアルイベントを始めさせるために、ここに来たのだった。


「そんなに失敗続きなんですか?」


「うん……」


 教師が生徒に『うん……』はないだろう。

 とにかく場所を移そうと外に誘って、食堂の席に移動した。


「よかったら俺、愚痴とか相談、聞きますけど」


 いや教師が生徒にそんなこと出来るわけがないか。

 なら、別の手口から――


「い、いいの……?」


 いやいいのかよっ!

 普通立場逆だろっ!?

 教師の沽券こけんどうなってんだよ!?


「同じクラスの人間じゃないですか。聞きますよ」


「ヴァレリーくん、カレール教頭先生のこと、知ってる……?」


「ああ、あのヅ――じゃなくて、あの小者の方ですか」


「ちょっと失敗するたびに、あの人がね、先生のこと、いじめるの……」


「そりゃ先生、いじめてオーラ出てますしね」


「ええっ、嘘ーっ?!」


 自覚がなかったことに驚きだ。

 勤続2年目の気弱な女教師なんて、説教したいだけのロートルには格好のサンドバックだろう。


「先生、あの人のせいでもう、ストレスがマッハなの……っ」


「それはわかる。俺も試験で突っかかられた」


「それにね、先生……やらなきゃいけない仕事があるのに、嫌で嫌で、ずっとやってないの……」


「それは社会人としてどうかと思う」


「ひーん……っ」


 いるんだな、今時『ひーん』とか言う人。昭和のラノベみたいでなんか新鮮だ。

 しかし『嫌でやっていない仕事』か。


「手伝いましょうか?」


「え……っ!?」


「俺、先生の力になりたいんです。いじめたりしないですから、なんでも俺に言って下さい」


「補助水路……」


 ボソリと先生がその単語を漏らしたとき、俺は笑いを噛み殺すので必死だった。

 これで主人公に先んじて、チュートリアルイベントを発生させられる。


「先生ね、補助水路の点検を押し付けられたの……。でも、あそこ、不気味でね……先生、怖くて逃げ帰って来ちゃった……」


 検証成功だ。

 サブキャラによるメインストーリーの先乗りは可能だった。


「わかりました、一緒に行きましょう」


「いいの……?」


「俺、先生の教室の生徒ですから、先生の助けになりたいんです」


「じーん……。あ、ダメ、見ないで……っ。先生、今、泣いちゃいそう……っ、う、ぅぅ……っ、教師になって、良かったぁ……っ」


 この人、なんか、無性に、いじめたい……。

 だがそれはおかしなルートに分岐しかねない危険な選択肢だ、自重しよう。

 うるうると瞳を揺らす先生の手を取った。


 ううーん、やっぱりいじめたい……。


「では、今から行きます?」


「えっ、今からっ?!」


「嫌な仕事はさっさと終わらせた方が気が楽ですよ。行きましょう、アルミ先生」


「そ、そうね……! ありがとう、ありがとう、ヴァレリーくんっ!」


 先生の手を引いて立ち上がらせて、食堂の外へと引っ張った。

 その去り際、食堂のお姉さんがこちらを見ていることに今さらになって気付いた。


「まったく情けない先生だよ。しょうがないね、今日のところは勘弁しやるかねぇ……」


 自分のことで頭がいっぱいいっぱいのアルミ先生には、お姉さんの言葉が聞こえているようには見えなかった。


 いつもうちのテイムモンスターたちがお世話になっています。

 本当に本当にすみません……。

 俺はお姉さんに頭を下げて、いじめたくなる先生と冒険に出かけた。

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