・兄 弟を逆恨む

「な、なんでしょうか……?」


「いや別になんでも」


 見つめながら俺は考えた。

 この二人が物語本編から退場したらどうなるだろうか。


 当然、主人公サイドの戦力が落ちる。

 だがそんなものは他のキャラを育てればいいだけのこと。少し難易度が上がる程度だろう。


「見てるでしゅ、姫様をガン見でしゅよ……っ!?」


「や、やっぱり……っ!?」


「こ、これわぁ……っ」


「えっ、何っ、メメ……ッ?」


「姫様に惚れたに違いなきにごじゃりましゅよ……!」


「えっ、ええええーーっっ?! そ、そうなの……っ!?」


 コソコソと密談をする二人はことはさておき、続きを考える。

 ストーリー上、ミシェーラ皇女がいないと入れない遺跡がある。


 彼女が主人公の仲間に入らなかった場合、物語は核心から大きく遠ざかることになるだろう。

 それが俺の望む進行不能バグを起こすかもしれない。


 あるいは物語が大きく遠回りをすることになり、結果、元のシナリオからストーリーが逸脱してくれる可能性もある。


 進行不能バグに陥った世界はどうなるのだろうか。

 試してみたい。ダメだったら元のレールに戻せばいいだけのことだ。


「まだ熱い眼差しを送っているでごじゃります……っ!」


「わ、私……彼に、そんなふうに、思われていたのね……」


「間違いなきでごじゃりますっ! ヴァレリーは今、燃え上がる恋心に胸が焼けただれているでごじゃりますっ!」


「え、胸焼け……?」


「あいっ、胸焼け中にごじゃりますっ!」


 では新学期に現れる主人公と、ミシェーラ皇女を引き離すにはどうするべきだろう。


 主人公は良いやつだ。

 露骨なことをやれば俺が悪役となって本末転倒の結末を描く。

 だとすれば、いっそ、逆をやる……?


 主人公が成すべきことを、俺が先に成してしまえば、俺が主人公そのものにならないか……?

 無理か? だが悪くない方針だと思う。では、まずここは……。


「ミシェーラ皇女!」


 ミシェーラ皇女の手を取った。


「は、はいっ!!」


 メメさんの眉がピクピク歪んだが今はスルーだ。


「よければこの機会に、俺とお友達になってくれないかっ!!」


「はいっ、喜んで!!」


「い、いいのかっ!?」


「私、貴方といるととても楽しいです! 面白い出来事の連続です! ぜひ、私とお友達になって下さい!」


 俺とミシェーラ皇女は手を取り合い、友情を結んだ。

 その隣でメメさんは深いため息を漏らず。


「な、なんだよ、メメさん……? メメさんも友達だぜ?」


「あい、違いましゅ」


 さらりとした拒絶の言葉が俺の胸にグサリと刺さった。


「お前はメメのオモチャでしゅ。踏むとピャーって鳴る面白いオモチャでしゅ。これからもメメがイジメて遊んでやるでしゅ」


 拒絶がグサッと刺さったが、それはただのツンデレムーブだった。

 安心したらまた腹が減って来た。

 俺は二人に一言断って、また肉とサンドイッチをがっついた。


 憧れのメメさんになら、俺、オモチャにされてもいい……。


「あ、誰が来るでごじゃいましゅ」


「こんなところにか? この季節は木こりも作付けの手伝いで忙しいのに、暇なやつもいたもんだな」


「あ……。これは、まずい、でしゅ……」


「見てっ、あれっ、ネルヴァよっ!」


 言われて丘の麓を見下ろすと、ネルヴァが一直線にこちらに上がって来ている。


「な、なんのつもりだ、アイツ……?」


「面倒な臭いしかしないでしゅ……」


「せっかくの楽しい時間を、なんであんなヤツに割かなきゃいけないっ!?」


 ネルヴァは俺を睨んでいる。

 昨日のことを逆恨みしているのだろうか。

 けどあれ、お前らが全面的に悪いと俺は思うんだが……。


「ヴァレリウスッッ!!!」


「迎え撃つでしゅよ、ヴァレリー。バスケットの中身を守るでしゅ」


「いや別にアイツ、飯を横取りしに来たんじゃないと思うが……」


 思うが、ヤツにはトマトを喰われた恨みがある。


「今のあの人、何するかわかんないでしゅよ?」


「ふふふっ、決闘ねっ!! それなら見届け人は私たちに任せてっっ!!」


「なんで嬉しそうなんだよーっっ?!!」


「姫様はそういうお方にごじゃります」


 逃げるって選択肢はないらしい。

 俺は席を立ち、少し離れたところでネルヴァを待った。


「ヴァレリウスッッ!!」


「なんだよ……」


「俺はお前にっ、決闘を申し込むっ!!」


「だろうと思ったぜ。わかった、決闘の申し出を受け入れる」


「ふんっ、そう言うと思ったぞ」


「どっちが上か、決着を付けよう」


 ぶちのめせば目を覚ますかもしれない。


「ふんっ、バカめっ、かかったなっっ!!」


 そう思っていた頃が俺にもありました。


「それはどういう――な、何ぃぃーっっ?!!」


 突然、俺とネルヴァを閉じ込める青い結界が発生した。

 その結界の中には、ネルヴァの他に2つの巨体があった。


「父上がこの決闘の指輪と、魔導兵を貸して下さった」


「ネルヴァ、お前……」


 魔導兵というのはダンジョン探索や戦争で使われる魔法式の自動人形だ。

 仕様にもよるが、最低で訓練された戦士1体分の戦闘力を持つ。


「ク、ククッ、ヒッ、ヒャハハハハッッ!! お前はもう終わりだ、ヴァレリウスッ!! 殺してやるっ、もうお前なんて殺してやるっ、その顔の皮をっ、皇女の前で剥いでやるっ、ヴァレリウスッッ!!」


「お前、なんか、おかしいぞ……」


「おかしくなってなきゃっ、こんなことしねぇよっ、ヒャハハハハッッ!!」


 そういう意味で言ったのではない。

 二軍とはいえ、物語本編で主人公の仲間を務めたお前が、なぜこんな凶行に走る……?


 これでは、ヴァレリウスの代わりにお前が狂ってしまったみたいじゃないか。

 これでは本編開始前にシナリオが破綻するぞ……。


「正気を失ってるやつに、正気に戻れなんて言っても、ま、意味ねーよな……」


「命乞いをしろ……。兄・ネルヴァの方が優秀だと言え……」


「誰がするかよ、この卑怯者」


 後ろを振り返れば、ミシェーラ皇女とメメさんが術での結界の解除を試みてくれている。

 3対1では勝てないと彼女たちは思っている。


「いいだろう……。なぶり殺しにしてやろう……」


「思い上がりも甚だしい。ネルヴァ、お前、自分が勝てるとそう思っているのか?」


「思い上がっているのは貴様だっ!! 3対1の状況で貴様に何が出来るっ!!」


「おいおい、3対1って誰が決めたよ? まずその前提条件が間違ってんだよな」


「な、何……?」


「ネルヴァ、お前の敗因は……相手を見くびったことだっ!! 再召喚っっ、まおー様っ、アーンドッ、キューちゃんっ!!」


 再召喚は多少の魔力を使うが、己の手元にテイムモンスターを即座に召喚することが出来る。


 俺の右手にはまおー様。

 左上空にはミニワイバーンのキューちゃんが魔法陣の中から現れた。


「な、これで、3対3だろ?」


「ヒャハハハハッッ、そんなかわらしい生き物に何が出来る!!」


「って、言われてんぜ、まおー様?」


「ほんきでいって、いいー?」


「ギュルルルッッ!!」


「いいぜ。あの魔導人形はお前らに任せた、ぶっ壊しちまえっ!」


「うんっ、まかせてー! ぶっこわすー!」


 というわけだ。

 手ぶらの俺は足下にあった枝を杖の代わりにして、こっちからネルヴァに突撃してやった!

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