・モブキャラとヒロイン ピクニックに行く

「おはようでごじゃります、ヴァレリー」


「うおっっ?!」


 朝、目を覚ますとおでこを赤くしたメメさんがマウントポジションを取っていた。

 そう、マウントポジションだ。目覚めるなり俺は生殺与奪権を奪われていた。


「メメは今少し、イライラしておりましゅ。なして、ここに来るために、頭ボコボコにしないといけないでしゅか……?」


「壁抜け、自分で試したのか」


「ここに来るために30分もかかったでしゅよっ! なんて迷惑なところに住んでいるのでしゅかっ!」


「うっ、げふっっ、や、止めろっ?!」


 メメさんは親戚のお兄さんで遊ぶ幼女のように、人の腹の上で暴れ回った。

 メメさんの肌はきめ細かくすべやかだ。

 腹に伸し掛かる重さよりも、変な笑みを漏らしそうな自分と戦った。


「頭痛いでしゅっ!」


「それは今だけだ。慣れればスッと入れるようになる」


「こんな芸当が出来るのはヴァレリーだけにごじゃりますよ!」


 辺り判定バグのある壁に、決まった角度でぶつかるだけのことを大げさな。


「……で、ここに来た用件は?」


「11時の鐘が鳴ったら姫様の部屋に来るでしゅ!」


 たったそれだけを伝えるために、30分も壁に体当たりを続けたのか。

 まあそれは、キレるかもわからないな。


「わかった」


「姫様はヴァレリーなんかのために、お昼ご飯を作ってやってるでごじゃる」


「えっ!?」


「せいぜい楽しみにしているでごじゃるよ! この幸せもんがっ!」


「マ、マジ……か……?」


 ゲーム世界のヒロインが、主人公以外にそういうことして、良いのか……?

 俺のシナリオ破壊計画はすこぶる順調か……?


「何ボーッとしとるんでしゅかっ! 話は終わったんだからメメを元の場所に戻すでしゅっ! もう頭痛いのは嫌でしゅ!」


「それ、マウントポジション解いてから言ってくれねぇ?」


「むふふっ、メメがその気になればヴァレリーなんて3分で挽き肉でしゅ」


「勘弁してくれ、メメさん……」


 メメさんを特別ランクの学生寮の前に連れて行き、ちゃっかりと肩を抱くように壁へと押し込んで元の寮室に帰した。


 今日はミシェーラ皇女とメメさんとピクニックだ。

 スポットは故郷、タミルの町の丘。

 あそこなら人気もなく、風光明媚でもあるので皇女様とのピクニックにも最適だった。



 ・



 11時の鐘に合わせてミシェーラ皇女の寮室の壁をすり抜けた。

 するとすぐ目の前に、大きなバスケットを抱えたミシェーラ皇女とメメさんの姿があった。


「ふふっ、本日は私のわがままにお付き合い下さりありがとうございます」

「あ、ああ……。ところで、その頭……」


 ミシェーラ皇女のおでこが赤く腫れていた。


「はい、ダメでした。難しいですね……一度も成功しませんでした……」


「姫様はご自分ですり抜けてみせて、ヴァレリーを脅かすつもりだったでごじゃります」


「はい、そうなのです! コツ、教えて下さります……?」


「いいぜ」


「ひゃっ?! だ、大胆ですね、貴方……」


 ミシェーラ皇女の背中に腕を回して壁の前に連れて行った。


「姫様に変な気を起こしたら八つ裂きでしゅよ?」


「わかってるって。ここの壁抜けポイントは、ここだ。この壁に、この角度で、こうだっ!」


 バスケットごとミシェーラ皇女を裏世界に送った。


「次、お前の番な」


「待つでしゅ。そこの壁に印付けとくでしゅ」


「お、いいかもな、それ」


 ミシェーラ皇女のインクペンを借りて、壁に十字を刻んでから俺たちはピクニックに出かけた。



 ・



 タミルの町の路地裏から表に出て、丘に続く未舗装の道を上がり、息を切らすことなく大股でどんどん上がってゆけば、そこがヴァレリウスの思い出の地だった。


 幼いヴァレリウスはここで、死んだ母親とよく過ごしていたようだ。

 人格の交代で記憶があいまいだが、いざここにやって来ると、わけもなく胸が締め付けられた。


「ワレらー、あそんでくるねーっ!」

「キュッ、キュルルッ、キュルゥゥーッッ♪」


 まおー様とキューちゃんは再召喚を使ってここに呼んだ。

 何せこいつら、やかましい上に目立つからな……。


 なだらかな丘の平らなところに、赤い厚布のレジャーシートを敷いて、そこにバスケットを並べた。

 片方にはミッチリと、耳のないサンドイッチが詰まっていた。


 もう片方は肉だ。そう肉だ。

 手作りのローストビーフを中心に、その周囲にハムがミッチリ詰まっている。

 天国のような光景だった……。


「す、すげ……さすが皇帝家……。てかこれ、お姫様が食う昼食じゃねーだろ……」


「姫様は血滴るレア肉がお好きごじゃります」


「さあ、どうぞ、ヴァー様」


「おおっ、肉だ、肉っ! じゃ遠慮なく、いただきます!」


 俺は銀のフォークに刺さったローストビーフをいただき、そのご馳走を口の中で噛みしめた。


 美味過ぎる……。

 つい先日までFランクの不味い飯ばかり食べていた俺には、あまりの美味しさによだれが止まらなくなるほどの味わいだった。


「ど、どうされたのですか……っ!?」


「肉食べて泣く人初めて見たでしゅ……」


「あの親に待遇Fランクに落とされて、仕送りもない酷い生活してたんだ。美味過ぎて、感動した……」


「ふふふっ、料理人冥利に尽きます。他でもないヴァー様に喜んでいただきたくて作った物ですし……。ふふ、うふふふ……」


 皇女様はえらく機嫌が良い。


「Fランクの学食って、どれくらい酷いんでしゅか……?」


 Fランクの食事について説明しながら、ハムチーズサンドを受け取ってガツガツと腹に収めた。


「あの学園、やり過ぎでしゅ……」


「パンって、硬くて石が入ってる物もあるんですか!? 知りませんでした……」


 ミシェーラ皇女とメメさんがますます輝いて見えるようになった。

 そこいらの犬猫よりも餌付けに弱い俺を、二人は楽しそうに見守ってくれた。


 俺、決めた……。

 主人公にはこの二人を渡さない。

 俺はミシェーラ皇女を見つめ、そう胸に決めた。

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