第3話 オーダーメイド・ビークル③

 メイちゃんに送られながら、わたしは長い通路を引き返します。

「それじゃあまたね香ちゃん。オーダーメイド・ビークルは……うん、わたしが回収するから。香ちゃんが使い終わったら取りに行くね」

「ありがとうございます」とお礼を言って、お別れのあいさつをした後、わたしは扉を開けました。

 その先にあったのは、さっきの見慣れない公園の景色。

 一歩進んでふり返ります。扉は、跡形もなく消えていました。

「…………」

 急にさびしさにおそわれて、胸がザワザワします。

 でも、わたしの手には、オーダーメイド・ビークルがあります。

「お願い」

 わたしは祈るように言いました。

「わたしが家に帰れるような、それでいて、楽しい乗り物になって」

 そのとたん、銀色の玉の表面が、グニョグニョに波打ちました。

 まるで、液体になってしまったみたいに。

「うわっ!?」

 いえ、みたいにではなくて、ほんとうに液体になりました。

 銀色の玉がドロドロに溶けて、わたしの手から流れます。

 やがて、地面におちたそのドロドロは、形を作っていきました。

 だんだんと、見覚えのある形に。

「あっ!」

 それは、ポニーでした。

 本物のポニーではなく、遊園地にある、手でつかむための棒がある、メリーゴーランドのポニー。

 なつかしい。そう思いました。

 昔、こんなポニーに乗ったんです。お姉ちゃんと遊園地に行ったとき……。

 おそるおそる、でも、わくわくしながら、わたしはポニーに乗っかりました。

 ポニーはやわらかくて、あたたかくて、肌触りがよくて。

 このポニーは、わたしのためにあるポニー。自然とそんな風に思えました。

「お願い」

 わたしがそう言ったとたん、ポニーは地面から浮かび上がります。

 わたしはギュっと棒を握りました。

 でも、そんなこをしながらも、不思議と危ないとは思わなかったのです。

 このポニーは、わたしを地面におとしたりなどしない。

 なぜだか、それがわかったのです。

 やがて、ポニーは空を翔けました。

 そう、わたしは空を飛んでいるのです。

 ああっ、風が気持ちいい……!

 それに、空から街を見下ろして、景色をながめるのは、とても胸がおどります。

 どうやら、下からは、わたしとポニーの姿は見えないようです。

「……あぁ、そうだ」

 わたしは、唐突に思い出します。

 こうやって、ポニーで空を飛ぶことを、わたしは夢見ていたんです。

 そうなことができればいいなって。

 遊園地に行ったとき、そう、ずっと考えていて……。

 なんで忘れていたんだろう。ずっと、ずっと昔から、わたしはそれを夢見ていたのに。

 やがて、空高く飛んでいたポニーは、だんだん地面に近づいていきます。

 わたしの足が地面に着いたとき、そこは、わたしの家の目の前でした。

「ありがとう」

 わたしはポニーの頭を撫でました。

 ポニーはなにも言わなかったのですが、ほんのちょっとだけ首を動かした気がしました。そう、まるで、うなずいたように。

 その直後です。

 ポニーの姿が崩れました。まるで熱で溶ける氷の彫像みたいに。やがてポニーは、もとの大きな銀色の玉へともどったのです。

「ありがとう」

 わたしはもう一度お礼を言って、銀色の玉を撫でました。

 

「あ、いた!」


 ふり向くと、お姉ちゃんが立っていました。

「よかった、探してたんだよ!」

 そう言って、お姉ちゃんはわたしのもとへ駆け寄ります。

 わたしも、お姉ちゃんに駆け寄って、二人で抱き合います。

 よかった。お姉ちゃんにまた会えた!

 メイちゃんがオーダーメイド・ビークルを回収しに来てくれたときには、ちゃんとお礼を言わなきゃな。

 館長さん、メイちゃん、楽しい体験をありがとうって。

 わたしはそう思いました。

「ん? その玉、どうしたの?」とお姉ちゃんがたずねます。

「貸してもらったんだよ。博物館で」

 お姉ちゃんは不思議そうにオーダーメイド・ビークルを見て、首をかしげました。

「……ま、いいわ」

 でも、すぐに笑顔になります。

「とにかく無事で良かった。さあ、家に入りましょうか、

 そう言って、お姉ちゃんはわたしの手を取りました。

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