番外編 Side アルティラ

 アルティラはまだ若いエルフである。

 エルフは千年の寿命を持つ長命の種族だが、アルティラの年齢は百六十歳ほど。

 二百年前の魔王との戦い……大戦を知ることなく、平和な時代に生まれ落ちた。

 アルティラにとって故郷である『大樹の国』での生活は穏やかなものであり、自然と戯れて、木の実を齧って過ごす退屈なものだった。


 だが……突如として、そんな平和な日々が崩壊する。

 邪神の呪いによって魔法の力が失われてしまい、魔族の反撃が始まったのだ。


 エルフは魔法に長けた種族である。

 人間のように完全に魔法を失うことはなく、簡単な魔法であれば呪いをかけられた後も使うことができた。

 しかし、それでも戦闘能力の大幅低下は免れない。

 かつてはエルフが空を舞い、魔法の力を競わせていたはずの大樹の国は混乱に包まれた。

 同時期に魔族が攻め込んできたのも大きい。エラデリア王国をはじめとしたいくつかの国々が滅亡に追いやられ、大樹の国もまたリザードマンの襲撃によって危機に陥っている。

 広大な森林に包まれた大国であった大樹の国の半分がリザードマンによって奪われ、森は焼かれて切り拓かれた。

 大勢のエルフが死んだ。その中には、アルティラの父母も含まれている。

 二人は大戦を乗り越えた優秀な戦士であったが……魔法を制限された状態ではリザードマンに勝てなかったようだ。

 姉がいてくれたおかげで両親の死を乗り越えることができたが……それでも、幼かったアルティラはとても傷ついた。


 エルフにとって落陽の時代。

 ある意味では魔王との戦いをしのぐ地獄の苦境。百年を超える長い長い戦いの始まりである。



     〇     〇     〇



「ハア、ハア……!」


「この砦はもうダメね。保たないわ」


「そんな……姉さん、諦めちゃダメだよ!」


 悲しそうに告げられた姉の言葉に、アルティラが現実を振り払うように叫んだ。


 アルティラと姉のミルティナは兵士として、大樹の国の南側にある国境の砦に詰めている。

 リザードマンの猛攻によって砦は今にも陥落しそうになっており、多くの仲間が討たれて命を落としていた。


「すでに砦の内部に敵が侵入しているわ。城門も内側から開けられているし、ここから押し返すことは不可能よ」


 ミルティナが悔しそうに親指の爪を噛む。

 アルティラよりも年上で大戦を経験しているミルティナは、妹よりもずっと現状を正確に理解していた。


「まさか、リザードマンが地面を掘って砦の内部に侵入してくるなんて思わなかったわ……泳ぎが得意な彼らが土にまで潜るとは予想外ね。完全にしてやられたわ」


「姉さん……!」


「アルティラ、貴女は砦から脱出しなさい。王都に戻って、国境が破られたことを伝えるの」


「そんな……私だけ逃げるだなんてできないよっ!」


 姉の言葉に、アルティラがブンブンと首を横に振った。

 しかし、ミルティナはアルティラの頬に手を添えて、聞き分けのない子供に言い聞かせるように言葉を続ける。


「大丈夫よ。リザードマンは獰猛だけど捕虜をすぐには殺さない。エルフの女には利用価値がある……だから、貴女が王都から援軍を連れてきてくれたら、生き残れる可能性があるわ」


「姉さん……」


 姉の言葉は方便だ。アルティラを逃がすために思ってもいないことを口にしているのだろう。

 リザードマンの捕虜になるということは、つまりはオークに売り飛ばされる奴隷になるということである。

 そうなれば……間違いなく、女に生まれたことを後悔するような恥辱を味わうことになってしまう。


「さあ、早く行きなさい! もう話している暇はないわ!」


「ッ……!」


「貴女が逃げることが私達のためになるの。早く、振り返らずに行きなさい!」


「うんっ……!」


 姉の強い口調に背中を叩かれて、アルティラが涙を流しながら砦から脱出した。

 仲間のエルフがアルティラの脱出を援護して活路を開いてくれる。


「フレイムソード!」


「ギャアッ!」


 魔法の炎を纏わせた剣でリザードマンを斬り裂く。弱体化した魔法では相手を怯ませることしかできなかったが、それでも道はできた。

 アルティラが必死になって足を駆る。背後で仲間達が戦う音を聞きながら。

 悲鳴の声に後ろ髪を引かれてしまうが……それでも、アルティラは足を止めない。泣きながら逃げていく。


「ごめんなさい……ごめんなさい……みんな、絶対に助けにくるから。強い援軍を連れて、みんなを助けに戻って来るからね……!」


 砦に背を向けて走りながら……アルティラは必死な顔で謝罪を繰り返す。

 苦楽を共にした仲間達、唯一の肉親であるミルティナを見捨てることだなんて発想すらも有り得ない。

 必ず、仲間を取り戻すために帰ってくる……それを心に誓って、涙を流しながら走っていった。


 その後、アルティラは森に隠れながら王都に向かうが……回り込んでいた敵に捕捉されてしまい、囚われの身になった。

 結局、姉よりもわずかに遅れてオークの国に売り飛ばされることになるのだが……アルティラが逃げたことは無駄ではない。

 遅れて捕まったことによって、最強の味方と出会うことができたのだから。


 アルティラは偶然にも魔王殺しの英雄、『新星の騎士団』の『凍星』と巡り合い、彼の力を借りて仲間を救出することに成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る