第14話 興国
ミルティナに呼ばれたスノウが玉座の間に戻ると、いつの間にかオークロードの居室であったその場所は綺麗に清掃されていた。
オーク達の死骸が片付けられており、あちこちにあった彼らの痕跡がすっかり消え失せている。
氷鳥でぶち抜いた穴こそそのままだったが……
「お?」
そして……その部屋には、ミルティナとアルティラ以外にも二十人ほどの人間がいた。
否、人間ではない。彼らは緑髪で耳の尖った種族……エルフだった。
エルフ達は跪いており、スノウが部屋に入ると一斉に視線を向けてくる。
「ああ、スノウ様。お待ちしておりました!」
エルフ達の一人……ミルティナが笑顔を向けてきて、他のエルフ達を手で示す。
「ここにいるのは私と一緒に捕まり、地下牢に閉じこめられていた部下達です。先ほど、牢より救出してきました」
「へえ……無事だったんだな」
「はい……私と違って、完全に無事とまではいかないようですが……」
ミルティナが表情を歪める。
この場にいるエルフは全員、女性だった。
そして……服はボロキレのような服。髪や服が湿っており、水浴びの後のようである。
「ああ……そういうことか」
スノウもまた事情を察した。
つまり……彼女達はこの城にいるオーク達の相手をさせられるために、閉じこめられていたのだろう。
繁殖のために犯され、凌辱され、奴隷として女に生まれたことを後悔するような目に遭わされたのだ。
「他にもエルフや人間の捕虜はいましたが……彼らは長らく捕まっていたらしくて、心身ともかなり状態が良くありません。別室で休ませています」
「まあ、無理もないだろうな」
「……中には死を望む者もいましたので、こちらで処理させていただきました」
「…………」
改めて、オークという種族が忌々しくなってくる。
どれほどおぞましい連中だと怒りがふつふつと湧いてきた。
(あの愚王に暗殺なんてされなければ、俺と仲間達が絶滅させてやったものを……全身全霊で鬱陶しい連中だな)
「お前達は……あー、アレは大丈夫なのか?」
「アレ……ですか?」
「アレだよ。アレ」
「ああ……そういうことですね。問題ありませんよ」
スノウが言いたいことを察したのだろう。ミルティナが自分の下腹部を撫でる。
「リザードマンに捕まったエルフがオークに売り飛ばされていると知ってからは、エルフの女戦士は全員、子供ができないように処置したうえで戦場に出ています。ですから、オークの子を孕んでいる女はこの中にいませんよ」
「処置……避妊の魔法とかか?」
「いえ、もっと直接的な処置です」
「……酷いな。そこまでしなくてはいけないなんて」
察するに……子宮を傷つけて妊娠しないようにしているのだ。
そこまでしなくては魔族と戦えないだなんて、あまりにも無惨な話である。
「魔法を失ったことがそこまで響いているのか……ああ、畜生。本気であのクソ王をブチ殺したくなってきたよ……」
もしもスノウが……『新星の騎士団』が裏切られて殺されなければ、人類は完全な勝利を手にすることができたというのに。
邪神が召喚されて魔法を奪われるなどということはさせなかった。それよりも先に魔族を完全に滅ぼして、平和な世界を手に入れることができたはず。
若い女性のエルフが子宮を傷つけてまで、戦場に出る必要はなかったというのに……。
「……俺の治癒魔法なら、失った臓器だって回復できる。望むのなら治してやらんこともない」
「それは……」
「もちろん、タダではないぞ。対価はもらうからそのつもりで」
スノウはぶっきらぼうに言って、頭を掻いた。
国王に裏切られたことで他人を信用しないと決めていたはずなのに。
それでも……心は捨てられない。完全に非情にはなり切れないようである。
「それで? 俺を呼び出したのは何のためだよ。そいつらを紹介したかっただけか?」
「いえ……本題はここからになります」
ミルティナが膝をついたまま、深々と頭を下げる。
アルティラも他のエルフ達も一斉に同じようにした。
「これより、この場にいるエルフ二十三名。貴方様に忠誠を誓わせていただきます。スノウ様を王として崇めますので、どうかこの地に王国を築いて治めてくださいませ……!」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
「…………ハア?」
勝手に忠誠を誓ってきたエルフ達に、スノウは唖然として目を丸くした。
いったい、どういう経緯でそんなことになったのだろう。
「俺が……王だと? 本気で言っているのか?」
「もちろん、そのようなことは冗談で申し上げません」
ミルティナがキッパリと答えた。
顔を上げた瞳には微塵の曇りもない。確かに、冗談ではないようだ。
「この場にいるエルフはオークに汚されており、もう祖国に戻ることはできません。ですから、オークが駆逐されたこの地に新たな国を興したいと考えております。どうか、この国を治める王におなりください。卑小なる私達をお導きください……」
「……勘弁しろよ。面倒臭い」
スノウがウンザリとした様子で首を振った。
結果としてエルフ達を助けはしたものの、最後まで面倒を看るつもりはさらさらない。
オークロードを倒して、この都市を解放したらお別れのはずだった。
(それなのに……どうして、そこまで面倒なことをしなくちゃいけないんだよ。やってられるかよ)
などと思うスノウであったが、ミルティナがなおも食い下がってくる。
「でしたら……逆にお聞きいたしますが、スノウ様はこれからどうされるおつもりですか? 何か目的は、行きたい場所などはあるんですか?」
「ム……」
改めて、訊ねられると即答できない。
スノウにはやりたいことなど何もなかった。
あれから二百年が経過したこの世界には友人も家族も残っていない。
帰るべき故郷も、待っている人も、スノウは何一つ持っていなかった。
「スノウ様に目的が決まるまでで結構です。どうか、この国の玉座にお座りいただけないでしょうか?」
「それは……あー……」
「もちろん、この場にいる全員が魔法契約によって忠誠を誓わせていただきます……お望みとあれば、療養中の他のエルフ達にも誓わせてみせます」
「…………」
「
ミルティナが必死な様子で平伏する。
オークに汚されたエルフは祖国に帰れない……ミルティナはそう話していたが、厳密にいうのであればミルティナとアルティラはそこから外れている。
二人はまだオークに犯されていない。帰ろうと思えば、帰ることもできるのはずなのに。
(……他の仲間を守るために、あえて故郷に帰ることなく留まろうとしているんだろうな)
女が仲間のために頭を下げている。土下座をしている。
それを見捨ててさっさと立ち去ることが……はたして、正しいことだというのだろうか?
(人として……やっていいこととダメなことがあるだろうが。仲間のため、同胞のために手をついて頭を下げている奴がいる。それを知ったことかと後ろ足で砂をかけるのが正しいことかよ)
考えてもみれば……犬猫を拾ったのであれば、最後まで面倒を看る責任が生じるはずだ。
エルフがどうなろうと知ったことではないが……彼らを助けるという決断をしたのはスノウ自身である。
ならば、せめて彼らが自立して生きていけるように配慮するのが人道というものではないか。
「……わかった。俺の負けだ」
スノウは観念して、降参するように両手を上げた。
女のワガママには逆らえない。それもまた、男の
「ただし……俺には絶対忠誠。俺が出した命令にノーは許さない。それで問題はないな?」
「はい、喜んで……!」
「よ、よろしく頼むわ……頼みます」
ミルティナが感極まった様子で、アルティラが慣れない敬語で、スノウに改めて忠誠を誓った。後ろにいる他のエルフ達も床に額を擦りつけて平伏する。
(……まあ、俺や仲間を殺した連中が治めていた国を奪ってやるのも一興か。面倒になったら放り出せばいいさ、うん)
スノウは心の中で、自分自身を誤魔化すようにそんなことを考えた。
かくして、裏切られた魔王殺しの英雄は王となった。
いまだ国内にはオークの残党が残っており、四方の国々に味方はいない。
それでも……この国にはスノウがいる。
『凍星』と呼ばれた魔法使いの戦いは、まだまだこれからだった。
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