第16話 お飾りの王
スノウとアルティラは王城の廊下を歩いていき、玉座の間へと到着する。
部屋の入口に控えていたエルフの兵士が主君の帰還を見て、扉を開けてくれた。
「戻ったぞ」
「ああ、お帰りなさいませ。スノウ様、アルティラも」
玉座の間に入ったスノウとアルティラを出迎えたのは、花がほころぶような笑みを浮かべたミルティナである。
以前はボロキレのような布を身に着けていたミルティナであったが、今はどこで見つけたのか品の良さそうな女性用スーツを着ていた。
ミルティナの周りには数人のエルフがいて、戻ってきた国王に向けて頭を下げる。
「お帰りをお待ちしておりました。すぐにお茶を用意させます」
「構うな。気にしないで仕事を続けてくれ」
スノウが鷹揚に手を振った。
ミルティナは生き残っていたエルフをまとめて、城と王都の管理、政務全般を任されている。街の修復を主導しているのもミルティナだった。
実質的な指導者であり、スノウなどよりもよほど国王らしい仕事をしている。
「やはり、人手が足りませんね」
「オーク共も財宝を貯め込んでいたようですけど、そもそも雇える人間がいません」
「金があっても、使える場所がありませんからね。どうにか周囲の国々と交流を結んで物資を購入できるように整えないと……」
「…………」
エルフ達が難しい話をしているのを眺めつつ、スノウが玉座に座った。
座っただけ。別に指示を出したりはしない。
そもそも……スノウは魔法使いで冒険者。政治経済にはまるで知識がなく、口出しできることは何もなかった。
(頭は悪くない……と、自分では思っているんだけどな。やっぱり門外漢が口を挟むことではないか)
とはいえ……任せきりというのも居心地が悪かった。
まるで、自分がヒモ男にでもなったような気になってきてしまう。
「……あう、難しい話してる」
アルティラもまた、玉座の隣で目を回していた。
どうやら……アルティラは姉とは違って、頭脳労働が苦手なようである。
スノウの胸に妙な親近感が湧いてきた。
(いや……そもそも、そういう雑事はやってくれるって約束で王になったんだったな。俺が知っている国王も偉そうにしているだけで、何かしているって感じじゃなかったし……つまり、気にする必要はないってことで良いんだよな……?)
自分を納得させるように心の中で言い聞かせつつ……せめて話だけは聞いておこうと思って、スノウはエルフ達の話し合いに耳を傾ける。
「それでは、どうにか周辺諸国と貿易ができるようにいたしましょう。北にあるリザードマンの国、南にあるウェアウルフの国は不可能でしょうが、西と東はまだ可能性があるはずです。まずは捕虜に話を聞いて、情報を集めましょう」
ミルティナが他のエルフ達の言葉を聞きつつ、指示を出していく。
「それから……引き続き、人間達の振り分けを進めてください。他国に帰還する人間、残る人間。特殊な技能を有している人間、そうでない人間。兵士、職人、文官を務められる人間は王城に連れて来てください。私が直々に指示を出します。そうでない人間は王都の修復と農作業に就いてもらいます」
「他国と交流を持つためには、オーク共の砦をどうにかしなくてはいけません。彼らはオークロードが死んだことをまだ知らないはずです」
エルフの一人が難しい表情で言う。
オークに支配されていた王都を解放したものの、それで国内のオーク全てが消えたわけではない。
オークはいくつかの国々と敵対関係にあったらしく、国境の砦にはまだオークの兵士が残っているそうだ。
「王都周辺の集落にもオークと奴隷の人間がいることがわかっています。オークを討伐、奴隷を解放して労働力にしてはどうでしょう?」
「よし、それは俺がやろう」
「スノウ様?」
「どうせ暇だからな。国中を回って、片っ端からオークを殺していけば良いんだろう? 慣れた仕事じゃないか」
魔族殺しは何よりも得意分野である。
魔族は嫌いだし、目の届くところでウロウロされると目障りだ。
好きでなったわけではない、お飾りの国王とはいえ……できることはやってやろうではないか。
「わかりました……それでは、スノウ様にお任せいたします。わかっているオークの拠点を地図にまとめますので、しばらくお待ちください」
「私も付いていって良い? お姉ちゃんばかり活躍して……手持ち無沙汰なのよ」
ミルティナの言葉に続いて、アルティラも挙手をする。
「別に良いぞ。好きにしろ」
「うん! それじゃあ、行きましょう……じゃなくて、お供いたします」
姉に睨まれて、アルティラが口調を改めた。
「いってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」
ミルティナがまとめた地図を受け取って、スノウは氷鳥に乗って王都を出た。
地図には大小いくつかの集落の場所が記載されている。ここにオークが拠点を作っているとのことである。
「それじゃあ……近くにある所から順番に狩っていくか。暇つぶしくらいにはなると良いんだがな」
これから、殺戮を実行するとは思えないほど軽い口調。
オークにとって、悪夢とも呼べる時間が再来したのである。
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