第15話 国王スノウ

 王になることを了承したとはいえ……スノウが特別、何かをするということはなかった。

 面倒なことはミルティナとアルティラに……他のエルフ達に押しつけるという条件で王になることを了承したのだ。

 スノウはあくまでも名ばかりの国王。エルフの代表者であるミルティナが国王補佐として実務を行っていた。


(形だけのお飾りの王様……やることといえば、魔族の残党と戦うくらいのものか)


「【頞部陀あぶだ】」


「「「「「グモオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」


 王都を囲む城壁の外側にて、スノウが魔法を発動させる。

 放たれた氷の息吹により、武装した十数体のオークが一斉に凍りついた。

 それは外回りに出ていて戻ってきたオークである。

 都にいたオークは一匹残らず討伐したが、巡回などで外に出ていたオークはまだ生き残っていた。

 留守中に仲間を殺されたことに気がついて、いきり立つオークであったが……スノウによって、あっさりと凍死させられた。


「流石ね……スノウ、ちっとも相手を寄せ付けることないじゃない……」


 称賛の言葉を口にしたのは、お供として同行してきたアルティラである。

 スノウは彼女達の王になったわけだが……面倒なので、公の場以外では敬語ではなく普通にしゃべるように指示していた。

 姉のミルティナなどは恭しく接してきており、アルティラがぞんざいな口を利くたびに目を吊り上げていたのだが。


「まあ、所詮はオークだからな。魔法が使えれば普通に倒せるだろ」


 スノウが何でもないことのように言ってのける。

 実際、特別なことをしたつもりはまるでない。

 二百年まであれば、十体か二十体のオークを倒せる戦士や魔法使いくらい、そこら中にいた。

 邪神に魔法を奪われていなければ、アルティラにだってこれくらいはできたはず。


「俺が強いというよりも、コイツらが……そして、お前らが弱いんだよ」


「ウッ……それは、そうかもだけど……」


「まあ、どうでもいいな……帰るぞ。ついてこい」


「うん……」


 用事は済んだ。

 スノウはアルティラを連れて、さっさと引き上げた。

 かつてエラデリアの王族が君臨して、滅亡後はオークによって支配された都……そこはいまやスノウが王として治める土地となっている。

 オークによって随分と荒らされていたが……解放から一週間、少しずつ修復が進んできていた。


「おい、そっちの工具を持ってきてくれ!」


「後ろはどうなってる? 穴を塞ぐことはできそうか?」


「うわあ……こりゃあ酷い。モップを持ってこい。この汚れはなかなか取れないぞ!」


 城門をくぐって都の中に入る。

 あちこちで人々が働いており、建物を直したり、汚れた通りの清掃をしたりしていた。

 修復や清掃に従事しているのは、かつてオークに捕まっていた人々である。

 解放された人種の割合は人間、エルフ、その他種族が七:二:一。男女比は八割が女性だった。

 繁殖のために捕らえられた女性が多かったが、労働力として使われる奴隷として飼われていた男性もいたらしい。

 街中で働いているのは男性が多く、女性は精神的ショックが強くて別の場所に集められて療養している。

 男性はまだ無事な人間が多く、食料と水を十分に与えたら都市の立て直しに参加してくれた。


「都の修復、進んでいるみたいね」


「……そうだな」


 アルティラの言葉にスノウが皮肉そうに笑う。

 確かに……オークに支配されていた頃と比べると、雀の涙ではあるがマシになっている。

 それでも、かつて繁栄していたエラデリアブルクを知っているスノウとしては、やはり滅びかけの廃墟の町のように見えてしまう。


(人口十万人を超えていたこの都市も、今となっては千にも満たない。つわものどもが夢の後ってやつか……)


 スノウはしみじみと考えながら、かつては多くの商人が店を出していた大通りを進んでいった。

 王城にたどり着くと、門の前で見張りをしていた兵士が頭を下げてくる。


「おかえりなさいませ、国王陛下」


「ああ」


「オークはの残党どうでしたか? お怪我はないですか?」


「問題ない」


 重ねて訊ねてくる兵士に素っ気なく答える。

 鎧を身に着けた兵士は最初の二十三人のエルフの一人だった。

 スノウの力には遠く及ばないものの……少しだけ魔法を使うことができて、多少は強い。


「ミルティナはいるか?」


「はい、奥にいらっしゃいます」


「そうか、ご苦労。引き続き頼む」


 スノウは短く兵士を労ってから、王城の中に入った。

 そんなぶっきらぼうな国王を、何故かエルフの兵士は尊敬の眼差しで見送ってくる。

 スノウが魔王殺しの英雄であることはすでに周知されている。

 エルフは魔法を重んじており、現代最強の魔法使いであるスノウは崇拝の対象なのだ。


(わけもなく敵意を向けられるのは面倒だが……これはこれで、鬱陶しいな)


 改めて、自分が『国王』という特殊な立場になってしまったことを実感した。

 むずがゆく、背筋がザワザワして、落ち着かない気持ちである。


「まあ……何でもいいけどな」


 スノウは溜息を吐いて、王城の門をくぐって廊下を進んでいった。

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