第17話 残党狩り

『ガオオオオオオオオオオオッ!』


「逃げろお、逃げろお!」


「虎が来るぞ! 喰われるぞお!」


 集落にオークの悲鳴が響き渡る。

 王都から少し離れた場所にある小さな集落。そこには、百匹ほどのオークが生活をしていた。

 そんなオークの集落に突如として氷の虎が出現して住人を襲いはじめたのだ。


『ガアアアアアアアアアアアアアアッ!』


「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!」


 氷虎がオークに噛みついて、肩から胸までを噛みちぎる。

 武器を持って抵抗するオークもいたが、氷虎は拙い抵抗ごと容赦なく踏み砕いていく。


「うっわあ……すごい……」


 そんな殺伐とした光景を空から見下ろして、アルティラが引きつった声を漏らす。


「ここまで一方的だと、いっそオークが可哀そうになってくるわね……」


 空を飛んでいる氷の鳥。

 その背中に、スノウとアルティラが乗っていた。

 二人はオークの集落を攻撃している真っ最中。二人といったが……実際には戦っているのはスノウ一人である。

 王都を支配していたオークを殲滅した時と同じように、【虎虎婆ここば】の魔法を使って豚退治をしていた。


「可哀そう? アレを見ても同じことが言えるのか?」


「あ……」


 スノウが集落にある広場を指差した。

 そこには木製の刑場があって、ロープで人間が吊るされている。

 否、それは人間ではない。

 まるでタロットカードの『吊るされた男ハングマン』のように逆さ吊りにされているのは女性のエルフだった。

 一糸纏わぬエルフの女はすでに干からびてミイラのようになっており、助けようにも手遅れな状態である。


「…………」


「処刑か見せしめか……あるいは、単なる遊びの可能性もあるな。オークは人間やエルフを犯して子孫を増やすが、戯れに殺したり喰ったりもするから」


「……そう。やっぱり、可哀そうなんかじゃないわね。自業自得だわ」


「だろう?」


 オークはどこまでいっても、オークである。

 人間と共存することなど不可能。

 少なくとも、スノウはそう考えていた。


「『人前に出ない魔族だけが良い魔族』……確か、大戦中に誰かがそんなことを言っていたな」


 悪い魔族であれば、駆逐しなくてはいけない。

 少なくとも……この国の内部にいる全てのオークは『悪』として確定。一匹残らず殺処分することに微塵の躊躇いもなかった。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


【虎虎婆】によって生み出された氷の虎によって、集落にいたオークが全て駆逐された。

 集落の周りには氷の結界を張っているため逃げることも叶わない。この集落にいたオークは一匹残らず全滅である。


「ここは農村のようだな。食料を生産して、王都や前線に送っていたんだろう」


「あ、アンタら、いったい誰だ……?」


 下に降りたスノウに話しかけてくる男がいた。

 ボロボロの服を着た人間である。手には木製の農具を持っていた。


「そういうアンタは?」


「……俺は捕虜として連れてこられた傭兵だよ。この村で農奴として、オーク共にこき使われていた」


「ああ、なるほど」


 男と話していると、他の農奴が怖々とした様子で集まってきた。

 農奴達は死んでいるオークの死骸を恐々と見つめながら、困惑した表情でスノウの前に現れる。


「俺はスノウ。この国の王になった」


「王? この国はオークによって支配されていたはずだが……?」


「オークの王は俺が殺した。王都は解放して、俺と部下で治めている」


「…………!」


 農奴達から動揺の声が上がる。

 彼らはしばし、困惑していたようだが……やがて喝采の声に変わった。


「や、やった! 俺達、助かったぞ!」


「ざまあみろ、オーク共め!」


「人間様を舐めるからこうなるんだ! ハハハハハハッ!」


 解放された農奴達は氷虎に噛み殺されたオークの死体を蹴りつけ、ゲラゲラと笑っていた。

 さっきまで身を縮こまらせて怯えた様子だったというのに……調子の良いものである。


「フンッ……」


 スノウが鼻を鳴らして、見苦しい農奴達から目を逸らした。

 オーク達は嫌いだが、調子の良い人間も好きではない。

 かつて、スノウと仲間達を殺した連中も同じような奴らだったからだ。

『新星の騎士団』を英雄と称えておいて、手の平を返して槍を向けてきた兵士達……彼らを思い出して不快な気持ちになる。


(困っている時には『助けてくれ』と泣きついてきて、用事が済んだら背中を刺してくる……心底、ろくでもない連中だよな)


「あー……そこの」


「はい? 俺ですか?」


 スノウが最初に話しかけてきた男を指差した。


「とりあえず、ここにいる連中をまとめてくれ。どこか帰る場所があるというのなら帰ってくれて構わない。このまま俺達の国に帰属したいというのなら、北にある王都まで来てくれ。仕事をやる」


「……わかった」


 男はしばしの沈黙の後で頷いた。

 ここから故郷に帰ることができるのか、スノウに従属することで安全を得られるのか。男の中で様々な葛藤があるのだろう。


「まあ、よく考えて好きにしろよ。それじゃあな」


 スノウは素っ気なく言って、氷鳥に乗り込んだ。

 アルティラが後ろに乗ってくるのを確認して、次の集落を目指して飛び立っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る