第11話 氷虎

「さて……くだらない話はここまでにして、これからのことを話そうか」


 アルティラの姉……ミルティナにもまた魔法契約によって従属を誓わせて、スノウは改めて姉妹に向き直る。


「俺がお前達と交わした契約は、従属と引き換えにして捕まったエルフを助けることだったな。そろそろ、他のエルフ達も助けに行こうか」


 魔法で契約を交わした以上、それに背くことはスノウにだってできない。

 ふざけるのはこれくらいにして……そろそろ、やるべきことをやるとしよう。


「は、はい……どうかよろしくお頼みいたします……」


 ミルティナが頬を薔薇色に染めながら、頭を下げてくる。

 やけに肌が赤く、息遣いが荒いのは、魔法契約のために心臓の上……つまり、胸を掴まれたことが原因だった。


「この国には、少なくとも百人以上のエルフが捕らえられています。いずれもリザードマンとの戦争で捕まった者達。オークは食料と引き換えにして、リザードマンからエルフを購入しているのです」


 ミルティナが忌々しそうに言って、先ほどスノウが突っ込んできて開けた穴から外を見やる。


「人間の奴隷も含めれば、どれほどの捕虜がいるかわかりませんね……女性は苗床として、男性は労働力として奴らに飼われています」


「そうか……要するに、オークを皆殺しにすれば済む問題だな」


 それなりに深刻な状況ではあったが……スノウの決断は早かった。


「この国にいるオークは一匹残らず、始末する……良い思い出ばかりではないとはいえ、いつまでもこの場所を豚の巣にしておくのは気が引けるからな」


「ま、まさか、町ごと凍らせたりしないわよね?」


 恐る恐る、アルティラが訊ねた。

 スノウという至高の魔法使いであれば、この都市を丸ごと氷に呑み込ませることも可能かもしれない。


「エルフを助けるという契約を結んでいるからな……それは止めておこう」


 契約が無ければやっていたかもしれない……それを言外に告げながらも、スノウは魔法を発動させる。


「この都市にいるオークだけを殺す……そういうふうに設定をして、魔法を発動させれば良いわけだ。簡単ではないが不可能というほどではないな」


 スノウの身体から大量の魔力が噴き出した。

 魔力は極寒の冷気となって固まり、形を成す。


「【虎虎婆ここば】」


 スノウの前に現れたのは氷で形作られた虎である。

 三メートルほどの体長であり、本物と見紛うほどに精巧な作りをしていた。

 氷の虎が四本の足で床に立って、喉から低い唸り声を漏らす。


『グルルルル……』


「その魔法は……召喚ではありませんね。まさか、魔法に人格を与えているのですか……!」


「へえ、わかるのか。さすがだな」


 この魔法の神髄に気がついたミルティナに、スノウが感心した様子になる。

 魔法によって生み出された氷虎には仮想的な人格が与えられており、術者の命令に従って自立して活動することができるのだ。

 与えられた命令を果たすか、魔力切れになるまで彼らは消えることなく動き続ける。


「東方の国において『式神』と呼ばれている技術の応用だな。俺に魔法を教えた師匠がそっちの出身だったんだ」


 二匹、三匹、四匹、五匹……氷虎はどんどん数を増やしていき、オークの王が君臨していた玉座の間を満たしていく。


「オークを殺せ」


『グルワアッ!』


 スノウが命じると、氷虎の群れがすぐさま動き出した。

 壁の穴から外に出ていくものもいれば、凍らせて閉ざした部屋の扉に向かっていくものもいる。

 部屋の入口に向かった氷虎が扉を破壊した。外には、異変を聞きつけて駆けつけたオークの戦士達が右往左往している。


「な、何だああっ!?」


「と、虎が出てきたぞお!?」


『グオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 玉座の間の外にいたオークへと、氷虎が襲いかかった。

 身体に喰らいつき、爪で引き裂き……オークを片っ端から惨殺していく。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「こ、コイツら、どこから……グオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


「王は、王はどこに……助けてくれええええええええええっ!」


『グオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 逃げるオーク、立ち向かうオーク……氷虎はその両方を平等に殺していった。


「これは……惨いわね」


「さすがです……スノウ様……!」


 口元を押さえるアルティラに、感極まったような表情のミルティナ。

 生み出された氷虎は二十匹ほどであったが……あの勢いと強さであれば、本当に都中のオークを殺し尽くすかもしれない。


「さて……もう一仕事。やっておくか」


「スノウ?」


「スノウ様?」


「ちょっと、待っていろ」


 スノウが再び氷の鳥を生み出して背中に乗る。壁の穴から外に出て……城の上へと飛んでいった。

 見下ろした都の中では、あちこちで混乱が生じている。襲ってくる氷虎にオークが逃げまどっているのだ。


「殺すならば徹底的に。絶対に一匹たりとも逃がすな……これも師匠の教えだったからな」


 勤勉な弟子として、師の教えは守らなければなるまい。

 スノウは冷たい笑みを浮かべて魔力を練り上げ、さらなる魔法を発動させた。


「【頞哳吒あせつた】」


 その瞬間、巨大なドーム状の氷が出現して、混乱するオークの都を閉じ込めた。

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