第12話 豚狩り

 オークの国。その中心にある都。

 かつてはエラデリアブルクと呼ばれていた都市は、オークにとって楽園のような場所だった。

 望めば女の捕虜を抱くことができて、労働は男の捕虜がやってくれる。

 侵入者の撃退や国内の巡回などの兵役はあるものの……オークは戦いを好む種族だ。彼らにとって、それは苦痛ではない。

 好きなように生きて、好きなように喰らい、好きなように犯す……百年前、人間が魔法という力を持っていた頃にはありえない生活である。


『グオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


「逃げろ! 逃げろおおおおおおおおっ!」


 だが……そんな輝かしい日々に突如として終わりの時が訪れる。

 どこからか現れた氷の虎が都に暮らしていたオークに次々と襲いかかり、その身体に喰らいついていったのだ。

 氷虎は二十匹ほどであったが、一匹一匹が恐ろしく強い。鋭い爪はオークの筋肉を容易に引き裂き、獰猛な牙が骨まで噛みちぎる。


「何だああ!? コイツら、どこから出てきたあっ!?」


 オークが混乱の悲鳴を上げながら、氷虎から必死に逃げている。

 ここはオークの国の中心部。人間から奪い取った勝利の証。繁栄の象徴であるはずだったのに。

 安全地帯だったはずの都は瞬く間に氷虎の狩り場となっており、次々とオークが殺されていく地獄の様相となっている。


「あ……」


「な、何……?」


 オークに囚われていた人間やエルフが怯えて縮こまる。

 自分達も食べられるのではないかと怯えるが……氷虎は彼らに見向きもしない。

 オークだけを狙い、オークだけを追いかけ、オークだけを殺していた。


「おのれえ! よくも仲間を殺ってくれたなあ!」


 多くのオークが逃げまどっている中、一匹のオークが氷虎の前に立ちふさがった。

 他の者よりも一回り大きな体格のオークの手には鋭い槍が握られている。


「オークジェネラル!」


「オークジェネラルだ、助かった!」


 オークジェネラルと呼ばれる屈強な戦士の登場である。襲われていたオーク達が希望を見たような安堵の顔になった。


「オークジェネラル、助けてくれえ!」


「おう、任せろお! 俺はオークの英雄だぞお。たかが、獣ごとき一突きで殺して……ギャアッ!」


『グオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


「や……やめ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 しかし、オークの槍は氷虎に突き刺さることなく弾かれた。

 氷虎が鋭い爪でオークを捕らえて、グチャリと肩から胸にかけて噛みちぎる。

 抵抗するオークの肉を骨ごと喰らい、バリボリと咀嚼した。


「オークジェネラルがやられたぞお!」


「勝てるわけがねえ、逃げろ、逃げろおおおオオオオオオオッ!」


 彼はきっと名のあるオークだったのだろう。

 そのオークがやられた途端に氷虎に立ち向かっていた者達も瓦解する。

 そこから先は戦いではない。一方的な殺戮だった。

 たとえ物陰に隠れたとしても、氷虎は確実にオークを発見して殺していく。

 生き残るために、オーク達は都を捨てて外に逃げるしかなかった。


「ここはもうダメだあ!」


「外だあ、外に行くぞおっ!」


「逃げるんだあ、都にいたら殺されるぞお!」


 オーク達は城壁をくぐり、都を捨てて逃げ出そうとする。

 しかし……逃げる彼らの先頭を走っていたオークが唐突に凍りついた。比喩ではなく、完全な氷像になってしまう。


「え……?」


「何だあっ!?」


「おい、よく見ろお! 壁があるぞお!?」


 そこでオークは気がついた。

 オークの都、町を囲むようにしてドーム状の壁があることに。

 透明なその壁はガラス……否、氷によって作られていた。

 その壁に触れてしまった途端、逃げようとしていたオークが氷像になってしまったのだ。


「クソオッ! こんな壁壊して……ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 一匹のオークが手にしていた棍棒を叩きつけるが……棍棒が凍りつき、さらに棍棒を伝ってオークの腕が凍りつく。

 最終的には全身が氷となってしまい……倒れた拍子にグシャリとその身体が崩れ落ちる。


「そ、そんなあ……」


「逃げられない、逃げられないぞお!」


 オーク達が恐怖の悲鳴を上げる。

 氷の壁は隙間なく都を囲んでおり、オークの逃げ道を完全に塞いでいた。

 穴を掘っている者もいるが……壁は地中にまで続いており、抜け出すことはできなかった。


「あ、あああ……アアアアアアアアッ……!」


「来た……来たぞおおおオオオオオオオオオッ!」


『グオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 オーク達を追いかけて、氷虎が走ってきた。

 逃げ場を無くしたオークは噛み殺されるか、氷像になるしかなかった。


「どうして……こんなことにい……」


「もっと喰いたかったのに、犯したかったのに……」


「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 オークが泣き叫ぶが、彼らは自分が死ぬ理由を最後まで理解できなかった。

 その都には千匹以上ものオークが暮らしていたが……たった二十匹の氷虎によって、残らず虐殺されることになってしまう。

 人類が魔法を失い、繁栄の時代を迎えた魔族にとって……それは百年ぶりになる大敗であった。

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