第10話 エルフの姉妹

「随分とあっけないな……どれほど醜く肥えても豚は豚。バラバラに解体されるのがお似合いということか」


 崩れ落ちたオークロードの残骸を見下ろして、スノウが淡々として告げる。

 おそらく、それはスノウにとって戦いですらなかったのだろう。

 強いて言うのであれば……家畜の解体。あるいは害獣の駆除か。

 どれほど強かったとしても、オークなどスノウにとって敵ではないようである。


「な、何という高度な魔法……あの氷結魔法はまるで……」


「姉さん……!」


 呆然としている様子のエルフの女性に、アルティラが駆け寄って抱き着いた。


「姉さん……良かった、良かった……無事だったのね!」


「アルティラ……貴女、どうしてここに……!?」


「姉さんを助けに来たに決まっているじゃない……本当に、会えてよかった……!」


 エルフの姉妹が抱擁を交わして、再会を喜び合う。

 しかし……無事というほど、アルティラの姉が無傷ではないことにスノウは気がついた。


「おい、指をどこに置いてきた」


「え……ね、姉さん!?」


 スノウの言葉に、アルティラも気がついた。

 アルティラの姉は右手の指が全て、左手の指が二本欠損している。


「ああ……これはオークロードに喰いちぎられたのです……」


 アルティラの姉は困ったような表情で答える。


「リザードマンに捕まって、私はオークロードに引き渡されました。豚の王に犯されて子を孕むように強要されそうになったのですが……それを拒んだところ、代わりに提案されたのです。『自分を拒むたびに指を一本ずつ食わせてもらう』と……」


「そんなっ……!」


「おそらく、オークロードは私の方から『犯してくれ』と求めさせたかったのでしょう。七本の指を失いましたが……おかげで豚の子を孕むことなく、貞操を守ることができました。後悔はしていません」


 アルティラの姉に悲壮感はない。

 むしろ、肉体の一部を失ってでも尊厳を守り抜いたことに誇りを抱いているようである。


「なるほどな……立派な戦士のようだ」


「す、スノウ……?」


「どけ」


 短い命令でアルティラを横にどかして、スノウは姉の横に片膝をついた。


「貴方様は……」


「少し黙れ……なるほど、この程度の怪我か」


 スノウが鼻を鳴らして、魔法を発動させる。


「【蛍雪けいせつ】」


「あ……」


 雪のように淡い光の粒が欠損した指の痕に染みこんでいき……やがて、失われた指が根元から生えてくる。


「治癒の魔法……それも部位欠損を修復するほど高度な……まさか、これほどの魔法を使うことができる人間が現代にいるなんて……!」


「別に大したことじゃないだろう。これくらい」


 現代ではどうか知らないが……スノウが魔王と戦っていた時代において、この程度の治癒魔法は神官などの回復職でなくても使うことができた。


(肉体の欠損くらい治せないと、オークやリザードマンはともかく、高位魔族との戦闘なんて話にならないからな……)


 手足が消し飛んでは再生させ、消し飛んでは再生させながら戦った日々を思い出して、スノウは苦々しく笑う。


「よろしければ、貴方様の名前を教えていただけませんか? 賢者様」


「姉さん、この人はスノウ・アイスマン様だよ。ほら……伝説の『新星の騎士団』の」


「スノウ・アイスマン様ですって!? 魔王殺しの英雄、『凍星』の魔法使い……! まさか、生きておられたのですか!?」


 アルティラの姉が驚いたように目を見開き……やがて、その場に平伏する。


「先ほどの魔法を見れば、貴方様が真に英雄であらせられることは明白です。魔導の頂点に到達せし偉大なる賢人の一人とお会いすることができて、心よりの光栄でございます……!」


「ミルティナ姉さんはスノウ様のファンなんです。二百年前、貴方が裏切られて殺されたという話を聞いた時にも荒れていたんですよ?」


 アルティラが横から補足してくる。

 今さらであるが、姉の名前はミルティナというらしい。


「生きていてくれて本当に良かった……先ほどの氷魔法、見事でございました! 瞬きほどの時間で巨大なオークキングを凍りつかせた鮮烈な一撃、まさに魔法の極みにございます……!」


「あー……そうか。褒めてもらって嬉しいよ、うん」


 二百年前でも、ここまで尊敬の目を向けられたことはなかった気がする。

 尊敬してくれるのは有り難いのだが……ほんの少しだけ、居心地が悪かった。


「改めまして……大樹の国の戦士、ミルティナと申します。此度はお助けいただきありがとうございます……」


 ミルティナが顔を上げて、スノウとアルティラの間で視線をさまよわせる。


「ところで……妹とはどのような関係なのか、聞いてもよろしいでしょうか?」


「……手短に説明してやれ」


「えっと……姉さん、実はね……」


 アルティラがスノウと出会ってから、これまでの経緯について説明した。


「なるほど……つまり、私を助ける代償としてアルティラがスノウ様に従属を……」


 話を聞いて、ミルティナが眉尻を上げて表情を険しくさせる。


「……ズルい」


「え?」


「ズルいです。アルティラばかりスノウ様に従属するだなんて……あまりにも不公平ではありませんか!」


 妹がスノウに従属していると聞いて、ミルティナが見当違いなことを言い出した。


「スノウ様! どうか、どうかこのミルティナめも貴方様に忠誠を誓うことをお許しください! どうか、何卒……!」


「はあ? マジで言ってるのか……?」


 ミルティナに詰め寄られて、スノウの方が動揺してしまう。


「どうか、どうか! 妹はどうでも良いですから、私にもお情けを……!」


「姉さんっ!? その言い方はおかしくない!?」


「……勘弁しろよ」


 姉妹のエルフに挟まれて、スノウが途方に暮れたように天を仰いだのであった。

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