第9話 オークロード

 飛び込んだ王城にて、この国を支配するオークの王であるオークロードと対面した。

 真っ赤な体毛をした赤いオークである。他のオークよりも二回りは大きく、巨体から強烈な存在感を放っていた。

 壁をぶち破ってきたスノウ達に、オークロードが床に敷いていた毛皮から立ち上がって吠える。


「侵入者かあ! 見張りは何をやっていたアッ!?」


「貴女は……アルティラ、どうしてここに!?」


 爆音のように野太い声で吠えるオークロード。

 その足元には……アルティラを見て、愕然として叫ぶエルフの女性の姿があった。


「お姉様!」


 アルティラも叫んだ。

 オークロードの足元にいるのは白いボロキレを身にまとった、長い緑髪の女性。

 アルティラとよく似た顔立ちだが、少しだけ年上に見える。すぐにアルティラの姉であるとわかった。

 アルティラの姉は大きな傷こそ負っていないが、ボロキレの服には赤い血の痕が付着している。


「ああ、見つかったようだな……探す手間が省けた」


「誰だあ、お前らはアッ! 俺様が偉大なるオーク族の王であると知っての蛮行カアッ!?」


 野太い濁声で怒りの咆哮を上げるオークロード。

 しかし……その憤怒とは対照的に、対面しているスノウの心はどんどん冷え切っていく。


「豚が一丁前に王様の真似事かよ。つくづく笑えねえよ」


 オークロードの頭部には金属の王冠が鈍く光っている。肩には金糸を編み込んだ高そうな絹織物を羽織っているし、格好だけならば高貴な身分のように見えなくもない。

 しかし……王冠は金属を強引に折り曲げて作った無骨な物、服もよく見れば血で汚れていた。

 そこには王の威厳など欠片もなく、獣が無理やりに人間の真似をしているような見苦しさだけが感じられる。


「何だとおっ! 俺様はオークの王だぞお、矮小な人間ごときが馬鹿にするなあアッ!」


「王よお! ご無事ですかあっ!?」


 バタバタと足音が鳴って、玉座の間に何匹ものオークが飛び込んできた。

 オークは鎧と兜……に似せた金属の板や鍋を身に着けており、手には石槍を持っている。


「こっちは兵士の真似かよ……品性に欠ける演劇だ。つくづく、みっともない」


「お前らあ、侵入者だぞお! ぶち殺せエエエエエエエエエエッ!」


「「「「「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」


 オークロードが叫んで、兵士達に命じる。

 鎧兜を身に着けた兵士達が一斉にスノウに襲いかかってくる。


「【頞部陀あぶだ


 しかし……スノウは淡々とそれに対応する。

 放たれた強烈な冷気の息吹が兵士達をまとめて氷像に変えて、玉座の間の入口までも凍りつかせる。

 氷の壁によって玉座の間がふさがれており、これ以上の兵士が入ってくることはないだろう。


「これで邪魔者も入ってこないだろう……さっさと片付けようか」


「魔法だとお!? 何故だあ、どうして人間が魔法が使えるううううウウウウウウッ!?」


 オークロードが叫んだ。

 三メートル以上の巨体を有する豚の王であったが……その顔にはうっすらと恐怖の色が浮かんでいる。

 彼らにとって、魔法というのは恐怖の対象である。

 魔法を恐れているからこそ……邪神に願ってまで、それを消し去ろうとしたのだから。


「答えろお、人間ンンンッ! 貴様は何者だああアアアアアアアアンッ!」


「答えてやる義理があるかよ。少し考えればわかるだろ、豚頭が」


 叫ぶオークロードに対して、スノウの表情はどこまでも冷淡である。

 目の前にいる相手に一切の情を抱いていない。

 言葉を交わすことすらも忌々しいとばかりに極寒の瞳をしていた。


「これから死ぬ奴が最後に気にするのがそれか? そんなことよりも、今際の際の遺言でも考えていろよ」


「ウガアアアアアアアアアアアアッ! ニンゲンガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 オークロードが憤怒の声を上げて、スノウめがけて飛びかかってくる。

 天井に届くほどの巨体、横幅も広い肉体の重量は成人男性の五倍はあるだろう。

 重さは力だ。その巨体が体当たりをしてきただけで、人間をミンチに変えるには十分であった。


「【月下氷人げっかひょうじん】」


 しかし……スノウの声には焦りはない。

 淡々としていて、どこまでも冷たい声音。

 スノウとオークロードの巨体が交錯する。何をしたのか……そこにいたアルティラには少しも見えなかった。


「あ……」


「グ……ガ……」


 しかし……それでも、確かにそれは起こったのだ。

 オークロードの肉体がペキペキと音を鳴らして凍りついていき、やがて巨大な氷の塊へと姿を変えていく。

 氷塊はすぐにクシャリと情けない音を立てて崩れ落ち、無数の氷の粒となって床に散らばった。


「どれほど醜い怪物も、氷となって散る姿だけは美しい……最期を飾ってやったんだから感謝することだな」


「…………」


 スノウが冷たい表情のまま、つぶやいた。

 男には見えないような美しい横顔に、同胞のエルフで美形など見慣れているはずのアルティラが目を奪われてしまう。


 大国だったエラデリア王国を滅亡に追いやったオークの王。

 魔法を無くした人類にとっては恐怖の敵である怪物は、救世の英雄の魔法によって、あまりにもあっさりと撃破されたのである。

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